封魔器を使います
「ロイド君、ちょっと封魔器をバラすの手伝って貰えないかな?」
ノアの部屋から戻る途中、コニーが俺に声をかけてきた。
なるほど、分解して構造を把握しようというわけか。
魔道具を構造すら知らずに使うのは非常に危険だ。
間違った使い方をすれば故障するだろうし、何らかの被害をもたらすことだってあるだろう。
故に謎の魔道具はまず分解し、構造を理解するのが基本。
「もちろんだ。是非手伝わせてくれ」
俺は当然とばかりに二つ返事で頷く。
これは魔術に関しても同じ。術式を十分に理解していない者が魔術を使うのは非常に危険な為、俺は新しく覚える魔術などは何度も何度も分解、解析、再構築を行い、自分好みに改造したりするのだ。
というかまぁ、何と言ってもこの作業が一番楽しいのである。
なので言われなくても参加するつもりだったんだけどな。
「ふふっ、ロイド君ならそう言ってくれると思ってたよ。じゃ、行きましょうか」
というわけで向かった先は学園の魔道具部。
様々な魔道具や部品、工具でぐちゃぐちゃだが、もはや勝手知ったる何とやらだ。
封魔器を台座に置き、外装を次々外していく。
「ほうほう、内部もやはり見たことない術式ばかりだな」
「回路の組み方も独特でとてもユニーク」
複雑に絡み合った術式と各部品を繋ぐ回路を見てコニーは唸る。
そうだ。これからバラすのだから図面を保存しておいた方がいいな。
俺は紙とペンを手にして、サラサラとこれらの図を描き始める。
「わ、ロイド君、絵が上手なのね」
「魔術で真似をしているだけだよ」
自慢じゃないが俺は絵が下手くそである。
制御魔術によりアルベルトの画力を再現しているだけなのだ。
「よし、こんな感じかな」
出来上がった図面を見て、その出来栄えに頷く。
以前、ディガーディアの設計、デザインを起こしたアルベルトの画力は流石だな。
「ありがとうロイド君、これで思う存分バラせそう」
コニーはそう言ってメガネを持ち上げ、工具を手に取りすごい速さで分解していく。
相変わらずとんでもない速度だな。魔力を持たない魔宿体質のコニーは、代わりにとんでもない器用さを身につけているのだ。
「ふぅ、だいたいバラせたね」
「こっちも写し終わったぞ」
あっという間に封魔器はバラバラになり、コニーは俺が描いた図面に更に色々と書き込んでいる。
俺もまたこれらに刻まれた術式の読み取りを堪能していた。
以前から開発していた魔術言語を翻訳する術式、これを使えば術式の翻訳が可能なのだ。
神聖魔術とか古代魔術とか、様々な魔術言語サンプルが増えてきたからな。こういった翻訳術式が使えるようになったのだ。
多少カタコトにはなるものの、結局は人が作ったもの。作成者の意図を汲み取れば十分に理解できる。
……ほうほうなるほど、こう言う構造なわけか。ふむふむ納得。
俺が頷いている横でコニーも考え込んでいる。
どうやら俺と同じことを考えているようだ。すなわち――
「残念だがこの封魔器をそのまま使っても、村を救うのは難しそうだな」
俺の言葉にコニーは頷く。
この封魔器にはかなり強力な制限がかけられており、広範囲に作用するものではなさそうだ。
現在の有効範囲は半径三メートルといったところか。これでは封魔器の周囲にいる人たちにしか効果はない。
「恐らく大地の魔力を減らしすぎないようにする為だと思う。歴史上、魔力を失った地は地滑りや洪水など、災害が起こりやすいから」
「広範囲の魔力を消し去るのも普通にヤバいもんなぁ」
例えば封魔器を起動した時、丁度近くに魔物と戦っている魔術師がいたとしたら、何が起きたかもわからず殺されてしまうだろう。
戦闘だけでなく、魔術は生活用の水や火の供給、更には交通面でも重宝されている。
それがある日いきなり消失してしまえば困ったことになるのは間違いない。
「制限を外せば村全体から魔力をなくすことは出来ると思うけど、何が起こるか分からないのは怖いよね」
「量産して一家に一台配れば、いい感じになるんじゃないか?」
我ながらナイスアイデア、しかしコニーは首を横に振る。
「難しいと思う。構造どころか役割もよく分からない部品が沢山あるし、同じ物は現段階ではとても作れない」
「そういうことなら仕方ないな」
俺は魔道具は専門外だからな。術式のことしかわからない。
ちなみに昔レンたちにしたように、村人一人一人に魔力を制御する術式を組むのは却下だ。
コニーの村には千人近くの人が住んでいるらしいし、そんな彼らに言うことを聞かせるのは面倒……大変だろう。聞き分けの良い人たちばかりではないだろうしな。
ついでに言うと術式には数年おきにメンテナンスも必要だし、老人子供、病人などに術式を刻むと反動で逆に危ない可能性もある。
そもそも魔術の祖が禁具と定めるような危険なものだ。下手に弄るととんでもないことになるかもしれない。だが、しかし、でも――だ。
「村人たちの命には代えられない、だろ?」
数日前に村から手紙が届いていたらしく、それ以来コニーは魔道具の研究により精を出していた。
内容は見てないが、状況は芳しくないのだろう。
「……うん。お母さんの調子、大分悪くなってるみたい。あまり猶予はない。行きましょう。ぶっつけ本番になるかもしれないけど、悠長にしている暇はない」
「だなっ!」
力一杯同意する。
人命には変え難いものな。うんうん。
「んなこと言ってロイド様、ただ実験がやりたかっただけなんじゃないんですかねぇ……」
「かといってどうすべきなのかは我々には愚行しかねますが……」
グリモとジリエルが何やらブツブツ言っているが、俺たちのやるべきことは一つ。
実験と検証、そして村へ行き、何とかする。
何事もまずは動かなきゃ始まらないからな。うんうん。
◆
街から数キロ離れた農村にて、一人の老人が田んぼの畦道に座り込んでいた。
どこにでもいるようなその姿に誰も気を止める者はなく、ただ通り過ぎていく。
老人は額の汗を拭いながら、誰に言うでもなく呟く。
「ふむ、どうやらあの小僧、器と共に街を出るつもりのようだの」
老人は魔軍四天王が一人、ガンジートが変化した姿であった。
姿を変えて遠くの村に紛れ、ロイドらの動きを探っていたのだ。
「それにしても封魔器を持っているとは何たる好都合。あれは人の魔力のみを消失させる魔道具。我ら魔族には効果がなく、それ故に封印されていた物よ。先回りして上手くタイミングを見計らえばワシが封魔器を起動することも可能。魔力さえ失えばあの小僧と言えども……くふふふふ、どうやらワシの思惑以上に上手くいきそうだのう」
ガンジートはほくそ笑みながら、溶けるように姿を消す。
その様子を見た者は誰一人としていなかった。




