メイン姉の代役は……
「サリア姉さーん! どこですかー?」
そんなわけでサリアを探して城を歩き回るが……いない。
いつもならその辺で演奏しているのだが、寝ているのだろうか。
「ロイド様、あちらです! 塔の上を」
ジリエルに言われた通り塔を見上げると、そこには物憂げに窓の外を見下ろすサリアがいた。
「ちょ……なんだか様子がおかしいですぜ!?」
「い、今にも飛び降りそうに見えませんか!?」
二人の言う通り、サリアは窓から身を乗り出している。
あのままでは地面に落ちてしまう。マズい。
「くっ!」
咄嗟に『飛翔』を念じ、サリアの元へ飛ぶ。
バランスを崩して落ちそうになるその身体を受け止め、窓際に着地した。
ふぅ、危ないところだったが何とか間に合ったな。
「……びっくりした。何するのよロイド。危ないじゃない」
「ええ……」
助けたのに怒られてしまった。不条理だ。
「いや、サリア姉さんが落ちようとしてたから助けようとですね……」
「私がそんなことするわけないでしょ」
「……ごもっともです」
よくよく考えたらあのサリアそんなことするはずがないか。
大方蝶でも追いかけて、フラフラと窓際に登ったに違いない。
「……何かすごく失礼なこと考えてない?」
「き、気のせいですよ。あはは……」
考えを当てられ笑って誤魔化す俺を見てサリアはため息を吐く。
「……いえ、本当はあんたが心配した通りなのかもね。そこまで意識してはないつもりだったけど、もしかしたら窓から身を投げようとしていたのかもしれない……」
「どういうことですか?」
「私、楽器が弾けなくなっちゃったの」
今まで見たことがないようなサリアの表情。憂いを帯びた瞳がその言葉の本気さが伺える。
「う、嘘でしょう!? あの神の旋律と謡われたサリアたんが楽器を弾けなくなったですと!? そんなことはありえない! あってはならない! 嘘だ! 嘘に決まっているぅぅぅ!」
ジリエルが壊れたように声を上げている。
「……このアホ天使は置いとくとして、姉君の話がマジだとしたら心配ですぜ。音楽に全てを費やして生きてきたんでしょうし、身を投げちまうのも無理はねぇ……」
「あぁ、これじゃあ折角曲が完成したのに弾いて貰えないじゃないか」
苦労して作った曲が使えないなんて、それは非常に困る。
サリアの代わりなんてそうそう見つかるものじゃない。早急になんとかせねば……
グリモが「いや、そうじゃないでしょ」とでも言わんばかりの顔で俺を見てくるが、いつものことだし気にする必要はないだろう。
「本当に弾けなくなってしまったのですか?」
「えぇ。演奏しようとすると指が動かなくてね……トラウマってやつかしら」
眉を顰めながらピアノに指を這わせるサリアだが、鍵盤に手をかざす。が、それだけだ。
その指先はカタカタと震えており、しばし宙を漂った後、結局そのまま引っ込んでしまう。
何ということだ。音楽の申し子と呼ばれたあのサリアがピアノを前にして出来ないだなんて……信じられないが楽器を弾けなくなったのは事実のようである。
「……あの演奏の後、突然弾けなくなったのよ。私なりに頑張ってみたけど、ダメだった」
「あの時とは……聖王歓迎祭ですか」
頷くサリア。考えてみればフェスが決まった時もどこか様子がおかしかった気がする。
「どうにか出来ないんですかいロイド様」
「そうです! ロイド様なら魔術でどうにか出来るのでは!?」
「ふーむ……」
心の傷なら精神系統魔術を使えばどうにか出来るかもしれないが、この手の魔術は相手の心をより深く理解せねば逆効果になることもあるんだよな。
そして自慢じゃないが俺は人の気持ちを理解するのが苦手だ。下手をすると二度と演奏が出来なくなるかもと考えると、手出しするのは危険だろう。
悲しそうなサリアの横顔に俺は言葉をかけられずにいた。
沈黙が支配する空間に突如、人の気配が生じる。
「やぁやぁ、お取込み中失礼するよ」
廊下から聞こえてくる声に振り向くと、そこにいたのは開いた扉にもたれ掛かる聖王がいた。
「せ、聖王!? いつの間にンなとこに居やがったんだ!?」
「うおおおお! 貴様のせいか! 絶対に許さんぞぉぉぉっ!」
興奮して飛び出そうとするジリエル。
俺も驚いた。てっきりもう帰ってしまったのかと思ったが……やはりベアルにトドメを刺しに来たのだろうか。しかし何故このタイミングで……?
困惑する俺に聖王はヘラヘラと笑いかけてくる。
「おいおいそんなに警戒しないでくれよ。怖い顔されるとビビってしまうじゃあないか。こちとら筋金入りの平和主義者だぜ?」
「ベアルにトドメを刺しに来たのか……?」
「違うよ。用があるのは魔王でも、ましてや君でもない」
「? じゃあ誰に?」
「そこの可愛いらしいメガネっ子にさ」
聖王が視線を向けるのはサリアだ。
目を丸くするサリアに構わず聖王は言葉を続ける。
「君、演奏出来なくなってるんだろう? それ多分、僕のせいなんだよね。だから謝ろうと思ってさ」
「……私がこうなったのは、アンタのせいだっていうの?」
「うん、僕の奏でる曲が空間を隔てて君に届いてしまったんだろう。魔曲、『へいわのうた』は闘争心をへし折る曲なんだ。別の空間にいれば大丈夫だろうと思ったんだけど……ま、君の才能ゆえにってところかな」
サリアはよくわからないという顔をしているが、実際に現場にいた俺にはわかる。
闘争心の塊である魔王ベアルすらも跪かせる魔曲、その効果が結界の外にいたサリアにまで影響をもたらした、ということらしい。
確かにサリアの曲には闘志とも取れる強烈な意思をどこかで感じていた。
よく俺に音楽をやらせたがっていたのも、今考えればライバルを求めていたのかもしれない。
イーシャはただ純粋に歌が好きなだけで張り合いがなさそうだものな。
「いつもはそれなりに注意するんだけど緊急事態だったからさ。いやー、ゴメンね☆」
「そんなの知らないしどうでもいい」
サリアはきっぱり言い放つと、聖王の胸倉をぐいと掴んだ。
「元に戻しなさい。今すぐに」
「……そりゃ無理。少なくとも数日ではね。この力は万能じゃないのさ。可能性があるとすれば別のモチベーションを見つけるとか……ま、そのうち戻るよ。音楽が弾けなきゃ死ぬってわけでもないし、しばらくはお休みでもしてれば……」
「言い訳なんか聞いてない」
更にぐいっと、掴んだ胸倉を引き寄せる。
静かだが、燃えるような瞳。その様相は鬼気迫るものだった。
「サリアたんがメチャメチャ怒ってらっしゃる……ですが聖王は闘志を折ったのではなかったのでしょうか?」
「折って尚これ、なのかもな。姉君の音楽に対する想いはそれ以上とも言えるってことか。半端じゃねぇですぜ」
サリアは俺が物心ついた時から常に音楽と向き合い続けていたからな。
人並み外れた闘志を有していてもおかしくはない。だがそれだけではない気もする。
「私が弾けないだけならまだいい。でも今回のフェスは皆が作り上げたもの。絶対に失敗は出来ないのよ。なんでもいいからどうにかしなさい!」
――そうか。今回のライブフェスはビルギットが企画し、アルベルトが舞台を整え、ディアンたちが参加し盛り上げているお祭り。サリアはその主役なのだ。
たとえ演奏が出来なくても誰も責めはしないだろうが、誰よりもサリア自身がそれを許せないのだろう。
それに気圧されたのか聖王は慌てて言葉を並べ始める。
「いやー、僕に出来ることなら何でもしてあげたいって気持ちはあるんだよ? こう見えて責任感じてるから謝りにきたわけだしさ。とはいえ出来ることと出来ないことが……」
「――ん? 今、何でもするって言ったか?」
俺が割って入ると、二人は固まる。
聖王の言葉で一つ、良いアイデアを思いついたのだ。
フェスが壊れず、尚且つ俺も大満足という大逆転の一手だ。むしろそれ以上かも……ふふふ。
口元がニヤケそうになるのを我慢しながら、俺は聖王の方を向き直る。
「あ、あぁ……でもさっき言った通り、心の傷は決してすぐには治らないぜ?」
「そうじゃない。お前がやるべきことは一つ。サリア姉さんの代わりにフェスに出るんだ」
きょとんと目を丸くする聖王。それはサリアも、グリモとジリエルもだ。
「だから、お前が演奏するんだよ」
「えええええーーーっ!?」
俺の言葉に、全員が大きな声を上げるのだった。