学園祭が始まります
◆
こうして一仕事終えた俺たちは学園へと戻ってきた。
「……何だこれ」
そして早速、そんな第一声を上げる。
厳かな白い巨塔は鮮やかに飾り付けられ、普段はきちっとしている生徒たちはラフな格好で走り回っている。
留守にしていたのはたった十日程だった気がするが、一体何が起こったのだろうか。
「おーロイド。それにシルファらも、よーやく帰ってきおったかー!」
俺たちを出迎えたのはビルギットだ。
その格好はいつもと異なり、祭りなどで着るような赤と白を基調とした派手な衣装である。
「ただいま戻りましたビルギット姉さん。……それにしてもこれ、一体何の騒ぎなんですか?」
「何って、学園祭の準備に決まっとるやろ」
そういえばそろそろそんな時期だったか。
ウィリアム学園祭――年に一度行われる祭りで、学園生徒たちの研究成果を発表する場だ。
大陸中の王侯貴族たちが訪れ、厳かな雰囲気の中行われる伝統と格式ある祭典なのである。
それを記録した書籍も多数存在し、俺ももちろん読んでいる。
実物は一体どんなものだろうと想像を膨らませたものだが……なんかこれ、イメージと違くない?
厳格な祭典と言うよりは気楽なお祭りという感じだ。
「ふふーん、今までの学園祭はあまりにも地味すぎやったからな。今回はウチがテコ入れしようと思ったんよ。王侯貴族ばかりやのうて一般人もよーさん招待して、学生たちには美味しい飲食物、ド派手な出し物、見惚れるような展示物、集めて並べてを用意させるんや! 人が集まればたんまりお金も落ちるやろし、評判が広まれば次は更に規模は大きくなる……うんうん、金の匂いもプンプンしてきたで。にししし……」
不気味な笑みを漏らしながら、去っていくビルギット。
もはや俺たちのことは目に入っていないようである。
「やぁ、おかえりロイド」
代わりに人混みから出てきたのはアルベルトである。
ビルギットと似た派手な衣装で祭りの準備を手伝っているようだ。
「アルベルト兄さん、何ともすごいことになっていますね」
「あぁ、ビルギット姉上の行動力にはいつも参らされるよ」
ため息を吐きながら、アルベルトは自身の肩を叩いている。
どうやら大分お疲れのようだ。色々と手伝いをさせられたのだろうな。
「それでも姉上のやる事は理に叶っている。以前のような学園祭では、一部の限られた生徒しかその技術を披露出来なかったからね。しかしこういった形なら全ての生徒が平等に活躍する機会がある。学園祭を訪れる王侯貴族たちは良いと思った生徒を自らの部下に誘う。いわゆるスカウトというやつだな。学生にとっても自らを売り出すいい機会なのさ。だから生徒たちもあぁして張り切っているんだよ」
アルベルトの言う通り、生徒たちは目を輝かせながら準備を行なっている。
自らの技を磨く者、小道具作りに精を出す者、皆の為にその舞台を作っている者……ビルギットはその一人一人に声をかけて回っていた。
「姉ながら立派な人だ。故に僕に出来ることなら何でもやって、力になりたいのさ」
遠い目でビルギットを見つめるアルベルト。
確かに数人だけが主役の舞台より、大勢が全力を尽くす祭りの方が面白そうだ。
特にここの学生は皆、素晴らしい技術を持っているのだし、それを見に来た客にだってすごい者がいるかもしれない。
ならば是非とも盛り上げなくちゃいけないな。
「アルベルト兄さん! 俺にも出来る事はありますか?」
「おお、ロイドも協力してくれるのかい!? それはありがたい!」
そりゃもう、しないでか。
皆が全力で高めた技術を見せて貰えれば、俺にとっても有益である。
そうして得た知識は魔術にだって応用できるだろうしな。
◇
そうして、学園祭に向けての日々が始まった。
魔物たちなどの邪魔が入らないよう学園の周囲に結界を張り巡らせ、生徒たちが集中できる環境を作り、更にはゴーレムを派遣し作業の手伝いもさせている。
夜には灯りを灯し、疲れ倒れた生徒がいれば回復も承った。
おかげで準備はいい感じで進み、明日無事開催となったのである。
「ついに明日が学園祭かぁ。早いものだな」
「生徒たちも皆、張り切っておりましたね」
「特にコニーは相当気合入ってやすぜ」
グリモとジリエル、二人の言葉に頷く。
コニーは戻ってからずっと部室に篭り切りになっており、何度か手伝おうとしたがあっさり断られてしまった。
曰く、是非とも完成品で見て欲しいのだと。驚かせたいから途中経過を見せたくない、そんな気持ちも十分理解出来るので、俺も我慢しているのだ。
「だがそれも今日までだな」
本日は月明かりもない静かな夜で、連日遅くまで起きて色々やっていた生徒たちは明日に備えてぐっすりと眠っているだろう。
俺はというと興奮していまいち寝付きが宜しくなく、夜の散歩中というわけだ。
「それよりロイド様よう、あんまり遅くまで起きてると、朝起きれなくなりやすぜ」
「えぇそうですとも。ただでさえロイド様は寝起きが悪いのですから。来賓に備えて結界を切っておいた方がいいのではありませんか?」
「それもそうだな」
現在学泉の周囲には魔物迎撃用の結界が展開しており、関係者以外は自動で防御する設定になっている。魔物とかが攻めてきたら生徒たちの邪魔だからな。
しかし俺が寝ている時に観客来賓が来た場合、入れなくなる可能性がある。……あとそこそこ強めの結界だし、下手に当たったらヤバいかもしれない。
「よし、感知用に切り替えておくか」
指をパチンと鳴らし結界を切り替える。
学園を包んでいた結界が消滅し、すぐにまた展開された。
その刹那、何か強い風が吹いた気がしたが……気のせいかな。
◆
「……ふぅ、何とか入り込めたな」
闇夜にて、物陰に身を潜めながらゼンは息を吐く。
大手を振って出てきたはいいが、ゼンがウィリアム学園都市にたどり着いた時には既に強力な結界が展開されており、ずっと足止めを食らっていた。
しかしようやく一瞬、結界が解除された隙を狙い侵入したのである。
「それにしても速度と質量に応じ、より強力な効果を発動する対消滅結界か。……こんな大仰なものを展開するとは、やはり俺の襲撃を察知していたのだろうな」
魔軍四天王であるゼンにとって、その突破自体は問題ではない。
しかしあれだけの結界、突破の衝撃で黒鎧にヒビでも入った場合、魔王の復活に響く可能性がある。
故にゼンは結界が解けるのを待つしかなかったのだ。
「あれだけ強力な結界を何日も張り続けるとは全く厄介だったが……ようやく限界が訪れたようだな。結界の強度も随分落ちているし、あの少年も弱っているのかもしれん。ふっ、奇しくも機会到来といったところか?」
強度が落ちたというよりは、設定を変えただけなのだが、ゼンがそれを知るはずもない。
今が器の少女と接触する千載一遇のチャンスとばかりに学園内を駆ける。
「ふあーあ……眠いなぁチクショー」
「!」
ゼンが直進していると、中年の男が大欠伸しながら歩いている。
学園内の警備係だ。ゼンの進行方向上におり、身を躱すなどしなければぶつかってしまうだろう。
しかしゼンはそのままの速度で直進を続ける。
そして、男とゼンはすれ違った。
「……?」
男は何度か瞬きした後、また欠伸をして見回りを再開する。
触れ合うほどの距離だったにもかかわらず男はゼンに気づかなかった。それほどの速度、静かさだった。
「このまま器の少女を探す」
そう呟いてゼンは学園の部屋、全てを覗きコニーを探し始める。
学園内にはまだ起きている者もいたが、ゼンのあまりの疾さに気づくものは誰一人としていない。
魔軍四天王最速を誇る黒のゼン、彼の速度は人に認識されるようなものではなかった。
「……しかし一部屋ずつ探すのは骨が折れるな。あの少年の禍々しい魔力さえなければ、感知できるものを……」
ゼンは舌打ちをしながら駆け回る。
ロイドの放つ魔力により、周囲の魔力反応は感知できないほど薄くなっていた。
それでもゼンの速度を持ってすれば学園全て見て回るのに五分とかかりはしないだろう。
一分経過、二分経過、そして三分が経過した、次の瞬間である。
ばちん! と音がしてゼンは大きく吹き飛んだ。
「!? な、何が起こった!?」
慌てて身体を起こすと、ゼンの目の前にはベッドらしきものが浮かんでいた。
「あれに激突した、のか……?」
正確にはベッドの周囲に浮かんでいる小さな魔道具が生み出した結界に、である。
「しかしいつ現れた? この俺ですら全く捉えられない速度、加えて異常なまでの頑強さ。あれは一体……?」
息を呑むゼンの眼前で、ベッドの中で何かがモゾモゾと動いた。
「ふあーあ……」
大きな欠伸と共に起き上がってきたのは青と白、ストライプ模様のパジャマを着た女性。
今にもズリ落ちそうなナイトキャップ、はだけた裾、眠そうに目を擦るその様子はこの場の空気に驚く程そぐわないこの人物はサルーム王国第二王女、ビルギット=ディ=サルームであった。




