付与魔術を試します②
翌日、大量の剣と共にアルベルトが俺の部屋を訪れた。
百本以上はあるだろうか。
荷車を引く従者も、とても重そうにしている。
アルベルトはいつも通り爽やかな笑みを向けてきた。
「やぁおはよう。約束通り近衛たちの剣を集めてきたよ」
「これは、すごいですね……」
「昨日の事を皆に話したら、今朝こんなに沢山の剣を持ってきてねぇ。一人で三十本持ってきた者もいたくらいだよ。余程付与魔術をかけて欲しいらしいね」
……多分、違うな。
アルベルトが俺の事を話したから、その点数稼ぎとして剣を持ってきたのだろう。
主人が剣を集めよと言えば、それに仕える騎士たちなら剣の十本や二十本、集めてくるよな。
そこまで考えてなかったが、嬉しい誤算だ。
「ロイドが付与魔術を使う様を見てみたかったが、これから経済の授業でね。とても残念だがこれで失礼するよ」
「ありがとうございます、アルベルト兄さん」
アルベルトは俺にウインクを一つして、扉を閉めた。
「よかったですねぇロイド様、これだけありゃあいくらでも付与魔術を試せますぜ」
「そうだな。付与魔術は武器にかなりの負担をかけるし、失敗の可能性も高い。数はあるに越したことはない」
付与魔術に使用する魔髄液だが、あまり強力な術式を編み込むと武器を汚染する。
それは金属の繋がりを蝕み、その結果、簡単にへし折れてしまう。
かと言って術式を弱めれば貴重な魔髄液を使った効果が薄い。
濃すぎてもだめ、薄すぎてもだめ。
その見極めがとても難しいのだ。
しかも同じ武器でも金属疲労などにより、同じ術式でも負荷になる可能性もある。
その辺りは身体で憶える必要がある為、付与魔術は大量の練習が不可欠なのだ。
「さて、早速始めるか」
安そうな武器から使っていこう。
……とはいえどれも良いものばかりだな。
上物の鉄を焼いて強くした鋼の武器が主だが、中にはかなり高価そうな剣もある。……魔剣かこれ?
アルベルトに差し出す武器だし、安物というわけにもいかないか。
まぁいいや、遠慮なく使わせてもらおう。
まず手に取ったのは一番数のある鋼の剣、この辺りから試してみるか。
鋼の剣用に魔髄液を小分けにして、術式を編み込んでいく。
とりあえず強度増加を三重+弾性増加くらいでやってみるか。
あの鉄の短剣と同じくらいの容量はあるだろう。
術式を編み込んだ魔髄液を一本目の鋼の剣に塗り、立てかけて乾かす。
「……ん?」
しばらくじっと見てみると、剣の真ん中に細いヒビが入った。
ぴし、ぴしとひび割れるような音が鳴り、剣は真っ二つに折れてしまった。
「ありゃ、何でだ?」
鉄よりは鋼の方が硬いはずなのに、なぜ同じ付与魔術をかけて壊れてしまったのだろう。
首を傾げていると、グリモが口を開く。
「魔髄液が新品だったから、付与魔術の効果を十全に伝えちまったのかもしれませんね。ロイド様の魔力は半端じゃねぇですから、ただの鋼じゃ耐えられねぇですよ」
「あの魔髄液は劣化してたってことか。しかしそんなこと、よく知ってたね」
「えぇまぁ、鍛冶についてはあっしもそれなりの知識がありやすぜ。鍛冶師グリモワールといやぁ魔界じゃちょっとは名が売れてましてね。へへっ」
得意げに笑うグリモ。
どうやらかなり鍛冶師としての知識があるらしい。
これなら付与魔術の助けになるか。
「ありがとう。グリモを使い魔にしてよかったよ」
古代魔術は古臭いだけでいまいち使えなかったが、鍛冶師としての知恵は助かる。
俺自身、魔術以外にはそこまで詳しくないしな。
うんうんと頷いていると、グリモはぽかんと口を開けていた。
「ん、どうかしたのかい?」
「い、いいえ! なんでも、ありやせんぜ……」
呆気にとられたようなグリモだったが、小声で何かブツブツと呟き始める。
「こいつ、魔人である俺様を使い魔に出来てよかった、だとぉ? ケッ、いい気になっているのも今の内だぜ。……だが、何故だ。不思議と気分は悪い気分じゃねぇ、だと……? あぁくそ、調子が狂うぜ!」
何だかわからんが情緒不安定はいつもの事か。
それより付与魔術の続きに取り掛かるとするか。
――結局、色々試したが鋼の剣は強度増加を二重が限度だった。
他の武器も似たようなもので普通の武器にはあまり何枚もの強化術式をかけるのは難しいらしい。
ちなみに三割くらいは失敗してへし折った。てへっ。
「残るはこれだな……」
最後に残ったのは、赤い刀身の短剣である。
鞘には綺麗な装飾がされており、刃もまた同様の文様が刻まれている。
術式が元から組み込まれているのか。
「こいつは魔剣ですな」
「あぁ、恐らくアルベルト兄さんのだろう」
鋼の剣ばかりじゃ飽きると思って、俺の練習用にオマケで入れてくれたのかな。
ちなみに魔剣というのは付与した武器と違い、剣を鍛える段階から術式を組み込んだものである。
鉄を叩きながら術式を編み、折り曲げてまた術式を編む。
それを何度も繰り返すことにより、通常の付与とは比べ物にならないほどの術式を編み込んでいる。
手間のかかり具合も全く違うのでかなり高価らしく、俺も見るのは初めてだ。
「こんなもんをポンと付与用に差出せるとは、この国は豊かなんですなぁ」
全くもってその通りである。
俺がこうして気ままに魔術で遊べるのも国が豊かなお陰だな。
父、チャールズには感謝しかない。
「それじゃあ魔剣への付与、試してみるか」
魔剣は既に術式が編み込まれている為、それに付与を加えるのはかなり難度が高いとされている。
相性の悪い付与だと術式が相殺し、剣自体が破壊されてしまうのだ。
慎重にいかないとな。
俺は魔剣に手を触れ、意識を集中。
術式を読み取っていく。
「……ふむ、剣に編み込まれているのは魔術増幅の術式だな」
魔剣には二つのタイプがあり、一つはそれ自体に魔術が込められたもの。
もう一つは魔術を増幅するもので、これは後者だ。
アルベルトも魔術師だし、間違いあるまい。
「増幅なら、術式を書き換えて倍加にしてみるか」
見たところ増幅倍率は二割増しといったところか。
これを二倍増しにすれば、格段に効果は向上する。
ただ一部とはいえ術式を書き換えるのもまた結構なリスクを伴うんだよな。
下手したら粉々になってしまう。
「だったら付与するのは補強の術式だな」
つまり、強度を上げるものである。
これを塗布すれば多分耐えられるだろう。多分。
まぁ案ずるより産むが易しと言うし、やってみるか。
まずは術式の書き換え、二割増しの術式を二倍増しへと書き換えていく。
書き換えが終わると、剣から白い煙が昇り始める。
「ろ、ロイド様! やべぇですよ!」
何度か剣を破壊したからわかる。
これは壊れる兆候だ。
早く補強の付与を終わらせる。
俺は呼吸を落ち着かせながら魔髄液を塗布していく。
すると煙が収まる。術式が馴染んだのか、安定してきたようだ。
「……ふぅ、危なかったな」
危うく高価な魔剣がへし折れるところだった。
ちょっぴりヒビが入ってるが、ギリギリセーフだ。
ともあれ多少の犠牲は出したものの、無事付与は終わったのである。