演奏開始、中編
日は暮れ始めており、観客の視線が一斉に集まる。
一歩遅れて進み出たアルベルトが咳払いと共に声を張る。
「皆さまお待たせしました! 数々のグループが盛り上げてくれたステージの最後を飾るのは――ご存じ、歌姫イーシャ!」
わあああああ! と歓声が上がり、イーシャがひらひらと手を振って返す。
それに応えるようにまた大歓声が上がった。
「そして音楽の申し子と呼ばれたサリアの代わりに参加して下さるのはこの方、来られた方は本当に幸運です。二度と聞く機会はないかもしれない――聖王!」
さっきよりもさらに大きな歓声が巻き起こる。
いつの間にかフードで顔を隠している。認識疎外の魔術も使っているな。顔バレ対策は万全のようだ。
「そしてぇぇぇ! 急遽参戦! 我らがサルーム第七王子、今回は作曲まで行ったという超可愛い我が弟! ロイド=ディ=サルームゥゥゥッ!」
おおおおおお! と歓声が響く。……あれ、ずっとサリアとイーシャのおまけだと認識していたが、もしかして俺って意外と有名なのだろうか。
「そりゃそうですぜロイド様、あれだけの歌を何度も見せてりゃよぉ」
「えぇ、民たちもロイド様の凄まじさに気づき始めたのでしょう」
それは困るぞ。変に目立ちたくはないんだがなぁ……まぁ今回はカスタネットだし、大丈夫だと思いたい。
「……あれ? 楽器がないぞ」
ふと気づくと、ステージに楽器がない。
俺のカスタネットはあるが、イーシャのマイク、聖王が使うピアノがないのだ。
全員が困惑する中、アルベルトがウインクをする。
「ふふ、楽器ならあるとも――出番だぞ、ディガーディア!」
ぱちん! とアルベルトが指を弾くと同時に、ステージが揺れる。
ごごごごご、とステージが割れて床からせり上がってくるのは真紅のゴーレム、ディガーディアだ。
その背中にはグランドピアノが備え付けられ、マイクが何本も刺さっている。
……そういえばゼロフたちが改造して、巨大楽器にしたんだっけ。
よく見ればあの時よりも更に色々な楽器が付いており、その中にはカスタネットまである。
「へへっ、おめーらの為に調整しておいたぜ」
「うむ、使えそうな楽器も大量に装備させておいた。存分に操るがいいぞ」
乗り込んでいたディアンとゼロフが親指を立てる。
おお、ディガーディアを使えるとはすばらしいサプライズだ。
観客も大盛り上がりである。
「あーあー、このマイク、すごくいいですね。私ぴったりにチューニングされている……!」
「ピアノもだ。ってまぁ僕くらいになると道具は選ばないのだけれども」
「俺も問題なしだ」
何せカスタネットだからな。二人が白い目を向けてくるが放置だ。
さて、演奏を始めようじゃないか……って、アレ?
客席に見えた人物、それはサリアであった。
「何故サリア姉さんが……?」
ベッドで寝ていたんじゃなかったのだろうか。それともただの見間違い?
「ロイド様、演奏が始まりやすぜ!」
「余所見をしている場合ではありませんよ」
グリモとジリエルの言葉で我に帰る。
おっとそうだった。しかも今の間にサリアを見失ってしまう。
まぁ気のせいかもしれないし、それより二人の演奏に注目だ。
――♪
既にイーシャも聖王は早くも演奏を始めており、観客を盛り上げている。
俺も急いでそれに加わり、本格的な演奏が始まる。
「む? こいつはロイド様の作った魔曲じゃねぇですな」
「まずは手始めということでしょう。これだけの大舞台、一曲弾いてハイ終わりともいきませんからね」
その通り、ちなみに今演奏しているのは教会でよく使われる聖歌のアレンジバージョンだ。
プログラムではこの後に十二曲が続くことになっている。
「へぇ、聖歌っつーと俺ら魔人からするとなんとなくウゼェ感じでしたが、こういう軽快なのなら俺もいいと思いやすぜ」
「おお、あの厳かな聖歌がポップでハードな曲調で奏でられている! 素晴らしいアレンジでございます!」
グリモとジリエルの反応も良好だ。
しかしイーシャと聖王の対応力はかなりのものだな。
あっという間に巨大人型楽器を使いこなしているぞ。
「この曲にも回復効果があるんですかい?」
「あぁ、全てを順に聴いていくことで儀式は深まり、より大きな癒しの効果が得られるようにしているんだ」
差し詰め料理のフルコースのようなもの。
ベアルの膨大な魔力を回復させるには一曲そこらでは恐らく足りない。
数十分にも及ぶ大演奏が必要なのだ。折角だし実験も兼ねてな。
「へへっ、姉君の為ですな。分かってましたぜロイド様。意外とツンデレなんですから」
「傷ついたサリアたんの為に演奏を……あぁ、なんとお優しいのでしょうか……!」
二人がブツブツ言ってるが、聖王の演奏を観察するのに忙しい。
ふむふむ、これが本家の魔曲か。俺の紛い物とはやはり少し違うな。
ま、すぐに完全再現して見せるけど。
――♪
二曲目、三曲目と順調にプログラムは進んでいく。
イーシャも聖王も疲れるどころかその冴えを増しているようだ。
俺のパートはカスタネットなので楽をさせて貰っているが――
「……!?」
僅かに聖王の曲調が変わる。……ミス? いや全体を通してみるとむしろ良くなっている。
ただしそれは俺がこの音に合わせた場合にのみだ。こいつ、アレンジを仕掛けてきたのか。困惑する俺に聖王がぱちんとウインクをしてくる。
「……やってくれたな」
ぽつりと呟いて、苦笑いを浮かべる。
そう、これは聖王からの挑戦だ。
ここで俺が応じなければ曲が壊れ、同時にここまで作り上げてきた術式が台無しになるだろう。
しかし応じれば術式は更に高みへと昇る。……やれやれ、こんなもの受ける以外の選択肢がないじゃないか。
ちなみにイーシャは流石というべきか即座に対応している。
あまり目立ちたくはなかったが仕方あるまい。
――♪
というわけで聖王の挑戦を受ける。
目論見通り曲のレベルが一段上がった。観客反応も上々だ。
だがようやく曲が安定し、安堵の息を吐く間もなく、聖王が更なるアレンジを加えてくる。
それにイーシャがすぐに対応し、俺も応じるしかない。レベル上昇の螺旋は続く。終わらない。
こらこら、すごいのはわかったがキリがないぞ。いい加減にしてくれよな。
「す、すごい……今まで何の接点もな買ったこの三人が初合わせでここまでの演奏をするとは……まさにサルーム……いや、世界の宝として残すべき偉大なる演奏だ……!」
「素晴らしい。素晴らしすぎますロイド様……剣術、そして魔術、他にも様々な才能がおありだとは思っていましたが、音楽に関してもここまで卓越した才を見せていただける……シルファは涙で前が見せません……!」
アルベルトたちが何やらブツブツ言っているが、演奏中の俺に聞こえるはずがない。
はぁ、どうでもいいが手が疲れてきたな。
魔術で身体強化してるとはいえ、超高速でカスタネットを叩くのも楽じゃないぞ。
とはいえ紡がれる術式は大河を思わせるほどの出来栄えだ。俺一人じゃ到底ここまでは出来なかっただろう。そういう意味では聖王に感謝しなくては。
――♪
そしてようやく最後の魔曲が訪れる。これさえ終わればベアルも復活するだろうし、しばらく音楽はやらなくて済む――
なんて考えていた時である。ステージに何者かが飛び込んでくる。
乱入者。しかしそれを止める者は誰もいない。何故ならその人物は本来この演奏に関わるべき人物――
「サリア姉さん……?」
そう、息を切らせてステージに上がってきたのはサリアであった




