激闘を観戦します。前編
「おおー、すごい数の人がいるぞ」
ステージの袖から客席を見ると、大勢の客が今か今かと始まるのを待ち詫びている。
「シンフォニー・ホールの全指定客席、あっという間に売り切れたそうですよ」
「究極の立ち見席を一万席追加したけど、そっちも瞬殺だって。いやーそんなスゴい演奏をこんな間近で聞けるなんて、ホント役得だよ」
「まぁ私はどのような状況におかれようとも、ロイド様の歌を聞き逃しはしませんが」
シルファとレンは随分演奏を楽しみにしているが、もう一人のメイドであるコニーは浮かぬ顔をしていた。
「どうかしたのか? コニー」
「……えぇとその、私はどうもしないんだけど、ベアルがね」
コニーは自分と語らうように胸に手を当て、目を閉じる。
「……あれからずっと出てこないんだけど、今日特に様子がおかしいのよ。ここに来てからずっと胸がざわつくっていうか、ベアルが殺気立ってるような……?」
「そういえばあいつ、聖王のことを随分嫌っていたな」
それで聞こうとしたら拗ねて引っ込んだった。
いきなり客席に向かって攻撃とかしやしないだろうか。こんな所でベアルに暴れられたら大惨事だぞ。
……いや、でも聖王と魔王のバトルは是非見てみたいなぁ。いや、流石に止めるつもりだが。
ただ止め方によっては続きを見ることもできるかも……うーん、中々面白そうだ。ワクワクしてきたぞ。
「一体何をニヤニヤしてるんですかねぇこの人は……」
「ロイド様、そろそろ出番のようですよ」
「っと。そうだったな」
そうこうしている内に俺たちの出番が訪れたようだ。ともあれまずは演奏を成功させなければ。
ステージに上がるなり、大歓声が浴びせられる。
今更だけどすごい人だな。もしかしなくてもこれ、かなり目立ってるんじゃあ……ま、みんなサリアとイーシャを見に来たようなものだろうし、俺が注目されることはないか。
「ロイド、ぼけっとしない」
「はい、サリア姉さん」
「いきますよ。さん、に、いち――♪」
――音が、広がる。
サリアの演奏が、イーシャの歌声が、そして俺のコピー声が会場中にとめどなく。
観客たちは音が届いたその瞬間から涙を流し、嗚咽する者も多くいる。
「おおっ、ここにきて最高のパフォーマンスとは……しかもそのクオリティは毎秒たびに更新されてやがる。ロイド様の声も二人に引っ張られどんどん上がっていくようですぜ! ……つーか俺まで、泣けてきやがった」
「ふぐっ……もはや涙しかありません……この世のものとは思えぬ演奏、なんと神々しいことか……涙が、涙が止まりません……!」
グリモとジリエルも大いに感動しているようだ。
レンもとめどなく零れ落ちる涙をぬぐい、シルファなんか立ったまま気絶している。
――だが聖王一団だけが微動だにしていない。
フードで隠れて目元はよく視えないが、大した関心はなさそうに見える。
サリアとイーシャもそれに気づいてカチンと来たのか、対抗するように更に音を上げていく。
うお、何という激しくも美しい旋律だろうか。コピーもおぼつかなくなってきたぞ。
あぁもう、俺まで頑張らなきゃいけないじゃないか。制御魔術に注力し過ぎるとあまり周りが見えなくなるんだけどなぁ。
――♪
それでもやはり護衛は無表情のままだ。退屈そうにあくびを噛み殺している。
……しかし顔は良く見えないがあの特徴がなさ過ぎて逆に特徴的なあの佇まい、どこかで見たような――
そんなことを考えていた時である。
舞台袖の方から強い魔力の波動を感じた。コニー――いや、その中のベアルだ。
コニーを包むその黒い魔力からは凶悪な貌が浮かんでおり、周囲を包み込んでいく。
これは魔軍四天王が使っていた特殊結界。
空間の裏側に結界を生み出し、内部は術者と中にいることを許可された数名を除いては認識すらできなくなる閉鎖空間なのである。
まさかベアルの奴、ここで聖王と戦うつもりなのか。
一瞬止めようとするも、二人の戦いを見たいという欲求が上回り手が止まる。ああっ、自分の好奇心が憎い。
「なんでそんな笑ってるんですかロイド様ぁ!?」
「結界が完成しますよ!」
ぱきぃぃぃん、と音がして結界が展開される。
あーあ、気持ちの上では止めようとしたんだけどなぁ。……本当だ。一応。
空間内にはベアルと聖王一団、そして結界の生成に無理やり割り込んだ俺のみが残されていた。
「む、何故入ってきたのだロイド。折角邪魔が入らぬよう空間を切除したというのに……」
黒装のコニー――ベアルが声をかけてくる。
「まぁその、気になってさ」
「我の身を案じているのか? ……ふん、舐められたものだな。我が力は貴様もよく知っているだろう」
心配されていると思ったのか照れ臭そうにしているベアル。
「いや、ロイド様は戦いが気になっていただけな気が……」
「しかもどちらかというと聖王の方を……」
グリモとジリエルが何やらゴニョゴニョ言っているが、それよりもだ。
「おやおや、君はあの時の少年じゃあないか。奇遇だねぇ」
聖王――その横にいた護衛が声を上げる。
フードを取ったその顔は、先刻トイレで会った青年だった。
ベアルは彼を見上げると、くぐもった笑みを漏らす。
「……成程、貴様が今代の聖王か」
その言葉でようやく察する。
彼が聖王、恐らく座っていたのはその身代わりだろう。
「その白フードたちの下は魔力人形か何かか?」
「まぁそんなトコ。僕はあまり友達がいなくてね」
パチン、と指を弾くと白服の中身が消滅。ぱさり、と布だけが地面に落ちた。
「サルーム第七王子、ロイド=ディ=サルーム。やっぱり君がそうだったか。いやだねぇホント。気が乗らないよ」
そんな状況でも笑いながら俺に話しかけてくる聖王。無視されたベアルは顔を引きつらせている。
「くくく……何十代目かは知らんがそのトボけた性格は変わらんようだなァ……!」
隣に立っているだけでビリビリ来る魔力の奔流。ベアルは相当殺気立っているようだ。
しかしそれを正面から受けてなお、聖王は余裕たっぷりの顔顎に手を当て首を傾げる。
「えぇと、君の方は誰だっけか……僕が君みたいな可愛いメガネっ子を忘れるはずがないんだけどなぁ……あ、もしかして小さい頃一緒に遊んだ幼馴染とか? はたまた僕のファン?」
「器しか目に入らぬ、とでも言いたいのか? 中々煽ってくれるではないか……!」
怒り心頭といった感じでベアルは吠える。
「よかろう冥途の土産に教えてやる。我はベアル! かつて貴様の先祖と戦った魔王と呼ばれる存在よッ!」
「魔王――」
聖王はベアルの言葉を聞くと、一瞬目を丸くした。
「あ、君がそうだったの? てっきりロイド君の方かと……」
「違うわっ!」
思わずズッコケてしまう。
よもや勘違いされていたとは思わなかったぞ。
「まぁ仕方ねぇですな。ロイド様の方が禍々しい魔力放ってる時ありやすし」
「しかもベアルは普段コニーの中に隠れている。どちらがそう見えるかと言えば、まぁロイド様の方でしょう」
グリモとジリエルもツッコミを入れてくるが、いくら何でも普通の魔術好きの子供である俺と魔王を間違えるなんて酷いだろう。
「そうか……あぁそうなのかい」
ポツリ、と呟く聖王。
ゆっくりと目を細め、今までに全く見せていなかった冷たい雰囲気が彼に宿った気がした。
「なるほど君が魔王か。かつての聖王との戦いで力尽きて消えたとか伝え聴いているよ」
「あれはマグレだ。次は我が勝つ!」
自信満々に言い放つベアルに聖王は静かに言葉を返す。
「手間が省けて嬉しいね。僕がここに来たのは君を無力化する為なのだから」
ずっと疑問ではあった。
何故外に出ることすら稀な聖王が、わざわざこんな遠くにあるサルームを訪れたのかと。
しかしタイミングを考えれば復活した魔王をどうにかしようと考えていたは明白。
教会は魔を祓う組織、魔の王たるベアルに何の対抗措置も行わないはずがない。
その言葉にベアルはむしろ上等とばかりに歪んだ笑みを浮かべている。
「ではかかってくるがいい。言っておくがかつての我とは思わぬことだな。貴様に復讐する機会をずっと待ち続けて力を蓄えてきたのだ。――以前のように不覚は取らぬ、ギタギタにすり潰してくれるわ!」
咆哮と共にベアルの全身が黒く輝く。直後、無数の黒光の柱が天から注いだ。
あれはベアルの魔王光獄柱だな。一点集中させた魔力撃である。
「おいおい、ロイド様の障壁でも集中させてようやく防げるようなのを遠慮なくぶっ放してやすぜ」
「ちょ、ロイド様! 彼は一応聖王ですよ。流石に殺さない方がいいのでは……」
「ふはッ! ふははははははーーーッ!」
うーむ、ベアルは止めて聞くような奴じゃないからなぁ。
それに変だ。あれだけの攻撃を受け続けながらも光の向こうに見える聖王は平気な顔をしている。
というか防いですらいない……? 攻撃の方が避けているようにすら見える。
「あー」
異様な空間の中、聖王が口を開いた。
「やる気満々なところ悪いけど、平和主義者である僕からいう言葉は一つだ。――僕は戦わない」
瞬間、力が溢れる。
「ぐ……お……ッ!?」
周囲に衝撃が走る。奇妙な圧力は攻撃を加えようとしていたベアルの動きが停止させた。
「ぬ……ぐぐ……ぅ……っ!? な、なんという力! かつての聖王の数倍! だが、こちらも長い年月、寝ぼけていたわけではない……ぞ……! はぁぁぁぁぁ……!」
血管を浮かせながらも動こうとしているベアルだが、それでも指一本を動かせないようで小刻みに震わせている。
「な、何だぁ? 聖王の奴が何か呟いたと思ったら、ベアルの動きが止まっちまったぜ!?」
「魔王の動きを止めるとは……尋常ではありませんよ。いったい何が起きているのでしょうか……」
不思議な力だ。聖王から発せられる妙な波動に触れると心がざわざわする。
精神系統に近い気もするが、少なくとも通常の魔術ではないな。
「へぇ、僕の『声』をまともに受けてまだ戦意を失わないとは大したものだ」
言葉、そう。言葉にそのまま魔力が乗っているような感じだ。
……いや違うな。言葉そのものを術式化しているのか? 天界の魔術言語にてプロテクトがかかっており、その上やたらと複雑で俺でも読み解くのは難しそうだ。
「しかし何度向かって来ようと無意味だぜ。だって僕に君と戦う気はないのだから――」
言いかけた瞬間、聖王の頬に赤い筋が走る。
直後、後方の客席が大きく吹き飛ぶ。
ベアルが何とか持ち上げている指先からは白い煙が立ち昇っている。凝縮した魔力閃を発したのだ。
「く、くく……貴様にその気がなかろうと、我はとっくの昔からその気なのだ。嫌が応でも戦ってもらうぞ……!」
まだベアルは折れてない。
戦意満々に気炎を吐きつつ歩み寄るのを見て、聖王はつまらなそうにため息を返す。
「うーん、呆れた気力と根性だ。魔王ならもっとらしくしたらどうだい? ここは引いて闇討ちするとか、人質の一つも取って見るとか、わざわざ力技に頼らずともやり方は色々あると思うんだけどな」
「下らんな……貴様のような強者との戦いこそ我の望むところ……正面からの力比べ以外興味はないのだ! 悪いが半端で終わらせるつもりはないぞ……! ロイド、お前も手は出すなよ」
「はいはい、わかってるって」
俺だってその気はない。二人の戦いを見るためにわざわざ乱入したんだからな。
これだけ盛り上がっているのに水を差す理由がない。
さて、次は何をするのやら。注目しつつも長引きそうなので客席の椅子に座る。
「ロイド様、ポップコーン用意しましたぜ」
「ロイド様、コーラの用意もありますよ」
「ありがとう」
そんなこんなでリラックスしながらの観戦だ。
さてさて、二人とも面白い戦いを見せてくれよ。俺の魔術の為にな。




