料理パワーは偉大です
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訪れたのは教会の本部、巨大な敷地内では多くの信者たちが熱心に祈りを捧げている。
前に来たのはギタンと戦った時以来か。そう思うと結構久しぶりである。
「そういえばイーシャが教皇になって、初めて来るなぁ」
「たまには足を運んであげやしょうぜ。いつも向こうから来てばかりじゃねぇですか」
「ロイド様は興味ないことは基本的に放置ですからねぇ。私は時々覗きに行っておりましたが!」
用事がないのに行っても仕方ないしな。
イーシャは神聖魔術にはあまり詳しくないし、情報を得るにはギタンの方が役に立つ。
だから俺自身はここを訪れる理由がないんだよなぁ。でも世話になっているし、たまには顔を出した方がいいのかもしれない。
でもイーシャってすぐ俺に抱きついてくるから面倒なんだよな。
そうこうしている間に教皇の部屋に辿り着く。
「入るよ」
扉を開けて声をかけると、奥の長椅子にイーシャが座っていた。
お、いるいる。俺に気づいたのか微笑を浮かべ手を振ってくる。
「……なんか様子がおかしいですな。いつもなら顔を見せれば駆け寄って来るのによ」
「えぇ、そのまま抱き寄せ、豊満な胸で包み込んでくれますのに……」
確かに変だ。何故喋らないのだろう。
疑問に思っていると手招きしてきた。
「イーシャ?」
「……すみません、声が出なくって。けほっけほっ」
弱々しい声で申し訳なさそうに言う。声は掠れて辛そうだ。
「実は先日、聖王様の前で歌ったことで喉を傷めてしまいまして……けほっ」
そういえばあの時、イーシャの歌声は普段の何倍ものパフォーマンスを生み出していた。声が枯れてもおかしくはないか。
「あーその……大丈夫?」
「体調に問題はありませんが……歌えないのは辛いですね」
イーシャはそう呟いて重いため息を吐く。
「彼女、何かあるたびに歌ってやしたからね。歌えないことそれ自体がストレスなんでしょうぜ」
「あぁ何と可哀想なイーシャたんっ! ロイド様、どうにかしてあげられないのでしょうか!?」
言われるまでもなくどうにかするつもりだ。
そもそもここに来たのもイーシャの歌が目当てだからな。
とはいえ大っぴらに魔術で治すと目立つからこっそりと……イーシャの喉に触れ、治癒魔術を発動させようとしたその時である。
「出来たぞ、イーシャ」
扉を開けて入ってきたのはバビロンたち、ロードストの面々だ。
俺を見つけると、全員驚いたように目を丸くする。
「おや、これはロイド様、一体どうしたんですか?」
「イーシャに用があったんだが……お前らこそどうしたんだ?」
「彼女が喉を痛めたと聞きまして」
よく見れば全員、エプロン姿だ。ガリレアの押すワゴンの上には沢山の料理が乗っている。
「バビロン、イーシャが喉痛めたと聞いて、飛んできた」
「クロウが呪言の使い過ぎで喉を傷めた時はよく料理を作ってたものよ。言っとくけどよく効くわよ~?」
クロウとタリアの言葉に、バビロンは照れくさそうに頬を掻く。
「というわけです。食べてくれイーシャ」
「~~っ!」
イーシャは彼らに駆け寄ると、その手を取って目を潤ませた。
何度も頭を下げ、枯れた声で礼を言っている。
「よろしければロイド様も如何でしょうか?」
「折角だし頂くとしよう」
丁度腹が減ってたところである。甘い物もあるみたいだし、ついでに貰うとするかな。
「ハチミツのパンケーキに桃たっぷりのゼリー、生姜紅茶にプリンですかい。喉に良さそうなものがてんこもりですな」
「おおっ! イーシャたんの目が釘付けに! 口からも唾液が垂れ落ちていますよ!」
「うん、すごく美味そうだ」
俺もまた甘い物には目がないからな。別に喉は痛めてないが、ここは彼らの言葉に甘えるとするか。
そうしてティータイムを楽しむことしばし。
「治りましたーーーっ♪」
両手を上げて歌い始めるイーシャ。
無理をしている様子はなく、普段通りの歌声である。
「皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」
「あ、あぁ……だがまだ無理はしない方がいいぞ」
「はいっ!」
イーシャに両手を握られ、困惑気味に答えるバビロン。
よほど嬉しいのか自然にメロディを口ずさんでいる。
どうやら完全に回復したようだ。よかったよかった。
「ってかロイド様の治癒魔術のおかげですよね!?」
「如何に喉に効くとはいえ、あんな一瞬で治るはずがありません。ロードストの者たちも疑っていますし!」
見ればイーシャを除く全員が俺に訝しむような視線を送っている。
やれやれ、せっかく花を持たせてやったのに。勘のいい奴らである。
「バビロンさんたちのおかげですっ!」
そんな皆とは反対に眩しい笑顔のイーシャ。
疑うことすら考えない、素晴らしい純粋さだ。
全く、この純粋さを見習って欲しいものである。




