姉たちがやる気です
「ロイド様、朝でございますよ」
「そうそう、早く起きないと」
「んあ……」
身体を起こして伸びをする。
カーテンから差す光の眩しさに慣れてくると、目の前にはメイドが二人佇んでいた。
「ふぁーあ……おはよう二人共」
銀髪の方がシルファ、紫髪の方がレン。
二人共、俺専属のメイドとして日々働いてくれているのだ。
「おはようございますロイド様。朝食の準備が出来ておりますよ」
そう言いながら、二人がかりで俺の支度を整えるシルファとレン。
顔を拭いて服を脱がせ、袖を通し……あっという間に着替え終わった俺は、そのまま食堂へと連れていかれる。
「なんだか二人とも、今日はいつもより急いでいるような気がするな。何かあるのか?」
「えぇ、直ぐに連れてくるように言われておりまして」
「早く準備して顔出さないと怒られちゃうよ!」
誰かに呼ばれている? でもアルベルト兄さんはまだ朝の執務中だろうし、一体誰が……ま、行けばわかるか。
食堂の扉を開けると、既にテーブルに着いて食事している人物がいた。
「もむもむ……おふぁよロイド」
「サリア姉さん!」
眼鏡を掛けた黒髪の女性、俺の姉である第四王女サリアがリスのように頬を膨らませながら食事を口に運んでいた。
あらゆる楽器を手足のように操り、その旋律は神々をも魅了するとまで言われる、まさに音楽の申し子なのである。
ただし音楽以外に興味はなく、人の名前すらまともに憶えないという変わり者だ。俺のことだけはなんとか覚えてくれているが、兄妹の名すらあやふやである。
それにしても今日は一体どういう風の吹き回しだろうか。
普段は一日の殆どを城の音楽塔でピアノを弾いて過ごし、食事もその辺で適当に済ましているのに一体何が――
「もごっ!?」
突如、サリアの飛ばしてきたミートボールが俺の口のスポッと入る。
「ロイド、あなた何か失礼なこと考えてたでしょう」
「そ、そんなことないですよ。はは、ははは……」
愛想笑いしながら、サリアの向かいの席に着く。
サリアは天才肌というか、何を考えているかよくわからない所があるからなぁ。
見透かされている感がしてちょっと苦手なのである。
「サルファ、リン、食事の用意を」
「はい」
シルファとレンが言われるがまま俺の前に料理を運んできた。名前間違えられるのはいつものことなので二人もいちいちツッコまない。
ともあれ用意された朝食を口に入れていく。うん、相変わらずシルファの作る料理は美味いな。レンも腕を上げてきたもんだ。
カチャカチャと食器の鳴る音が聞こえる中、俺はサリアに尋ねる。
「……それでサリア姉さん。俺に何か用ですか?」
「もう少し待ちなさいな。もう一人呼んでるから」
「はぁ……」
言われるがまま、俺も朝食を食べ始める。呼びつけておいて勝手だなぁ。今に始まったことではないけれど。
しばし待っていると、廊下でドタドタと走り回る音が聞こえてきた。
「お、遅れましたーーーっ!」
バタン! と扉を開けて現れたのは教皇イーシャだ。
元はただ歌が好きなだけの修道女だったが、色々あって教皇になったのである。
基本的にはただのお飾りらしいが、周りのサポートもありなんやかんやで仕事は上手くやっているらしい。
その美声は天界にも響き渡ると言われており、特にサリアと共に奏でる協奏曲は音楽に興味ない俺でも感じ入る程だ。
なるほど、待っていたのはイーシャだったのか。
「久しぶり、イーシャ」
「あら! あらあらロイド君! お久しぶりですっ!」
俺を見つけるや、イーシャは小走りで駆けてきてがばっと抱きついてくる。
うぷっ、苦しい。わざとらしく咳払いをするシルファに、イーシャがハッとなり俺を離す。
「あはは……ごめんなさい。つい……」
「やっと来たことわね。イーシャ」
「えぇはい、お待たせしましたサリア。ちょっと仕事が立て込んでいまして……おほん」
イーシャは咳払いをすると、俺をじっと見つめる。
「今日ここへ来たのはロイド君に頼みたいことがあったからです。……単刀直入に言いますね。私たちと共に歌って欲しいのです」
「俺が……二人と?」
「えぇ、実は先日、聖王様がここサルーム王国にいらっしゃるとのお達しがありまして」
「!」
思わず目を見張る。
おおっ、つい先日俺が言った通りの展開じゃないか。
いやぁ、意外とフラっと訪れたりするものなんだなぁ。
イーシャは興奮した様子で言葉を続ける。
「聖王様は滅多に聖王庁をお離れにならない方で、私でも会ったことがないんですよ。そんな人がサルームを視察なんて、まさに前代未聞の大事件! そりゃもう歓迎するしかないでしょう! というわけで教会側から国王様にお願いし、国を挙げてのお祭りが行われることになったのです!」
「そこで私とイーシャが演奏をすることになったのよ。でも相手は聖王。私たち二人の演奏では完璧な歓迎とは言えないわ。だからロイド、あなたも出なさい」
そういえば二人は何故か俺の歌を高く評価していたっけ。
正直な話をすると俺の歌は制御魔術でコピーした模造品なんだけどなぁ。
というかサリアとイーシャの二人でも、十分過ぎると思うのだけれども――
「そういうことなら、是非とも!」
もちろん、断る理由はない。
歌などには微塵も興味ないので本来だったら絶対断るが、聖王の前での演奏ってことは目の前でってことなのだろう。
件の聖王とやらを直に見るいい機会だ。
その為だったら歌の一つや二つ、歌ってやるとも。
「ロイドの歌は未だモノマネの域を出ていないけれど、繊細なテノールと透明感のあるソプラノが入り混じったその声質はまさしく唯一無二。ロイドが加われば、私とイーシャだけでは出せない至高の音域が表現出来るはず」
「えぇ、えぇ! それに以前誘った時はかなり嫌々でしたけれど、ロイド君の歌は本当にすごいんですから! 前は嫌々だったけど今回は本人も乗り気みたいですし、期待出来ますよ! ……ふふ、久しぶりにアガってきました!」
サリアとイーシャは何やらブツブツ言いながら、食器をカチャカチャ鳴らして演奏し始める。
片やフォークとナイフ、片や鼻歌なのに、そこらの一流協奏曲並みだ。
本来なら行儀が悪いと窘められるような行為だが、シルファとレンもうっとりしている。
二人共、やる気になっているなぁ。ただ厳しい練習は勘弁して欲しいものなのだが。




