激闘を観戦します。後編
「やれやれ、普通にやっても倒せなさそうだね。なら――ストラディ・ヴァリアス」
聖王が呟くと同時に眩い光がその身を包む。
この感覚――光武か。
気づけばその手には一挺のバイオリンが握られていた。
「あ、あれは伝説の名匠ヴァリアス氏が作り上げたバイオリンではありませんかっ! 百年の年月により熟成された木が生み出す音色は人間界の至宝、まさしく名器! それがストラディ・ヴァリアスなのですよっ! しかもあれは過去最高価格十四億G$で落札されたモデル=オデッセイ。そういえば聖王庁が落札していましたが、まさか奴が持っていたとは……」
すごいベラベラ語り始めるジリエル。
どうやらあの楽器、余程珍しいらしい。
「いや詳しすぎだろクソ天使……」
「馬鹿者! すっごく有名なのだぞバカ魔人め! ね、ロイド様!」
……って言われても全然知らないわけだが。
それより気になるのは今、どうやって出していたかだ。
何もない空間にいきなり現れた楽器……光武で作り出したというわけでもなさそうだけど、あれも聖王の能力だろうか。
だがその割には聖王が何かした感じはなかったし……さっきから色々妙だよな。
「ハッ、そんなものでなにをするつもりだ?」
警戒する俺とは真逆にベアルは聖王を鼻で笑う。
確かにどんな逸品だか知らないが、あんな楽器でベアルの暴力に対抗できるとは思えないが……
「うおおおおおっ!」
突っ込んでいくベアルに応じるように、聖王はバイオリンを弾き始めた。
――♪
音が響いたその瞬間、俺の背筋がぶわっと泡立つ。
演奏の腕前はサリアに勝るとも劣らないレベル。
……だが、同時にすごく嫌な感じもした。まるで魂に直接撫でられたような感覚。さっき聖王のが使っていた『言葉』を数十倍に引き上げたような――
「ぐ、おおお……」
「あ、あがが……」
「グリモ? ジリエル!?」
いつの間にか二人は床に落ち、泡を吹いていた。
今の攻撃(?)の影響だろうか。一応命に別状はなさそうだがまともに動けないようだ。
「す、すみません……ロイド様……!」
「この曲……力が奪われるようです……!」
ふむ、これが聖王の真価、というわけか。
俺すらもかなりの行動阻害をされている。
「チィ……魔曲か……!」
ベアルが憎々しげに漏らす。
――魔曲とは、代々聖王に伝えられる技で特殊な術式を曲に束ねることで魔術と似たような効果を得るものだ。
理屈としては呪文束に近く、こちらが効率化を突き詰めて大量の呪文を■《ひとかたまり》に押し込めるのに対し、魔曲はどちらかというと演舞の要素が強いとか。つまりは儀式系魔術の類だな。
奏でる曲が様々な音響効果を生み出すことでより心に訴えかけることが可能なのである。……と、前教皇であるギタンが言ってた。
聖王の声も結局は『音』。楽器こそ使わないとはいえ、魔曲の一端と考えるべきだろう。
「……驚いた。まだ喋れるのか。この『へいわのうた』は僕が作詞作曲したものでね。ひとたび聴けば戦う気なんて毛ほども起きなくなる。戦意の塊である魔王が聞いちゃひとたまりもないはずなのにさ。今代の魔王は強いという話だったけど、驚いたよ」
「ぐ、おおおお……ッ!」
全身を震わせるベアルだが、指一本動かせないようだ。
魔力体である魔族に魔術は効かないが、気術などその身体に直接作用する攻撃には無敵ではない。
しかも聖王の奏でる魔曲は魔力体そのものを揺さぶっているように見える。まさに効果はてきめんといったところか。
「っと、そんなこと言ってる場合じゃないな」
面倒を見ると言ったんだ。このままベアルを倒させるわけにはいかない。
聖王がとどめを刺す前に風系統魔術による音波結界を発動させる。
これは空気を振動させることで音を遮断する結界、これで聖王の演奏を遮断しようとしているのだ。
儀式系の魔術は儀式そのものをキャンセルすれば術式そのものも不発となる。そう考えたのだが――
「……? 変だな。発動しない……?」
術式は発動させたはず。にも関わらず聖王の奏でる音は止まらない。
何かが邪魔をしているのだ。相殺を仕掛けてくる術式の出所へと視線を向ける――
「ようやく気づいたか。相変わらずトボけた奴だ」
虚空から聞こえてくる声、同時に溶けた闇の中から長身の男が姿を現す。
貫くような鋭い目付き、細身だがガタイのいい身体、長い黒髪を風に靡かせながら俺を見下ろすその人物に、グリモとジリエルが目を見開く。
「馬鹿な……テメェは……死んだはずだろ……!」
「こ、こいつはもしやレンたんに聞いていた、あの……?」
「ギムザル……!」
ずっこける男とドン引きする二人。……あれ? 違ったっけ。
男はヨロヨロ起き上がると、俺を正面に見据えて言う。
「ギ・ザ・ル・ムだ! ……相変わらずムカつくクソガキだぜ」
そうそう、そんな名前だったかも。
――ギザルム。以前、ジェイドの身体を乗っ取った魔族だ。
結構強かったが俺の『虚空』にて消し炭にしたはずである。それが何故こんなところに……?
恐らく聖王の力なのだろうが……
「いやぁ助かったよギザルム。君がいなかったら危なかったかもね」
「……チッ、このガキ前より更に力を増してやがる……! おい! くっちゃべってる余裕はないぞ!」
「わかってるよ、もう終わる――!」
「ぐがァァァぁっ!?」
――♪ 聖王は目を閉じ、演奏に集中していく。響き渡る音が次第に力を増し、力強く響き始めた。
コニーを覆っていた黒い魔力、ベアルの身体が徐々に剥がれて消えていく。
仕方ない、ここは一旦引くしかないか。
「悪いけど、今日のところは引かせて貰うよ」
「ははは、何を言うかと思えば。そう易々と逃げられると――」
言いかけて、聖王の動きが止まる。
大量の魔力を生み出し、周囲に展開させたのだ。
ベアルの構築したこの結界は異常な硬度を誇るが、その構造自体は単純至極。
術者が意識を失った今なら力づくでの破壊が可能である。
「なんとまぁ……呆れる程の魔力の奔流だね。まるで世界の果てに存在する滝を思わせる力強さだ。これが噂の第七王子……聖王庁でも要注意人物と言われているだけはある。僕の力はあくまで対魔族用、人相手は効果が薄いし、なにより僕は平和主義者。これ以上続けるのは望むところではないぜ」
「チィ……あの時よりも更に凄まじい魔力を放ってやがる……! それだけじゃない、術式の緻密さも比較にならん。クソったれ……気に入らん。俺は魔界の貴族、ギザルム様だぞ!? ……まぁいい、俺の目的さえ果たせばこんな奴は敵ではない。今はまだ、生かしておいてやる……!」
聖王とギザルムが何やらブツブツ呟いているが、俺としてはベアルが心配でそれどころではない。
意識がないし、なんかピクピク痙攣している。
魔曲を体感するのは次の機会で我慢するか。
残念無念、俺は後ろ髪を引かれながらも結界に大量の魔力をぶち込んだ。
ごぉ、と爆音が響き渡り結界に大きなヒビが生まれる。
「またな」
――ぱぁん! と爆ぜるような音がして、結界は崩れ落ち普段の景色に戻っていく。
会場に戻れば沢山の人が、わぁぁぁぁぁぁ! と大歓声が上げていた。
そういえば演奏中だったっけ。聖王も戻ってきたようで、フードを被り直している。
その表情はあくまで平常、穏やかな笑みを浮かべたまま拍手を送るのだった。




