フェスを企画します
というわけで改めてイーシャの協力を得た俺は、改めて楽曲作りに励むことにした。
どうせなら二人の演奏を最大限引き出せる曲にするつもりだ。妥協をするつもりはない。
だが悲しいかな。部屋に転がっていたミニピアノを使って作った曲を弾いてみるが、中々納得いくようなものが出来ずにいたのである。
「いやいや、十分過ぎますぜロイド様。旋律の端々からでも読み取れる美しいメロディ! そこから感じ取れる完成度の高さ! 目を閉じれば荘厳な演奏が流れてきやがるようだ」
「えぇ、効果の方も十分かと。しかしロイド様に楽曲作りの才能があるとは驚きました。魔術にしか興味はないものと思っておりましたが」
「まぁ俺的には曲を作ってるつもりはないからな」
術式を紡いでいるというのが最も近い表現だろうか。
魔族相手を回復させる効果を得られるように魔術言語を紡いでいたら、結果的に曲になっているだけである。
――物事の美しさは万物共通。
術式だろうが言葉だろうが魔術言語だろうが、真に素晴らしいものは全てに通じているものだ。
「そりゃ幾らなんでも極端……と言いてぇところですが、実際出来てるんだから何も言えねぇっすな……」
「海を隔てた異国同士で、互いを全く知らない民族が作った楽曲がとても似ていた、という話もあります。言語が違う程度はロイド様にとっては何の障害でもないのでしょう」
感心されているが、ただの偶然である。そもそも俺からすると歌である必要すらないからな。
ただ結果的にそれっぽいものが出来ただけだ。
「んー、しかし難しい……」
弾けば弾く程わかる。この曲にはまだまだ『先』がある。
そこを埋められないのが何とも言えない歯痒さを感じるのだ。
やはり音楽に興味がない俺にはこの辺りが限界なのかもしれない。
「ロイド」
そんなことを考えていた時である。部屋の扉が開いてサリアが姿を現した。
「さ、サリア姉さん……一体どうしたんです?」
「曲を作ってるみたいね」
「えぇと……はい」
「そう」
サリアはつかつかと歩み寄ると、ベッドの上に腰かけ脚を組んだ。
「弾いてみなさい」
「でもまだ未完成で……」
「いいから」
「は、はぁ……」
有無を言わさぬ強い口調に押され、俺はしぶしぶ演奏を始める。
「――♪ ♪ ♪」
たどたどしくメロディを紡いでいく。
いつもは制御系統魔術でサリアの動きをコピーしているが、これは曲自体が俺オリジナルなので自分でやるしかない。
ある程度は身体が覚えているから何とかなるが、サリアからすれば聞くに堪えないレベルだろう。
演奏を終えた俺を一瞥し、サリアはため息を吐く。
「……拙いわね」
バッサリ切って捨てられるが、そう言われても仕方あるまい。
自分でも完成度が低いと思うしな。
「すみません」
だが謝る俺にサリアは柔らかい笑みを浮かべた。
「でも、よかったわよ。初めてロイドらしさを感じられた気がする」
「俺らしさ……ですか?」
「えぇ、いつも言っていたでしょう? ロイドの演奏はハイレベルだけどオリジナリティがないと。でも今の曲にはあんたの意思というべきものが感じられた。だから素晴らしかったのよ。――皆もそう思うでしょ?」
サリアの言葉を合図に、更に扉が開く。
そこには涙ぐみながら拍手をするアルベルトが、ディアンが、ゼロフが、アリーゼがいた。
ついでにシルファたちまでいるし。まさかサリアが皆を集めたのか?
「素晴らしい……本当に素晴らしい曲だったぞロイド。最近部屋に籠り切りでまた魔術の研究をしているのかと思ったが、まさか曲を作ってたとはな……サリアに勝るとも劣らない演奏、感動してしまったよ」
「い、言い過ぎですってアルベルト兄さん……」
幾ら何でも褒め過ぎである。
俺が適当に作った曲がサリアに匹敵とかありえないじゃないか。
慌てて否定すると今度はサリアが口を挟んでくる。
「いいえ、決して言い過ぎなんかじゃないわ。オリジナリティ溢れる作曲、斬新なメロディライン、強烈なインパクト、しかも最後には噛みしめるような余韻が残る――技術はともかく総合点では私の演奏にも勝っているかもね」
「サリア姉さんに勝っていただなんて……幾ら何でも、ねぇ?」
反対意見を求めてちらっとディアンたちの方を見ると、全員がうんうんと頷く。
「あぁ全くだ。サリアの演奏はそりゃすげぇが、ロディ坊のも全然負けてなかったぜ!」
「うむ、どこがどうと言えないのが何とももどかしいが……科学では解明できない素晴らしさというものもあるのだな。吾輩は感動したぞロイド!」
「えぇえぇ、本当に驚いたわ。とてもいい音楽ね……動物たちもそう言ってるもの!」
……ダメだこりゃ。
反対意見どころか全員俺の曲に感動している。
勿論シルファとレンには期待すべくもない。二人共言葉を失い唯々涙を流すのみだ。
「よっしゃあ! 話は聞かせて貰うたで!」
更に、更に扉が開く。
またか。しかもこの特徴的かつテンションの高い声には聞き覚えがある。
出てきたのは第二王女ビルギットだ。
世界を股に掛け飛び回るサルーム……いや、大陸有数の大金持ちだ。
以前俺たちと学園に行ったが、帰ってくるのと同時にさっさとどこかへ旅立ってしまったのだが……なんでここにいるんだ?
「ビルギット姉上、帰ってきていたのですか?」
「なんやアルベルト、嫌そうな顔をして。別に取って食ったりはせーへんよ。仕事が一段落したからちっと顔を見に来ただけやないの。……それよりロイド」
くるりとこちらを向き直ると、ビルギットは俺を勢いよく抱き上げる。
「さっきの曲、アンタが作ったんやて? すごいやんか! 驚いたわ! 皆の言う通り、サリアにも負けてへんよ!」
「あはは……そうですか……?」
「うんうん、ホンマに見事なもんや。そこでウチから提案なんやけど――アンタらで演奏会を開いてみんか?」
全員が目を丸くする中、ビルギットは気にせず続ける。
「歌姫イーシャ、楽曲の申し子サリア、そしてここに天才作曲家ロイドが誕生した……これはもう国を挙げての大演奏会を開くしかないやろ!」
うんうんと頷くビルギットだが、皆は冷めた顔で互いに目配せをする。
皆から押し出されるように前に出たアルベルトが申し訳なさそうに言う。
「えぇっと姉上? 実はそれ、先日終わったばかりでして……」
そう、聖王を歓迎する演奏会が開かれたばかりなのである。
あまりにもその、タイミングが悪すぎるのだ。しかしビルギットは構わず胸を張る。
「関係あらへん! ……ちゅーかむしろこれはチャンスやで? 先日の演奏会のおかげで今、サルームは未曾有の音楽ブーム! 興味を持つ者が増えればより盛り上がるっちゅーもんやからな。これを機に叩き込むようにスンゴイ演奏会をぶっ込むんや! くくく、金の匂いがしてきたで……!」
言われて見れば確かに、最近は街の方からよく音楽が聞こえてくる。
なるほど、裾野が広がれば頂点は高くなる。魔術だけでなく音楽も同じということか。
……ふむ、これは俺にとっても好都合かもしれないな。
「俺は構いませんよ」
というわけで俺はビルギットに賛同する。
魔曲は儀式としての側面がある。参加する人が増えればより効果は高まるだろう。
ベアルの魔力は果てしないし、回復力は高い方がいい。
「私も構わないわ。イーシャも参加するでしょうしね」
サリアの言葉にアルベルトは諦めたようにため息を吐く。
「……はぁ、わかりました。本人たちがその気なら仕方ありません。やりましょうか大演奏会」
「いよっしゃあ! わかっとるやんアルベルトぉ!」
ガッツポーズをするビルギットにアルベルトは釘を刺す。
「ですがビルギット姉上、似たような催しを続けて行いしかも失敗すれば主催者としての沽券に関わります。ひいては王家への信用問題にもつながりかねない。相当上手くやる必要がありますよ」
「わかっとるわ。誰にモノ言うとんねん。大船に乗ったつもりでどーんと構えとき!」
「うーん……姉上を疑うわけではないのですが……」
どーん、と胸を叩くが、アルベルトは心配そうな顔だ。
聖王歓迎祭のような大掛かりな催しは金がかかるし、失敗したら大赤字。国としても大きな痛手なのだろう。俺には関係ないけど。
「ったく心配症やな。まー国の舵を取るモンとしてはそのくらいでエエんかもしれんけどな。……しゃーない、ちょっと待っとき」
そう言ってビルギットは机に向かい、さらさらと何か書き始める。
書き終えたものをアルベルトに渡した。
「企画書っちゅーモンや。読んでみ?」
「はぁ、わかりまし――む、むむむっ! これは……っ!」
突如、くわっと目を見開くアルベルト。
「ロイドたちだけでなく他国の楽団員も招いての音楽の祭典!? 街の各所に様々な楽団を離して配置することで移動を促し、街も活性化。更に他国の楽団のファンも呼び込むことでより多くの観客を見込める。その経済効果は前回の数倍以上を見込める……!」
「むぅ、錬金大祭のように一般に開かれた祭りにするのであるな。音楽なら広いスペースが必要となるが、その分メリットを享受できる店も多いというわけか……」
「うおお……いいじゃねぇかよ! ロイドの作った曲は宮廷でやるような大人しい曲じゃねぇしな。野外で演奏ってのも映えそうだ! くぅぅ、想像しただけでテンション上がってきたぜ!」
「外なら動物たちも一緒に聞けるわねぇ。とっても楽しそうだわ~」
横で覗き見ていたディアンたちも一気に乗り気になっている。
「名付けて聖王歓迎後夜祭、サルーム野外ライブフェスや! 盛り上げたるでー!」
野外での演奏か。以前大暴走の際に兵たちを奮い立たせる為にやったけど、以外と反応良かったもんな。
前回の歓迎祭はシンフォニー・ホールを貸し切って行ったので入れない客も多かったが、野外なら立ち見なので客席に制限はない。
会場も広くチケットの売り切れもないだろうし、前回以上の集客を見込めるかもしれない。
「……流石はビルギット姉上です。これ程のアイデアがあったとは感服いたしました」
「まーウチは世界を飛び回って色んなやり方を見てきとるからな。こういうのは得意分野なんよ。……ま、姉の背中を見て学べちゅーこっちゃ」
「勉強になります」
「なぁビル姉! 自由ってことは俺らも参加していいのか?」
「もちろん構わんで」
「やったぜ! ゼロ兄、アリーゼ、一緒にでねぇか!?」
「む……音楽などやったことはないのだが……貴様がそこまで言うなら……」
「楽しそうですねー。やりましょやりましょ」
なんだか盛り上がっているが、俺としてはサリアたちが演奏してくれれば何でもいいんだけどな。
「……」
ふと、サリアの表情が曇っているのに気づく。
「サリア姉さん?」
「なに?」
「あ、いえ何も……」
声をかけるが、すぐに普段のサリアに戻ってしまう。
……気のせいか。そう思いつつも俺は部屋を後にするサリアの背中から目を逸らすことが出来なかった。




