付与魔術を試します①
大量の油を手に入れた事で、改めて実験再開だ。
魔髄液の調合に成功すれば、色々と出来る事は増えそうだしね。
ちなみにこの手の調合は前世でもよくやっていた。
安い素材を市場で手に入れてきては、学園の実験室を借りて触媒の調合をしたものである。
城にも実験に使えそうな部屋はあるが、そんなところでやったら流石に目立ちすぎる。
自室を汚さないようにしてやるしかない。
「まずは結界を張っておこう」
『滝天蓋』で部屋の一角、1メートル四方ほどを結界で囲い、簡易実験室とする。
水の結界は音や衝撃を防ぐ効果が高い。
これなら中で少々爆発しても大丈夫だ。
調合の材料は揃っている。
大量の油にダンジョンの核、そしてお小遣いとしてもらっていた十分な銀貨。
今日ほど王族でよかったと思った日はない。
「そして銀を溶かす」
まずは『石形代』で石の器を作り、その上に銀貨を入れる。
銀の融点は意外と低いので、炎で炙っていれば普通に溶ける。
念の為もう一枚『滝天蓋』を重ねがけし、内部に『炎烈火球』を放り込む。
これでしばらく放置しておけば銀は溶けるだろう。
「その間にダンジョンの核をすり潰しておくか」
もう一つ、石の器を作り出し核を『水刃』でざく切りにする。
そして『水刃』に形状変化の術式を加え、刃を増やす。
核に押し付け、更に高速回転の術式を加え押し付ける。
ががががががが! と音を立て、核は削れていく。
よし、いい感じに粉々になったぞ。
これで赤魔粉の完成だ。
「……ロイド様、一体幾つの魔術を同時に発動してるんですかい?」
見ていたグリモが呆れたような口調で聞いてくる。
「ん? 待機発動させているのも含めれば二十くらいだが……」
「そ、そうっすか」
何故かドン引きしているグリモ。
同時発動が可能な魔術の数なんて、試した事もないからわからんな。
下位魔術ならそれこそ数えきれないくらいは同時発動出来るし、真面目に答える意味がないと思うんだがな。
「おっと、そろそろ銀が溶けた頃合いだな」
調合開始といくか。
取り出した銀は水滴のように転がせば動く。
だからといってこれを油に入れても混じるわけはないのだが、そこでこいつの出番である。
俺は右手の口を開いた。
水系統魔術『水融合』と土系統魔術『土融合』。
各々液体と固体を融合させ、新たな物質を作り出す魔術である。
それを二重詠唱で発動させれば、あらゆる物体の調合が可能――
小瓶に入れた油と溶けた銀が混ざり合っていく。
黄色かった油は銀がかかりキラキラとした液体になった。
「ロイド様、こりゃあ月銀薬じゃねぇですかい?」
「うん、よく似ているな」
月銀薬とは魔術師ギルドで売っている薬品だ。
魔法陣を描いたり、使い魔を呼び出す媒介としたり、用途は様々。
非常に高価だがそれ以上に数が少なく、普通の魔術師が購入するのはほぼ不可能。
どうやって作っているのかと思ったが……なるほどこうして作っていたのか。
二重詠唱は理論上、息さえ合えば二人の魔術師で行使可能。
ただ『水融合』も『土融合』もかなり高レベルの魔術だし、非戦闘系である合成系統魔術の持ち主は少ないだろうからなぁ……それほどの使い手が二人も揃わなければ作れない時点で、そりゃ数も出回らないだろう。
こんなところでレシピを発見するとは運がいいな。
何かに使えるかもしれないし、ある程度はストックしておこう。
「さて、あとはこいつに赤魔粉を加えれば完成だな」
月銀薬に赤魔粉を、サラサラと入れていく。
銀がかかった油に、落ちた粉が染みわたり赤い煙が水中を彩る。
ぐるぐるとかき混ぜると、殆ど魔髄液と変わらないものが出来た。
「おおーっ! すげぇですよロイド様! 見事です!」
「見た目は、な。実際に使ってみないと、効果のほどは不明だよ」
かといって俺の短剣はもう付与済みだし、武器として使う機会もほとんどないんだよな。
付与失敗の可能性もあるので、その辺に飾ってある武器で試すわけにはいかない。
どこかに大量に武器が余ってないものか……使ってくれる人がいればなおよし。
「……あ、そうだ」
考え込んでいると、いい考えを思いつく。
その為にはアルベルトの所に行ってみるか。
■■■
城中を探すと、アルベルトは馬術の訓練中だった。
俺を見つけると馬を止め、降りてきてくれた。
「おはようございます、アルベルト兄さん」
「やぁおはよう。ロイドから会いに来てくれるなんて嬉しいよ。……ははぁ、もしかして何かお願い事でもあるのかい?」
ドキッ、なんで分かるんだ?
見透かされたような口ごもる俺を見て、アルベルトは可笑しそうに笑う。
「はっはっは、ロイドは可愛いな。いいよ、話してごらん。お兄ちゃんが聞いてあげよう」
「ありがとうございます。えーとその、ですね。実は最近付与魔術を勉強中でして。試してみたいから大量の武器が欲しいのです。よかったらアルベルト兄さんの近衛たちの武器を貸してもらえませんか?」
アルベルトのような上位王子には、各々十数人の近衛がいる。
当然手練れ、彼らであれば数本の剣所持しているだろう。
日々訓練を行っているだろうから使用感も聞きやすいし、アルベルトの近衛だから話も漏れにくい。
「付与魔術か。かなり使い手が少ない魔術らしいが、そんなものを使えるようになるとは、さすが勉強家だな」
「まだ始めたばかりです。失敗するかもしれませんし、あまり高価ではない武器で構わないのですが……」
「ふむ、なるほど。実験材料が欲しいというわけだね?」
ウインクをするアルベルトに頷いて返す。
「察しが早くて助かります」
「ははは、ロイドの考えてる事は全てわかるよ。魔術付与をした剣は近衛たちも欲しがっていたからね。ある程度なら武器を無駄にしても文句は言うまい。わかった、話をつけてこよう」
「ありがとうございます」
アルベルトに礼を言い、俺はその場を後にするのだった。