回復手段を考えます
◇
ざぁざぁと雨が降っていた。
あの後、聖王たちはどこぞへと消えてしまった。
視察が終わったから帰ったとのことだが、目的を達したからもう用はない、といういったところだろうか。
事実、あの戦いでベアルは出てくることさえ出来なくなっていた。
「調子はどうだ? コニー」
ベッドで横たわるコニーに尋ねる。
「……大丈夫、とは言えないかな」
コニーは呼吸を整えながら言葉を返す。
ベアルが力を失った影響でコニーも随分弱っているようだ。
「身体の奥がチクチクしてる。神経痛みたいな。死ぬほど痛いわけじゃないけどじみーにキツい」
「コニーは魂の器というべきものがベアルと共用になっているからな。あいつが傷ついた分がそのまま負担となっているんだろう。気休めにしかならないだろうが、治癒魔術をかけておこう」
と言っても痛みを和らげるくらいしか出来ないけどな。
それでも光を浴びたコニーは顔色が良くなっているようだ。
「ありがと。楽になったよ」
「無理は禁物だぞ。根本的な解決にはなってないんだから」
ベアルが元に戻らねば、コニーもどうなるかわからないし、万一に備えてメイド仕事も休ませている。
何にせよ体力は大事だからな。
「……優しいねロイドは。ベアルが勝手に暴れただけなのにさ」
「ま、あいつの暴走はよくあることだしな」
そりゃあもう、二人共俺の大切な仲間《研究対象》なのだ。早く良くなってくれないと困るからな。
グリモとジリエルが白い目を向けてくるが無視だ。
「でもあそこで逃げられてよかったな。あのままバトルに入ってたら正直言って危なかったぞ」
「向こうも消耗してやしたからね。それよりギザルムの奴が復活してたのが気になりやすぜ!」
「かつてロイド様が倒した魔族、でしたか。聖王の能力により復活したのでしょうが……」
「あぁ、ベアルをここまで追い込み、消滅した魔族すらも蘇らせるとは相当実現範囲の広い術と思った方がいいかもな」
通常、魔術というのは細かな術式を持って様々な事象を顕現する術だ。
しかしそうして起こせるのは簡単な物理現象がせいぜいで、先刻のギザルムのように自律的な行動、喋り、さらに戦闘力のある傀儡を魔術で再現するのは不可能だ。
多くの術式を複合させてそれっぽいことをさせるのがせいぜいなのである。
「簡単な現象って……人間を魔力で操ったり空間捻じ曲げたりしてやすけどね……」
「ロイド様にとっては簡単なことなのだろう。消滅した魔族を復活させることは流石に理に反しすぎている」
一体どういう仕組みなのか非常に興味を惹かれるが、今はベアルの回復が最優先だ。
弱りきった今のベアルではいつやられてもおかしくない。
一応結界で守ってはいるが、魔曲についてはまだまだ分からないことも多いし、用心に越したことはないだろう。
「しかしあの野郎、魔王であるベアルをもあっさり倒しちまうとは……とんでもねぇよな」
「魔王の力は神に匹敵するとすら言われております。ということはかの聖王の強さは神をも凌ぐ……?」
「いいや。ベアルが言ってた通り、あいつに単純な強さはないよ。魔力自体は低いし、戦闘時の動きにも特筆すべきものは感じられなかった。警戒するのは魔曲のみ、だな」
とはいえそれがすごいのだが。
魔術束が呪文を圧縮することに対し、魔曲は音そのものに魔力を乗せることで大量の情報量を与えられる。
術式の多さは魔術で起こせる現象の幅に直結する。加えて魔術とは違うアプローチなのでそれが効きづらい魔族相手にも効果は抜群というわけだ。
連れているのがギザルム一体な辺りそれなりに制限はあるのだろうが、魔族相手にはかなり融通が効く術と考えるべきだろう。
教会の有する神聖魔術は音楽を媒体として天界の力を借りて人を癒し、魔を祓う技。その頂点に立つ聖王にふさわしい力というところか。
「魔曲、ね……ふふ、ワクワクさせてくれるじゃないか」
呪言と少し似ているが、効果と威力が違い過ぎる。
恐らくリズムや音程、曲調などを術式のように解釈することで、より大きな効果を得ているのだろう。
他にも秘密はありそうだが、あれだけじゃ詳しくはわからない。うーん、また会いたいな。
「ワクワクしてる場合じゃねーですよロイド様。かなーり離れていた俺たちですら昏倒させる威力! 次まともに喰らったらどうなるか分かったもんじゃねぇですぜ!」
「そうです! ロイド様とてあの時はかなり力を封じられていたのですから。ベアルはよくぞ生きてたというべきでしょう。そもそもベアルは今、どういう状態なのです?」
「コニーの中で小さくなっているよ。殻に籠るようにね」
魔力体はほぼ消し去られ、残っているのはベアルの核部分のみだ。
それもじわじわ弱っており、放っておくと危ないだろう。
「むぅ、ただでさえ魔力体には通常の回復魔術は効果がねぇですからね」
「えぇ、丈夫ではありますが、それはあくまで膨大なる魔力に支えられてのもの。これだけ魔力を失えば自然回復は望めないでしょう」
二人の言う通り、魔力体というのは魔力を注ぐことで回復する。
とはいえそれはあくまでも荒療治。周囲の魔力を剥ぎ取られ、核だけとなってしまうとより繊細な作業が必要となり、外から力を貸すのは難しくなる。
しかもそれが膨大な魔力を持つベアルなら尚更だ。普通なら自力で回復するのを待つしかないが……
「手はある――音楽には音楽だ」
聖王の魔曲を観察したことで、多少ではあるがその理屈がわかった。
故にあの魔曲と反対の性質――つまり回復効果を持つ魔曲も今なら使えるだろう。
治癒系統魔術を分解、術式化して曲に組み直せばいいのだ。えーと、ここをこうしてあぁして……よし、できた。
「では早速。――♪」
即興で作り上げた曲を俺は歌う。
それを聞いたグリモとジリエルは身体を震わせている。
「おお……何という心揺さぶる声……身体の奥底から力が漲ってくるようですぜ!」
「天使である私にも効いております! 聖王から受けた傷が癒えていくようだ……」
ふむ、予想通り魔力体への回復効果も得られているようだな。
ベアルの方も少しは安定し始めたようだ。
一応効果アリってところか。俺はしばし歌った後、それを止める。
「あれ? やめちまうんですかいロイド様」
「うん、効果があるのはわかったが、俺の歌じゃ回復には相当時間がかかりそうだからな」
窮地は脱したとはいえ、ベアルの魔力は膨大だ。
完全回復するまでにはこの感じだと、数ヶ月はかかるだろう。俺も暇じゃないし、現実的な方法ではない。
「それよりイーシャたちに歌わせた方が効率的だろう」
歌一本で現教皇に成り上がった彼女の歌声は俺でさえ感じ入る程の凄味を持つ。
俺がより完成度を上げた曲を作り、イーシャに歌わせ、サリアの演奏も加える。
この方がより効果は増すはずだ。これぞ適材適所である。うんうん。
「なるほど、あのお二人ならロイド様の作った曲をより高みに押し上げてくれるでしょう。素晴らしいアイデアですぜ!」
「えぇ、えぇそうですとも! あれだけでも素晴らしかった曲をイーシャたんとサリアたんが演奏する……あぁ! 想像しただけで涙が出てきます……!」
「お前……相変わらずキモいなぁ……」
涙を流すジリエルにドン引きするグリモ。
何かと俺を音楽に関わらせようとするあの二人なら喜んで引き受けてくれるだろう。
そしてこの魔曲、上手く調整すれば回復だけでなく、他の効果を得ることも可能である。
これをちゃんと理解すれば、魔術にも応用出来そうだ。うーん、ワクワクしてきたぞ。
「ともかく善は急げだ。じゃあなコニー、ゆっくり寝てろよ!」
「あ、はい。いってらっしゃい」
俺は浮足立ちながらも教会へ足を向けるのだった。




