学園祭、中編
◆
「では、いくぞ――」
学園塔の屋上にて、ゼンが両手を天に掲げる。
すると頭上に雲が集まり、あっという間に空を覆い尽くした。
眼下の客たちが見上げる中、雲の内部に稲光が走る。
それらは数を増しながら雲の中央部へ集まり、そして――どぉん! と雷鳴が轟くと共に空に大輪の花が咲いた。
――花火だ。火薬を込めた玉を空中で爆発させ、夜空に美しい火の花を咲かせるものである。
魔術や錬金術でも似たようなことが出来るが、ゼンはそれを暗雲をバックに雷で再現したのだ。
「うおおっ! 雷をあそこまで自在に操るとは、流石魔軍四天王だぜ!」
「えぇ、雲を集め雷を呼び、更に自然にない形で発現させる……並外れた魔力制御がなければ不可能な芸当ですね」
グリモとジリエルの言う通りだ。
天候そのものを操るのは精細な魔力制御に加え、とにかく強大な魔力が必要である。
恐らくだが手品のタネは自身の魔力体を直接大気と一体化させることで、自由に天候を操っているのだろう。
いやーいいもの見せて貰った。これほどの技は中々見ることが出来ないぞ。
どぉん! どどぉん! と空で雷が爆ぜ、美しい華が咲き乱れている。
感心して眺めているとゼンはこちらを向き直る。
「これでよいのか?」
「あぁ、皆喜んでくれているみたいだ」
眼下の客たちはゼンの起こす雷撃の花火を見上げ、感嘆の声を上げている。
さっきまで中々中に入れず苛立っていたのが嘘のようだ。
空を見上げ、時折興奮したように声を上げている。
そうしている間にも門の内側では出店の準備も着々と進んでおり、既に半数以上が終わっているようだ。
そろそろいいかな? なんて考えていると、学園塔の鐘がごーんと響いた。
「あーテステス、皆さま大変お待たせいたしましたー! それではウィリアム学園祭、ただいまより開催いたしまーす!」
続いてビルギットの声が響くと共に、学園の門が開けられ客たちがどんどん中に入ってくる。
本格的に祭りが始まったようだ。
「やぁお疲れ様。ロイド」
屋上の扉を開けて出てきたのはアルベルトだ。シルファとレンもそれに付き従っている。
「アルベルト兄さん、もう準備は終わったんですか?」
「あぁ、それにゼンの様子も気になってね。……だが心配は無用だったな。よくやってくれているようで嬉しく思うよ」
「……まだ死ぬつもりはないのでな」
ぱちんとウインクをするアルベルトを、ゼンはつまらなそうに腕組みしながら一瞥する。
ビルギットの結晶核はゼンの首周囲に展開されており、人に危害を及ぼそうとした瞬間に起動。
拘束箇所を切断するようになっている。
しかもビルギットが言うにはその機能は最初から備わっていたとか。全く以って物騒な代物だ。
「ともあれ僕の仕事もひと段落着いたし、監視役を代わろうじゃないか。ロイドも学園祭を楽しみにしていただろう?」
「それはそうなのですが……」
「ふっ、心配してくれているのは嬉しいが。この二人もついてくれているし、何も問題はないよ」
シルファとレンが頷く。
確かにガンジートを倒したこの二人がいれば、万が一のことがあってもアルベルトを守れるだろう。
「それにゼンにはまだまだ働いて貰うことがある。仕事を把握している僕が面倒を見る方が効率的なのさ」
「わかりました。そういうことでしたらよろしくお願いします」
「あぁ、楽しんでくるといい! ゼン、君も構わないね?」
「問題はない」
アルベルトの言葉にゼンは頷く。
随分素直だな。というかそもそも何の為に学園に来たんだろう。
花火をしている最中も辺りを見渡し、何かを探しているようにも見えたが……まぁ人の街が珍しいのかもしれないか。それより俺にとっては学園祭の方が大事である。
優秀な生徒たちが学園生活の集大成として作り上げた学園祭、上から見ているだけでも興味深い出し物や売店が沢山あってずっとワクワクしていたのだ。
特に魔術科の生徒たちの研究成果は凄く期待できるだろう。きっと俺の魔術研究に役立つだろうし、そうでなくても楽しみだ。
何よりずっと引きこもっているコニーが一体何を作っているのかも気になっていたしな。うーん、そう考えるといてもたってもいられなくなってきたぞ。
「では行ってきますアルベルト兄さん!」
「うん、行っておいで」
俺はアルベルトに見送られ、学園祭会場へと駆けて行くのだった。
◇
「いやぁ、どれもこれも見応えがあって、すごかったなぁー」
ホクホク顔で昼食のフルーツサンドを頬張りながら、俺は満足感たっぷりに息を吐く。
とりあえず端から順番に見て周ったが、どこの科も気合の入った出し物ばかりであった。
「んですな。俺としては剣術科の作り上げた彫刻とかスゲェと思いやしたぜ」
グリモが唸っているのは門の所に飾ってたアレか。
高さ三メートルくらいの剣を携えた英雄像で、客たちも見事なものだと唸っていたっけ。
どことなく俺に似ていなくもなかったが……やたら背が高かったし、あまりにキラキラし過ぎだったし、多分違うだろう。うんうん。
「私は中央玄関に飾られていた紫の花が素晴らしかったと思います。『我が主人に捧げる薬花』、うぅむ、美しき愛を感じます!」
何やら興奮しているジリエルが言っているのは、薬学科が作り出したという花である。
紫色のすごく綺麗な花だが元はただの百合らしく、制作過程が載っていたが毒と薬の両方を成長過程に合わせて細かく配分して見たこともない色形を生み出したのだとか。
余程上手くやらねば枯れたり、逆に育ち過ぎて見栄えが悪くなるだろう。
これまた見事なもので、客たちも見惚れるようにため息を吐いていた。
「あぁ、他の科もすごかったが、やはりこの二つはシルファとレンがいるだけあってレベルが高かった」
二人は科でもトップクラスの実力者らしいしな。
それに引っ張られて周りのレベルも上がるもいうものだ。
剣術科と薬学科の出し物には、特に人が集まっていたように見える。
そして表立ってはいないが、これらを取りまとめる経済科も素晴らしい。
普通この規模の祭りとなると、人がごった返してとてもではないがゆっくり見て回れないだろうからな。流石はアルベルトといったところか。
ちなみに見て回っている道中、ゼンが付き従って色々と仕事をしているの見えた。
どうやら心配は無用だったかな。
大人しくアルベルトの言うことを聞きながら、学園内を飛び回っているようだ。
「それにしてもあのメガネっ子、どこにも姿が見当たりやせんでしたね」
グリモがコニーについて呟く。
どうやら展示物はまだ完成していないようだ。聞いた話ではコニーは部室に篭りきりでずっと作業をしているらしい。
たまに食事などで出てくるから生きてはいるようだが、ちょっと心配だな。
「ロイド様、このままでは完成を待たずして学園祭が終わってしまいますよ。手伝いに行ってはどうでしょう」
「完成するまで俺に見られたくないと言っていたし、手を貸すのは野暮だよ」
それに以前手伝いを申し出て断られたばかりだし、あまりしつこくして焦らせるのも良くないだろう。
学園祭は五日間行われる。今日を除いてもあと四日もあるし、仮に間に合わなくても完成してから後でゆっくり見せて貰えばいいだけの話だ。
「というわけだし、今のうちに他をゆっくり回るとしよう」
「そういうことでしたら」
「ガッテンでさ!」
俺は引き続き、学園祭を楽しむのだった。
しかし二日、三日経ってもコニーは部室から出てこなかった。
世話に行ったシルファらが言うにはどうやらもう少し、最終日には絶対出来るらしいが……うーむ、ここまで来たら間に合って欲しいものだな。
◆
「ちょっとゼン、どういうつもり?」
夜、学園の裏庭にてシェラハと呼び出されたゼンが向かい合っていた。
「人間の小間使いなんかやって、全然器の子を探してないじゃないの」
「……そうではない。人間たちの手伝いをする合間に探しているが、全く気配を感じられないのだ」
「確かにそれなりに魔力を持つ人間が沢山いるから魔力反応は探りにくいかもしれないけど……貴方が本気を出せばどうとでも出来るでしょう?」
「……」
シェラハの問いにゼンは答えない。
実際、手段がないわけではなかった。
ゼンの魔力もかなり回復していたし、結晶核の構造もあらかた把握した。
逃げようと思えばいつでも脱出は可能である。
例えば頭部を胴体に生成し、トカゲの尻尾切りのようにあえて切断させて逃げ出すとか。魔力体であるゼンにはそれが可能なことをアルベルトらは知らないからだ。
にも関わらずそうしなかった理由、それは――
「はぁ、やっぱり私の心配した通りってワケ。貴方ってば本当、無駄に責任感強いんだから」
ため息を吐くシェラハ。ゼンはバツが悪そうにしている。
力が全ての魔界において、ゼンは馬鹿がつくほど正直な男だった。
相手が如何に卑劣な手を使おうとも常に正々堂々を心がけ、真っ直ぐに戦う。
影では脳筋だの何だのと言われることも多々あったが、そんな彼を慕う若い部下も沢山いた。
そんな彼が敗北し、その上生かされているとなれば、祭りの準備に従事するくらいは至極当然であった。
「だが使命を忘れたわけではないぞ。明日の夜にはこの祭りも終わる。そうすれば人間たちが疲れ果てて眠っている隙を狙い、器の少女を探し出し接触するつもりだ」
「……ま、私たち四天王はあくまでも対等な立場だから貴方のやり方をどうこう言うつもりはないけど――こうなれば貴女一人に任せてはおけないわ。私が介入しても文句言ったりしないわよね?」
シェラハの問いにゼンは頷く。
「無論だ。というか敗北者である俺が意見など出来るはずがあるまい」
「い、意外と気にしてるみたいね……」
どこか気落ちした様子のゼンにシェラハは呆れたような顔をする。
戦いに気持ちを乗せるタイプであるゼンは筋の通らない戦いだと途端にやる気を失ってしまう。
そんなゼンの性格では現状まともな働きは出来ないだろうし、ここは下手に協力するより互いに単独行動をした方が得策かとシェラハは考える。
「とにかく、お互い頑張りましょう」
「あぁ、我らが主の為に」
二人は互いの掌を軽く叩き合い、別れる。
学園祭、最後の一日が始まろうとしていた。




