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ダンスパーティーが始まります、後編

「ふ、ふふふふふ……」


 さっきまでショックを受けていたシェラハが不気味な、しかしどこかヤケクソじみた笑みを浮かべる。


「……我が流水演舞に目を奪われない人間がいるなんて、正直言って想定外だったけど……それでもこの舞台、私の優位に変わりはないわ!」


 また踊りの形が変わった。

 シェラハの周囲に水の玉が浮かび上がり、それが刃と形を変えて俺に襲いかかってくる。

 魔力障壁で防げるレベルだが、シェラハもまた魔軍四天王と言うだけあって、一撃一撃がそこそこ重い。

 連続で喰らい過ぎると俺の魔力障壁でも耐えられないな。

 更に、不利な要素はある。


「おーい、コニー。手を離してくれないか?」

「……」


 虚ろな顔で俺の両手を掴むコニー。

 どうやらシェラハの踊りの効果をモロに喰らっているようだ。

 振り解こうにもコニーの力は俺よりもかなり上だし、無理やり魔術で引きはがしたらえらいことになりそうだからなぁ。ま、多少動きに制限がかかるくらいだから大した問題ではないのだが……


「ふひっ、ふひひひひひ。素晴らしい舞いですなぁこれは。ふひひひひっ」

「うへっ。全くだぜこの女、いーいケツしてやがるよなぁ。うへへへへっ」


 おまけにグリモとジリエルまで妙な感じになっている。

 この二人は元々アレではあるが、正気を失っているせいでその口を両掌に宿せないのだ。

 つまり古代魔術、神聖魔術、封印魔術の三重詠唱、魔族殺しとも言える『灰魔神牙』が使えない。

 しかもシェラハの水の刃は俺だけに狙いを絞っているわけでもなく、魔力障壁で防がねば周りで踊っている生徒たちへ当たってしまうだろう。


「ふふふっ、足を引っ張られながらも味方を見捨てることは出来ないでしょう? お優しいわねぇ坊や。卑怯? 卑劣? 何とでも罵りなさいな。私はその為にこうして舞台を整えたの。罵倒はむしろ賞賛にしか聞こえないわ!」


 シェラハの舞いは更に勢いを増していく。

 魔術も効果が薄く、戦闘力も高い魔族、その中でも魔軍四天王こいつらは別格。

 それを動きの制限された状況、かつ単独詠唱魔術で何とかせねばならないわけだ。


「――ふ」


 思わず笑みがこぼれる。

 なるほど、そんな状況を覆せる魔術を思う存分試せるのだ。

 しかも皆、まともな判断力を失っているし、今ならやりたい放題である。

 あんな組み合わせやそんな術式も試せるのだ。こいつは楽しくなってきたじゃないか。ふふふふふ。


「ぶ、不気味ね……ピンチ過ぎて逆に笑えてくるという現象は聞いたことがあるけど、その類とか? 一体何を考えてるのかしらこの子……」


 シェラハが何やらドン引きしているが、それよりこの間の戦いで思いついたアレ、やってみるか。

 魔力を込めた俺の手がまばゆい光を放ち始める。

 ――神聖魔術、光武。

 これは光の武具を生み出す魔術で、注ぎ込む魔力によって様々な形の刃を生成というするものだ。


「な、何よそれ……?」


 神聖魔術の使い手はかなり少ないが、魔軍四天王ともなれば見たことはあるはずだろう。

 それでもシェラハは驚いた表情を見せている。

 どうやら俺がやってるのは、そこそこ珍しい試みのようだな。

 俺の生成した光武は先日シルファが手にした禁具『白一文字』と同様、術式のみで構成された刃である。


「光武・術式刀ってところか」


 それを束ねて束ねて、何重にも折り畳んで作り上げた光の剣だ。

 まずはどの程度の切れ味か、試してみよう。

 というわけでシルファの動きも制御魔術でトレース。くるりと踵を返し、シェラハへ向かって跳ぶ。


「さて、切れ味はどうかな」


 振り下ろす剣がシェラハの髪を数本切り離す。

 返す刀で更に数本、今度は血飛沫も宙を舞う。

 流れるような舞いと共に繰り出される連撃は鋭さを増し、必死で躱し続けるシェラハの身を刻んでいく。


「くぅっ!? 術式で構成された光武ですって!? そんなもの数百年生きてきた私でも見たことも聞いたこともない……やはりこの坊や、危険すぎる! でも――これならどうかしらっ!?」


 俺の斬撃を目前にしたシェラハは、一緒に踊っていたノアを突き出してくる。


「さぁ剣を止めなさいな! その隙に貫いてあげるっ!」


 そのすぐ後ろには水で作り上げた剣が構えられている。俺が剣を緩めたら、それごと貫くつもりだろう。

 俺は眼前に迫るノアに向け、勢いのまま剣を振るう。


「血迷っ――」


 言いかけたシェラハを光の剣が両断する。

 ノアは無事だ。この光武・術式刀は魔族に対してのみ働く浄化系統術式のみで構成されている。

 故に人間であるノアの身体を透過したのである。……ま、多少精神に影響は出るかもしれないが、ぶった斬られることを思えば何もないに等しいだろ断ちう。

 実験中は意識が散漫になりがちで周りに気を使う余裕はないし、これくらいの小細工はしておくさ。

 というわけで改めて、魔力体のみを断ち切る感覚を確かめるとしよう。


「ラングリス流剣術――竜頭牙尾」


 身体ごと突っ込みながら繰り出す大振りの斬撃。

 シェラハはギリギリで躱すが俺もすぐに追撃に移る。


「ぐっ! な、なんという疾さ……!」


 避け続けるシェラハだが、徐々に回避は困難になっているようで斬られる箇所が増えていく。

 竜頭牙尾は超高速で繰り出される連続剣舞。

 そのタネは最初の大振りで相手を意識させた後、こちらはその反動を利用した高速斬撃に移行する事にある。

 緩急をつけた攻撃は目で追えるものではない。


「きゃああああああああっ!?」


 そして一度攻撃に入れば抜け出すことは不可能。

 連撃に次ぐ連撃はシェラハの全身を刻み続け、そして――


「ぁ――」


 細く長い苦悶の声を残し、シェラハは崩れ落ちる。

 同時に、俺の作り出した光の剣も砕け散ってしまう。


「おっと、禁具『白一文字』の弱点である脆さは俺なりに改良したはずだったのになぁ」


 禁具『白一文字』は切れ味に特化した術式で構成されており、僅かでも剣筋が乱れたら折れるような脆い剣だ。

 故に俺はこの術式刀に改良を加え、刀身自体を硬化させたのだが、もしやそれが逆に良くなかったのかもしれない。

 頑丈になればその分摩擦も増え、剣は折れやすくなるものだ。

 逆に言えば『白一文字』は極端なまでに切れ味を上げ摩擦を限りなくゼロにすることで、剣筋さえ乱さなければ剣は折れない剣にしたのだろう。

 何事も半端はよくないということか。

 こういうのも多くの実験と検証により生み出されたのだろう。いやぁ勉強になるな。うんうん。

 術式刀を解除していると、俺の両手にいたグリモとジリエルが呻き声を上げる。


「くそっ、あ、頭が痛ぇ……記憶がトんでやがる……」

「……はっ! い、一体何が起こったのですか!?」


 おっと、どうやらグリモとジリエルも正気に戻ったようだ。

 シェラハを倒したから、魅了が解けたんだな。他の皆もすぐに戻るだろう。


「さて、どうやって誤魔化したものか――」


 俺が呟くのとほぼ同時に、背後に強力な魔力が生まれる。

 それは風を纏いながら真っ直ぐ、突っ込んできた。

 咄嗟に生成した魔力障壁・強に激突し、ぎぃん! と甲高い音が鳴り響く。


「シェラハよ、お前が命を賭して作ったこの機会、必ずモノにしてみせる!」


 そこにいたのは魔道具による拘束を破り、槍を手にしたゼンだ。

 たった一撃で魔力障壁・強に大きな穴を開け、その先端は俺の眼前まで迫っていた。


「ゼンか。そういえば二人は同じ四天王だったな」

「……あの一瞬の隙にも反応したか。しかもこの魔力障壁、尋常ではない硬さ。分かっていたがとんでもない戦力差、しかしだからと言って、退く理由にはならぬ! うおおおおお!」


 咆哮と共に繰り出される突きで結界が破壊されていく。

 ふむ、ここは先刻の反省を生かし切れ味重視の光武・術式刀で対応するか。

 結界が崩れたその直後、俺の生み出した術式刀でゼンの突撃を弾く。

 ぎぃぃん! と鈍い音がして術式刀が折れる。

 まだまだ、幾らでも作れるぞ。生み出した剣で何とか捌く。捌く。捌く。


 うおっ、こいつめちゃくちゃな疾さだぞ。しかも戦士としての技量も高いときた。

 シルファの動きをトレースしているのに追いつかない。ふむ、達人ってやつだな。

 いくら動きをトレースしても、リーチ、パワー、スピード、どれも俺自身の身体能力で再現している以上、結局劣化コピーにしかならない。

 こいつは単純な斬り合いで勝つのは難しそうだな。


「どわわわわっ!? な、何が起きてるんすかロイド様ぁ!?」

「いきなり戦闘中!? しかも相手は拘束されていたはずのゼンですと!? 理解が追いつきませんよ!」

「そういや二人とも、正気に戻ってたんだったな」


 ならばもう一つ、試したかったことがある。

 早速二人の『口』を借りる。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」


 呪文束による高速詠唱で発動させるのは幻想系統魔術、模写姿。自らの姿を変化させる魔術である。変じた姿はサルーム第一王子、シュナイゼルだ。


「む……!」


 ゼンの動きが止まる。シュナイゼルの姿に一瞬戸惑ったようだが、すぐに気を取り直し攻撃を再開する。


「ふむ、幻想系統魔術か。如何にも強そうな男だが所詮は幻。見せかけを変えただけで距離感を惑わそうとしても無駄――」


 めり、と言いかけたゼンの頬に俺の拳がめり込む。


「ば、馬鹿な……幻のはず、なのに……!?」

「さて、それはどうかな?」


 俺はシュナイゼル同様、低く、重い声で言う。

 うーん、中々渋い声だな。いい感じだ。

 光武・術式刀を手にし、反撃を繰り出していく。

 ぎん! ぎん! がん! 力任せに振るうだけでもゼンを圧倒出来るこの身体能力。

 そう、この身体は幻ではなく実際のシュナイゼルとほぼ同等のものだ。

 この模写姿、魔軍四天王が魔力を練り上げ実際に身体を構成したのを参考にしており、術式を大幅に変更することで知り合いの身体を幻ではなくそのまま使えるようにしたのだ。


 それにしてもこれが戦闘において知略、武力共に秀でたシュナイゼルの肉体か。

 どれだけ鍛えればこの境地に至れるのやら。全く想像もつかないぞ。流石はサルーム最強の将軍と言われるだけはある。

 だがこの剣ではやや小ぶりだな。身体に見合うものにするか。

 ――術式改変。刀身の形を変化させ、大きく長く、伸ばしていく。


「うん、いい感じだな」


 光武・術式刀により生み出すのは身の丈を超える大剣。

 以前シュナイゼルが持っていた大剣をモデルにしている。これでリーチも五分以上。

 大剣を振りかぶり、真っ直ぐに駆ける。


「ぐっ――!?」


 槍で防ごうとするゼンだが、それで防げる程この一撃は軽くない。


「ラングリス流大剣術――鬼神腕」


 だん! と、構えた槍ごとゼンを断ち切る。

 ゼンはがくりと崩れ落ち、そのまま床に倒れ伏した。


「あ、ありえねぇ……魔軍四天王最強の武力と言われるゼンを槍ごと、しかもたった一撃で……一体どういう斬撃だよ……」

「兄君の姿を借りただけでなく、その身体はロイド様の魔力で紡いだ特別性。当然普通の肉体より何倍も頑強。故にここまでの能力となったのでしょう。いやはや全く、流石としか言えませんね」


 二人は何やらブツブツ言ってるが、俺としては皆が目を覚ます前に終われてよかったといったところか。

 つい勢いでシュナイゼルの身体なんか作ってしまったが、こんなもの見られたらえらい騒ぎになっていただろう。

 危ない危ない。俺はため息を吐きながら術を解くのだった。

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