聖王に期待です
「……はぁ、まぁいい。かつての魔軍進撃で何があったか、だったな。よかろう話してやる。心して聞くが良――」
「あ、その前にお茶を淹れるね。皆、喉が渇いたでしょう」
コニーが立ち上がり用意していたティーカップにお茶を注ぎ始める。
またも話の腰を折られ、ベアルはがっくりと肩を落とす。
相変わらずマイペースだなぁコニーは。
「いや、人のことは言えねぇですぜロイド様……」
「むしろコニーよりも何倍もマイペースです……」
グリモとジリエルが何やら言っているのを放置しつつ、俺はベアルの話に耳を傾ける。
「――かつて魔王としての生活に飽き飽きしていた我は、配下を連れ人の住む大陸を目指した。魔界では既に我に歯向かう気骨ある者はいなくなって久しかったからな。力が全ての魔界では我のように突出した存在が知れ渡れば歯向かう者はすぐにいなくなってしまうのだよ」
コニーの淹れた砂糖たっぷりの紅茶を口にしながらため息を吐くベアル。
あれだけの力を持つベアル相手に挑もうとする者は、そりゃいないだろうな。
戦好きのベアルとしてはそりゃ退屈極まりない日々だったであろう。
「でも大陸を目指した理由は? 魔術の祖、ウィリアムの噂は魔界まで轟いていたのか?」
「いいや、我は強者を探させるべく配下を世界中に放っていた。それなりの報告は受けたがただ一人、人の住む大陸に放った者だけが帰ってこなかったのだ。すなわち我が配下を葬る程の実力者がいる、という事に外ならぬであろう」
「手当たり次第に……何ともはた迷惑な……」
ジリエルが眉を顰めている。
まぁ世界中に魔族なんか送り込んだら、大混乱だよなぁ。
魔族ってのは一体でも国を余裕で滅ぼせる力を持っている。
魔軍四天王は当然として、以前戦ったギザ……なんとかって奴もまぁまぁな力を有していたものだ。
「ちなみにこの大陸に送っていたのは配下でも一番の腕利きでな。……くくっ、報告を受けたときは血が躍ったぞ。――ともあれ、胸踊る強者の存在を知った我は海を越え大陸に渡ったわけだが、着くなり早速人の軍勢と相対した。既に我らの動きを察知していたのだろう。海岸を埋め尽くす兵の数々、更に魔族と渡り合う程の実力者も多数いた。特にウィリアムは強かったぞー。何度追い詰めても上手く逃げられてな。しかも我の相手をしながらも、四天王を含む魔族の強者を封じていく手腕は見事としか言いようがなかった……全く、大した奴だったよ」
苛立たしそうに舌打ちをするベアルだが、その表情はどこか嬉しそうにも見える。
まさにライバルというやつだったのだろう。実際に相まみえることはなかったようだが、やはりウィリアム=ボルドーってすごい魔術師だったんだなぁ。
「ウィリアムの奴は我々にとっての死神でしたぜ。奴の姿を見たものは死ぬと恐れられてたもんでさ」
「グリモもウィリアムに封印されたのか?」
「……いいえ、俺は全然知らねー奴にでさ」
「ぶはっ! それはそうだろうな。貴様のような雑魚魔人、かのウィリアム=ボルドーが手を下すまでもあるまいよ」
「テメェこそクソ天使! どーせプルプル震えて物陰に隠れていたんだろうが!」
「き、貴様何故それを……」
グリモとジリエルが言い争っているが、そういえば二人共、魔人に天使なんだからあの戦いに出ていてもおかしくはないか。
雰囲気からしてどちらも下っ端だったようだが。
「……おい、話を続けてよいか?」
「はいっ!」
ベアルに睨まれ、二人はピンと背筋を伸ばす。
咳ばらいをしながらベアルは続ける。
「ともあれ我らは戦いに興じた。神々が味方したこともあるが、人間共もまぁまぁ厄介でな。我が軍とは一進一退の激戦であった」
「ん? でもベアル程の力があれば、人類軍なんか簡単に壊滅に追い込めたんじゃないか? いくらウィリアムでもベアルには及ばなかったんだろう? 無理矢理突っ込めば押し潰せたんじゃあないか? 天界の奴らが強かったとか?」
「いや、連中は意外と引け腰でな。そう苦戦することもなかったのだが、もう一人厄介な者がいたのだ。……全く、思い出しても忌々しい……」
ウィリアムの時と違い、好敵手というよりはただ忌避する存在を語るような口調にグリモはハッとなる。
「! 聖王……ですな」
頷くベアル。
聖王といえば教会の総本山というべき聖王庁の頂点に立つ人物である。
何年かに一度、教会にて天啓を受けた者が候補となり、その中でも厳しい試練を乗り越えた者。
神の下でその力を直接振るう執行者、それが聖王なのだ……と、俺の仲間、元教皇のギタンがそんなことを言ってた覚えがある。
「ベアルがそこまで言うってことは相当強いんだろうな」
「いいや、我は奴とは一度として戦えておらん」
「どういうことだ? 厄介な相手だったんだろう?」
訳が分からない。俺が首を傾げていると、コニーが何かに気づいたようにポンと手を叩く。
「わかった。防御や回避能力がスゴかったんだ」
コニーの言葉にふむと頷く。
なるほど、教会の神官などが得意とする神聖魔術は防御や回復能力に優れている。
聖王と言えばそのボスだ。そりゃもうスゴい神聖魔術を使うのであろう。魔王であるベアルがまともに戦えなくなる程の。
しかしそうではない、とベアルは首を横に振る。
「ふん、それより何倍もタチが悪い奴であったよ。あぁくそ、思い出すのも忌々しい……」
何やらブツブツ言い始めるベアル。
魔王であるベアルをして厄介と言わしめるとは、一体どんな力なのだろうか。
恐らく神聖魔術の使い手なのは間違いないのだろうが……なんにせよ面白そうだ。
「なぁベアル、聖王とやらのこと、是非とも詳しく教えて欲しいんだけど」
「思い出したくもないと言っておるだろうがっ!」
「そう言わずにさぁ」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっとロイド君、いきなり抱きつかないでってば!」
肩を掴もうとすると、ベアルはコニーの中に潜り込んでしまった。
あ、くそぅ逃げられたか。よっぽど語りたくなかったらしい。
だったらあんな中途半端に語らないで欲しいものだ。これでは生殺しである。
「俺も聖王なんて奴は見たことねぇですな。名前を聞いたことがあるくらいでさ」
「私も……ただ彼の人物は我々天使の間でもかなりの重要人物だと聞き及んでいます。天界の頂点たる唯一神様と直接契約しているとか」
どうやら二人もよくは知らないようだ。
ふーむ、聖王か。めちゃくちゃ気になるが聖王庁は遠い。それに教会関係はかなりガードが堅いからな。
以前、神聖魔術を学びに教会に入信した時も中々教えて貰えなかったものだ。その総本山である聖王庁は更にだろう。会うのは難しいかもしれない。
「あーあ、会ってみたいなぁ、聖王……」
「無理でしょうなぁ……」
「無理でしょうねぇ……」
俺の呟きに即座にツッコんでくるグリモとジリエル。
おいおい二人とも夢がないなぁ。案外フラっとサルームを訪れたりするかもしれないぞ。




