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魔王とバトルします、中編

 ◆


 ――本日本来、この日は月明かり一つない夜のはずだった。

 にも関わらず眩い光が空を照らし、辺りは真昼のような明るさで、凄まじい地響きや雷鳴轟音の鳴りやまぬ様は世界の終わりを告げているようである。

 周囲に住む人々は不安そうに夜空を見上げ、祈りを捧げる者も多くいる。


「ままー、おそらにひとがいるー」

「そんなはずないでしょう。……でもそうね、だとしたら、坊やが見たのはきっと神様だわ。あの恐ろしい天変地異から私たちを守ってくれているのよ。さ、神様が私たちを守ってくださるよう祈りましょう」


 母は幼子の手を取って膝を突いて、祈るように手を握り合わせる。

 幼子の目にはやはり人――少年が、両手から眩い光を放っているのがはっきりと写っている。

 少年の放った光はもう一つの人影に激突し、また轟音が響き渡った。


「――っ!?」


 吹き飛ばされたベアルは空中で姿勢を立て直しながらも正面を向く。

 対峙する少年――ロイドはその間にも涼しい顔で次の魔術を発動させていた。

 眩い光の奔流が、漆黒の流星が、鋭く輝く氷炎の剣が、連続、かつ無数に次々とベアルを狙う。

 それを時に防ぎ、時に避けながらベアルはロイドに肉薄した。


「はぁっはァー!」


 叫び声と共に下腹部目掛けて拳を叩き込むベアル。

 ずんっ! と重低音が響きロイドは遥か上空へと吹き飛ばされた。雲を貫き、空の色が変わる程の高さまで上昇したところで、ようやく止まる。

 更に、ベアルは追撃を繰り出すべくロイドの頭上に回り込んでいる。

 一閃、鋭い蹴りがロイド大気ごと切り裂いた。


「む!?」


 が、手応えはない。消えゆくロイドの残像、本体は既にベアルの懐に潜り込んでいた。

 短く息を吐くロイドの全身には気と魔力が満ちており、拳へと流れ込む。

 その背後には異国風の少女の影が見えた気がした。


「――百華拳、連撃連華」


 極限まで練り上げた気と魔力を纏った拳の連打がベアルを襲う。

 数十数百の連撃を叩き込まれながらも、ベアルは吠える。


「甘いわっ!」


 両腕をめちゃくちゃに振り回しながらそれを迎撃するベアル。

 技術もクソもない魔力ちから任せの暴力だが、その重さと鋭さで連撃連華を打ち落としていく。


 一進一退、二人は時に飛び道具を挟みながらも拳を、蹴りを放ち続ける。

 そのあまりの速度故に無数の残像が生まれ、二人の残像同士が至る所で戦っているように見える程だ。


 どどどどど、と静かな世界で衝撃音だけが響く。

 大気は薄く、生物がまともに生きていられない環境下においても魔力障壁を展開するロイド、魔力体であるベアルは問題なく行動可能である。


「ふん、殴り合いもそろそろ飽きたな」


 そう呟いてベアルは拳に魔力を込める。

 多少威力を増した程度では軽く塞がれる。ならばそれを砕ける程、強く、疾く打てばいいだけのこと。

 呼吸と共に強大な魔力が圧縮され、ベアルの拳一点に集まっていく。

 その圧力に周囲の空間は歪み、拳は黒く染まっていた。


 時間にして一秒にも満たない僅かな溜め、しかし心眼に加え武神術により超身体能力となっているロイドにとってはあまりに大きな隙だった。

 日頃の修練により、殆ど反射でロイドの身体が動く。

 突進と共にロイドが生成するのは、光武・術式巨刀。

 十数メートルの刀身にはそれだけ無数の術式が刻まれている。


 ――強い、本能的にその威力を察知したベアルが咄嗟に後ろへ飛ぼうとするが、背後にある『何か』に阻まれた。

 岩だ。正確にはロイドが大宙から呼び寄せた隕石だった。

 ――星系統大規模魔術『天星衝』。

 魔力を帯びた超巨大な隕石に押しつけられたベアルに、術式巨刀が振り下ろされる。


「ラングリス流大剣術、鬼岩断」


 本来は岩を背負わせた相手に強烈な斬撃を繰り出す技、その応用法だ。

 大規模魔術により生み出した巨岩に逃げ場を阻まれたベアル目掛け、ロイドが剣を振り下ろす。

 ざん! ざざざざざん!

 斬撃の束が逃げ場を失ったベアルを刻む。

 一撃たびに隕石は割れ、砕け、粉微塵になっていた。


「くく、やるではないか……しかしこの程度で……っ!?」


 支えを失い宙に放り出されたベアルに更なる追撃が迫る。

 先刻よりも遥かに大きな術式巨刀――まさに極とも言うべきか。

 最上段に構えた光の剣が、真っ直ぐに振り下ろされた。


 ――その一撃は大気の層は断裂し、凄まじい空気の奔流が巻き起こす。

 気流の渦に飲み込まれながら堕ちていくベアル。

 長い、長い落下の後、一筋の光の帯を残しながら地表へと激突した。


 ずどぉぉぉぉぉん! と爆音が響き大地が割れる。

 地面には数百メートルに及ぶ亀裂が生まれ、周囲の岩山が飲み込まれ、陸地の一部が海に沈んだ。

 地形反動すら引き起こす衝撃にも関わらずベアルは殆ど無傷だった。しかし――


「ぬ……ぐっ!」


 漏れ出たのは苦悶の声。生まれて初めての自身の声にベアルは目を見開いた。


「……くくっ、信じ難いことだぞこれは」


 ベアルは口元に歓喜の笑みを浮かべる。

 魔界における生態系の頂点、支配階級である魔族。

 それらを跪かせる存在、王たるベアルは生まれながらにして最強の存在であった。

 周囲の者は言うに及ばず、魔界全土においてすら比肩するモノなき圧倒的な力――しかし当の本人であるベアルは孤独と虚しさを感じていた。


 ――あらゆる命は他者と比べる為に生まれてくる。

 同じ種で、世代で、場所で、敵で、仲間で、競技で、時には種族や時すらも超えて、生まれてから死ぬまで比べ続ける。

 特に力こそ全てな魔界においては、よりそれは顕著と言える。

 にも拘らずベアルは余りに強大な力を持って生まれた為、自分がどれ程の強さなのか知ることすら出来なかったのである。

 友もおらず、師もおらず、敵もおらず――そんなベアルはいつしか魔界の外に希望を見出した。

 だが大陸を渡ったベアルは結局碌な使い手と出会うことなく、落胆のあまり眠りについたのである。


「……数千年の長きに渡り強敵を望んできたが、こんな形でまみえようとは思わなかったぞ。貴様の魔力、類まれなる才に加え、想像を絶するであろう修練を重ねたのがよくわかる。脆弱極まる人間からこのような力の持ち主が生まれるとは驚嘆に値するぞ! ふはははは!」


 宙から降りてくるロイドを見て大笑いするベアル。


「ここまで余を楽しませたのは貴様が初めてだ。しかしそれだけの力、如何に貴様でも長くは続くまい。そろそろ限界が来るのではないか? だが手加減はせぬぞ。最後まで余を楽しませ――」

「なぁ」


 ベアルの言葉をロイドは遮る。


「どうでもいいけどさ、お前はいつ本気を出すんだ?」


 小首を傾げるロイドの言葉にベアルはぎくりとした。

 確かに、ベアルは意図的に力を抑えていた。

 壁を思い切り殴れば拳が傷つくように、強大な過ぎる力は一方で持ち主をも破壊する。

 今まで一割以下しか力を解放してこなかったベアルがそんな事を意識したこともなかった。

 しかし現在ベアルの力の解放率は七割、力を込めるたびに魔力体が軋み、崩れる兆候を見せている。

 それ以上力を解放することの危険さを感じていた。生まれて、初めて。


「それを見抜いたというのか。余すら自覚していなかった事を、奴は……ふん、くだらぬ」


 ベアルの顔から笑みが消える。

 本気で戦いたいという願望を抱いて生きてきた己が、それを前にして尻込みしていたという事実は、ベアルにとってあまりに笑えないことだった。

 自身への怒りがふつふつと沸き起こり、その身体を、心を燃やす。


「はあああ……!」


 長い息を吐きながら抑えていた魔力を解放していく。

 行き場を溢れた魔力粒子が爆ぜ、バチバチと火花が散り踊る。

 膨張していく魔力はその都度圧縮され、より高密度の魔力体となってベアルの身体を包み込んでいく。

 そして、十分すぎる程の魔力が満ちた。


「かぁぁっ!」


 裂帛の気合いと共にベアルは力を解放する。

 そこを中心にとてつもない暴風が吹き荒れ、地面が沈み、周囲の岩石は砕け散った。

 ――十割、完全なる力の解放によりベアルの表皮はひび割れ、所々に亀裂が生まれている。

 天まで届くような爆発的魔力の奔流を纏うベアル、それを見下ろすロイドはへぇ、と小さく呟いた。


「……随分待たせてしまったなロイド、ここからが余の本気だ」

「うん」


 ロイドが頷くのと同時に、ベアルの拳がその腹にめり込む。

 砕けた魔力障壁の破片が宙に舞い、散り散りに消えていった。

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