エピローグ。そして
ぱきん、ぱきんと割れるような音と共に周囲の風景が崩れ落ちていく。
「術者を倒したからこの空間も消滅してるんですな」
「というか灰魔神牙で元々穴だらけでもありました」
連環詠唱で撃ちまくったからな。
撃ち漏らしたらまた復活してしまうし、効率化していたとはいえあまりに大規模魔術を使い過ぎた。
あれ以上長引いていたら魔力切れを起こしていたかもな。
魔軍四天王か。かなりの強敵だったぞ。
「あの、ロイド様。本当にすんませんでした。なんと詫びていいやら……」
「ん? 気にしなくていいと言ったろう」
あんなとんでもない魔力に当てられて魔力体であるグリモが逆らえるわけがない。そう考えれば仕方ないことである。
「いやっ! 俺はアンタを裏切ったんだ! このまま一緒にはいられねぇ。なにかしらの罰を与えてくだせぇ!」
俺の手から飛び出たグリモはひれ伏し土に頭を付ける。
「別に構わないって言っただろ」
「そうは参りませんロイド様! 裏切者には裁きを、そうせねば示しがつかないというものでしょう!」
息を荒らげるジリエル。ふーむ、確かに王族というのは上に立つ者として、下々への手本となる行動をせねばならない、とアルベルトからよく聞かされている。
仕方ないとはいえ一度は裏切ったグリモに何の罰も与えないというのは、本人の為にもよくないか。
「……わかった。とはいえお前があそこでヴィルフレイを裏切ってくれたから勝てたことに違いはない。その分を考慮して、これでいこう」
そう言って俺は中指を折り曲げ、親指で押さえる。所謂デコピンというやつだ。罰としてはこれくらいが妥当だろう。
「そ、その程度でいいんですかい? しかし……」
「つべこべ言うな。ほれ行くぞ」
俺は溜めた指の力をグリモの額で弾いた。
パチン、と音がして後方に吹っ飛ぶグリモ。
「おぶっふぅぅぅっ!?」
何度もバウンドしながら地面を転がり、庭園の壁はぶつかり大きなヒビを入れた所でようやく止まる。
がっくりと項垂れるグリモの額には大きなコブが出来ていた。
……あ、さっきの灰魔神牙の残滓が指に付いていたようだ。
「――ふむ、数千分の一まで弱めた灰魔神牙にて仕置きですか。裏切りへの、しかしギリギリで戻ってきたグリモへの罰としては丁度いいでしょうか。見事な采配ですロイド様」
「……ってて、頭が割れるかと思ったぜ。だがこの程度で済ませてくれるなんてありがてぇことだ。本来なら殺されても文句は言えねぇ。相変わらず甘っちょろいぜロイド様はよ。……だが、だからこっち側に来てよかった」
グリモとジリエルは何やらブツブツ言っている。どうやら二人とも納得しているみたいだし、別に良いか。
そんなことを考えながら、俺は空間の崩壊していく様を眺めるのだった。
◆
「えー、それではお茶会のやり直しってーことで……かんぱーい!」
かぁん、と乾いた音が辺りに鳴り響く。その中心にいるのは第二王女ビルギット。
シルファらはもちろんアルベルトも、それどころか学園の者たち数十人が訪れている。
「……えーと、何故こんなことになったんだっけ?」
前回、ヴィルフレイに茶々入れられて途中やめになっていたお茶会だが、それをアルベルトに話した翌日に呼び出され、こうなっていたのだ。
というか高級そうな料理やアンティークが並んだ光景はお茶会のレベルを軽く超えている気がする。
「そりゃあ可愛い弟の尻拭いはウチらの仕事やからな」
俺の独り言にビルギットが横から答える。
「先日のお茶会、アンタの主催とはいえ一応はサルーム王族の催しモンや。その失敗は王族としての沽券に関わる。こうして盛大にやり直して、悪印象を拭っとく必要があるねん。アルベルトなんかそりゃ張り切ってなぁ。知り合いに声かけて回ったおかげでこんな大ごとになったっちゅーわけや。そないされたらウチかて協力せんわけにはいかんやろ?」
アルベルトが人を集め、ビルギットが色々手配してくれた、ということか。
そうか、俺が開いたとしてもそのお茶会はサルーム王族として恥ずかしくないものでなければならなかったのだ。
本来なら止めたり、しっかりした作法を押し付けてきてもおかしくない。
にも関わらずアルベルトは俺に緊張させないよう、背中を押してくれていた。
しかもこうして尻拭いまで……ありがたいことである。
「……ま、アルベルトは苦にも思うとらんやろけどな。ロイドが頼ってくれたからには、兄としてそれに応えなければなるまいとかニヤニヤしたったし。全く甘ちゃんにも程があるわ。とはいえ、ウチらがどんだけ手を貸してもロイドにある程度の注目度がないとこうはならん。姉として鼻が高いで。……そして、金にもなるな。でっかい広告塔にして、後々はドラマにキャラグッズ、色々儲けさせて貰うでぇ。その為にはこのくらいの先行投資、屁でもないわ。にしし……」
ビルギットが何やらブツブツ言っている。
これだけの会だ、この人もとんでもない額の金を使ってくれたんだよなぁ。感謝せねばならないだろう。……なんか不気味に笑ってるけど、ちょっとキモいとかは思わないでおこう。うん。
「やぁロイド君」
「おう、先日は世話んなったな」
声をかけてきたのはノアだ。隣にはガゼルもいる。
俺は手招きに従い、二人のいる物陰へと向かった。
「二人とも大事なさそうでよかったよ」
「お陰様でね。しかしあんな力を隠しているとは、君も人が悪い」
「兄貴に同意だな。まぁ目立ちたくねぇってのは分かるがよ。限度はあると思うぜ? ……勿論他言はしてねぇけどな」
「それならいいけど」
あの後、外へ出た俺は呆然と空を見上げる二人の前に降り立った。
根掘り葉掘りと聞かれそうだったところをジリエルが収めてくれたのである。
グリモにすごいドヤ顔をしていた。いや、実際ありがたかったけれども。
「それにしてもこんな立派な会を開いてくれて、本当にありがとう。心から感謝するよ」
「俺らを仲良くさせようとしてたんだろう? ったくそんなことでよくこんな大仕掛けをしたモンだぜ」
……そういえば最初はそんな目的だった気がする。二人の中を良くして両組織に所属して始祖の術式を探ろうとしてたのだが、完全に忘れてたぞ。
ていうか目的の封印魔術はもう見せて貰ったから、このお茶会は俺にとっては既に何の意味もないんだよな。
むしろ今となっては自由な時間が減るし、生徒会に所属しても得るものはない。かと言って今更断り難いなぁ。適当に誤魔化せないものか。
「まぁお前さんの目論み通り、俺らは仲良くなったわけだ。……そういや兄貴、俺らロイドのことで何か争ってなかったっけ?」
「どちらの組織に彼を入れるかで揉めていただろう」
「おう、そうだそうだ」
うっ、思い出されてしまったぞ。
仕方ない、ここは頭を下げてなかったことにしてもらうしかないか。
「え、えーっと、実はだね……」
「すまないっ!」
俺が謝ろうとするその直前、二人が一様に頭を下げてきた。
なんだなんだ一体どうした。戸惑う俺に二人は続ける。
「あれから話し合ったんだが、我々二人とも君を従えられるような器は持ち合わせていない」
「自分たちの未熟さを思い知らされたぜ。辞めるのも考えたがそうもいかねぇ。俺らもそれなりの立場だからよ」
「うむ、故にこうすることにした」
二人は目くばせし合った後、俺の前に跪いてくる。
「ふ、二人とも!?」
「ノア=ボルドー、今この時よりあなたの下へ就くことをここに誓います」
「ガゼル=ボルドーも同じくだ。何かあったらなんでも言ってくれ!」
突然の行動に困惑していると、グリモとジリエルが顔を出す。
「あの凄まじい戦いを見せつけられればこうなるのは自明の理と言えるでしょう。よろしいのではありませんか? ロイド様」
「この二人は学園でも顔利きですし、何をするにもやり易くなると思いやすぜロイド様」
……ふむ、グリモとジリエルの言う通りかもな。
まだまだ学園で学ぶことはあるだろうし、二人の協力があればその機会も得やすいだろう。
それにだ。よく考えたら二人にしか頼めないこともあるな。
「わかった。そういうことなら頼むよ二人とも。……ところで、見せて欲しいものがあるんだけれど」
首を傾げる二人に俺は言う――
◇
「おおー! これはすごいぞ。なるほどあの封印魔術、こんな術式になっていたのか。面白いことを考える。流石魔術の祖だなぁ」
ワクワクしながら頁を捲り続ける俺の手にあるのは、ウィリアムが記したという封印魔術の魔術書である。
その原本十数冊を部屋で読み込んでいた。
「つーかロイド様は自前でも封印魔術は使えるんだし、今更じゃねーですかい?」
「何を言う。俺のは殆ど想像で補ったオリジナルだ。見た目は似てても全くの別物だよ」
「それはそれで十分すごいと思いますが……」
効果が同じだとしても、原本を読めばより多くの発見がある。それを知るのが楽しいのだ。いやぁ、二人が快く貸してくれてよかったよかった。
「いやいや、相当渋っていやしたぜ……」
「ロイド様のゴリ押しに根負けしたようですが……」
そうだったかな? 昔のことは憶えてないなぁ。
しかし大昔の魔術なのに、今見ても全く色褪せてない。これがウィリアム=ボルドーの術式か。あのヴィルフレイを倒しただけはあるな。
「……ん、そういえばあいつ、魔軍四天王とか言ってたな。てことは他にもいるんだろうか」
「えぇ、翠のガンジート=ジルガーディ、蒼のシェラハ=ベイルブルー、黒のゼン=ディークロウ……いずれも魔界に名を轟かせた猛者ばかりでさ。ヴィルフレイが復活してるってことは連中もどこかに潜んでいる可能性は高ぇでしょう。そう遠くないうちに相まみえるかも、ですぜ」
「なぁに、ロイド様ならなんの問題もないでしょう! ロイド様の作り上げた灰魔神牙、とてつもない威力でした! あれさえあれば恐るるに足りずでございます!」
「ハッ、のんきだねぇクソ天使」
「バカ魔人のくせにビビりだな」
二人が何やら言い争っているが……ほほう、あんな連中がまだ三人もいるのか。
ということは灰魔神牙をまた試す機会があるわけだ。折角作ったのに、あのまま埃を被せてしまうのは勿体無いと思っていたところである。
「……しかし本当に連中が復活しているとしたら、何故こうして身を潜めているんだ? ウィリアムの血筋を警戒して他にしても、あまりに静かすぎる。何か他に目的があるのか? いやしかし……」
グリモが何やらブツブツ言っているが、そんな連中と戦う機会があるならそれはそれで歓迎である。
必要は発明の母とも言うし、新しい魔術を作れるかもな。そしてそれにはもう一つ、欠かせないものがある。
「ロイドーっ! お客さんだよー!」
突如、レンが部屋の扉を叩く。
「お邪魔します」
共に入ってきたのはコニーだ。俺が呼び出したのである。
「やぁよく来てくれた。実は面白い本が手に入ってね、是非一緒に読まないかと思ったんだ」
「それはそれは……っ!? こ、これはウィリアム=ボルドーの魔術書!? しかも原本が何冊も……一体これをどこで!?」
「悪いけど出所は口外してはいけないことになってるんだ。でも読みたいだろ?」
「勿論っ!」
コクコクと何度も頷くコニー、俺の薦めるがまま椅子に座ると、貪るように読書を始める。
そう、もう一つ必要なものとは知識を共有する仲間。
知識はより多くの者と共有することで、各々に新たな閃きと進化を促すのだ。
魔道具作りや術式に造詣があるコニーがこの本を読めば、俺とはまた違った解釈を得られるだろう。そんな彼女と議論を交わせば、俺もより深い知識を得られるというわけである。
「もう自分の世界に入り込んじゃったね。ロイド、よかったらお茶を汲んでこようか?」
「ありがとう。ところでレンもどうだ?」
「あはは……ちょっとだけ読んでみたけど、ボクには難し過ぎたよ」
レンはそう言って部屋を出て行く。
うーむ、魔術師でないレンならではの話も聞きたかったんだけれどな。
とはいえレンは優秀だ。教えればある程度は理解出来るだろうし、今度みっちり読ませておこう。
まだまだ学園生活は始まったばかりだし、これからも色々と楽しもうじゃないか。
◆
時は少し遡る。ロイドとヴィルフレイの戦いを三人の男女が水晶を通して見ていた。
決着、そして消滅していくヴィルフレイを見て、三人は一様に深刻な顔をしている。
「奴が人間、しかもあんな子供に負けるとは……とても信じられんな」
「えぇ、ヴィルフは確かに下級貴族の出身。魔軍四天王でも最弱を自称していたけど、その実力は私たちと大差ないわ。にも関わらずあそこまで一方的にやられるとはねぇ」
「かのウィリアム=ボルドーの再来、いやそれ以上かもしれんの。我ら三人がかりでも敵わんだろうな。白旗でも挙げとくか? はっはっは」
声とは裏腹に、誰も笑っていなかった。
「……真面目な話、あの小僧ことを構えるのは気が進まなんな。とはいえ白旗も挙げられぬ、人と魔族は相いれぬ存在だ」
「となれば私たちの存在を気取られる前に、目的を遂行するしかないかしらね」
「だのう。即ち我らが主、魔王様の復活――」
男が水晶に手をかざすと、そこに写っていた景色が変わっていく。
新たに映し出されたのは学園の生徒、コニーであった。
続くーー




