魔軍四天王とバトルします。中々編
「しかし……ちょっとやり過ぎただろうか」
辺りを見るとかなり広範囲が白く染まっている。
グリモには当たってなくてよかったが、予想以上に威力が出過ぎたぞ。
「いいえロイド様、相手は魔軍四天王です。このくらいはしなければ滅することは出来ません」
「こいつも真っ白になっちゃったな」
目の前には真っ白い塊――それまでヴィルフレイだったものが転がっている。
しかし、こんな風になるんだな。
神聖魔術は人にとって忌避すべき部分を浄化する効果を持つ。魔族とは全身がそういう物質なのだろうか。
「しかし魔軍四天王もこうなれば形無しですな。ふはは! 手も足も出まい! ばーかばーか!」
俺の手から飛び出したジリエルがヴィルフレイだった白い塊をげしげしと蹴りつけている。
「さーてロイド様、凱旋といきましょ――」
ぴし、と塊に亀裂が走る。
そこから手が伸び、ジリエルに指先が触れた。
「のわーーーっ!?」
慌てて飛び退き、俺の背中に隠れるジリエル。
無数にヒビ割れた塊を崩し、中から出てきたのはヴィルフレイだ。
「くく……ふはははは! やるじゃあねーかクソガキ!」
凄まじい怒気、それに僅かな歓喜を孕んだ歪つな笑顔。
その姿はどこか先刻までと違って見える。なんとなく身体の輪郭が揺らいでいるような感じだ。
「正直言って驚いたぜ。俺とお前の魔力量の差は数倍、にも関わらず俺と互角……いや、それ以上に戦えていると言っていい。一体どんな手品を使ったんだ?」
「敢えて言うなら知恵、ってやつかな」
魔術師にとって魔力量の差は絶対ではない。
その差は知識、そして技術、あるいは経験――すなわち人の集積した知恵によって十分に覆せるのだ。
「いやいや普通は無理ですから。ロイド様のように多数かつ、別系統技術を組み合わせるなんて芸当が出来るからこそですよ。あり得ぬ知恵の結晶です」
ジリエルがツッコんでくるが俺はまだまだ全然満足していないんだけどな。
もっとたくさんの知恵を得て、魔術を極めたいものである。
「ふはっ、なるほど知恵か。確かに人間て奴ぁ魔力をただ使わず、術式やら何やらと組み込わせて独自に利用してたっけ。人間どもの歴史、その積み重ねの中には俺ら魔族にとって脅威になるものが多少あるのは認めよう。……だがな」
ヴィルフレイの輪郭が、更にぼやける。
「積み重ねたモンなら俺たち魔族の方が圧倒的に上なんだよ!」
そしてグニャリと、上半身が溶けるように曲がった。
あり得ぬ動きに俺が疑問に駆られた瞬間、頬を横切る熱波。
自動戦闘で何とか躱せたが、俺の死角からヴィルフレイが攻撃を仕掛けていたのだ。
「チッ、掠めただけかよ。すばしっこい奴だぜ」
そう呟いてヴィルフレイはその身体を更に伸ばす。
伸ばすというか、燃え盛る炎のように形を変えながら俺を包み込むように攻撃してくる。
「あちっ! あちちちっ! ま、魔力障壁を通り抜けて熱気が伝わってきますよ!?」
「へぇ、性質変化させた魔力で熱しているのか」
魔力障壁で防げるのは物理的な現象を伴うもののみ、魔力そのものは防御出来ない。
それにしてもこいつ、自分の身体を炎にしたのか。
「その通り、魔力の性質変化ってやつさ。俺は下級魔族の生まれでね。成り上がる為に自分の魔力体を極限まで鍛え上げた。おかげでこうして魔力体を炎に変えることも出来るようになったんだよ」
魔力の性質変化、イメージにより魔力に様々な属性を付与することは可能だが、魔力体とはいえ自身の身体を炎にするなんて、とんでもないな。
どんなやり方なんだろう。気になるなぁ。
「神聖魔術は純粋な悪意には有効ですが、魔物など獣と混ざった存在にはそこまで効果はありません。特に炎のような意思なき自然現象との相性は最悪! 今の極聖光も一割以下しか通らなかったかと……!」
なるほど、かつてウィリアム=ボルドーが神聖魔術ではなく封印魔術を作り出した理由はそれか。
魔力体の性質まで変えるような相手に、融通の利かない神聖魔術は分が悪い。
「そうですロイド様、『虚空』で炎ごと消し飛ばしてしまわれては!?」
「無理だな。あまりに速すぎる」
空間系統魔術『虚空』。空間に穴を開け、そこに触れたあらゆるモノを消滅させるこの魔術なら炎だろうが魔族だろうが、その両方だろうが構わず消し飛ばすことが可能だ。
しかし空間を歪めるという強力な効果を持つ『虚空』はその発動にかなり時間がかかる。
この速さの敵にはとても当てることは出来ないだろう。
とはいえ手がないわけではない。
炎と魔、二つの特性を持つのならその両方を同時に攻撃すればいい話だ。
「しかし、手が足りないなぁ……」
上位魔族のヴィルフレイに致命的なダメージを負わせるとなるとそれなりの魔術を繰り出す必要があるが、それには準備が必要だ。
ヴィルフレイの高速、かつ変幻自在の攻撃を凌ぎながらそれをこなすのは難しいと言わざるを得ないな。
「オラオラオラオラぁ! どうした? 逃げ回ってばかりかよ!?」
咆哮と共に全方位から叩き込まれる炎化した拳、蹴りの複合連打。その全てが当然の如く高熱であり、掠っただけでも相当熱い。
水系統魔術『滝天蓋』による水の結界で強引に温度を下げているが、それでも向こうの方が大分強い。まともに喰らったら黒焦げだな。
うーむ、炎の魔力体か。こいつは相当厄介だぞ。
「ふん、面白ぇくらいに避けまくってくれるじゃねぇか。ならこいつはどうだよッ!」
大きく息を吸うヴィルフレイ、その身体が大きく膨れ上がる。
全身が燃え盛り、まるでマグマのように真っ赤に染まる炎を吹き出している。
ぶわっ、と汗が吹き出してきた。すごい温度だ。
「うう……あ、熱すぎて眩暈がしてきました……」
「喉が渇いたな」
ジリエルが目を回している。浮かべていた『水球』からストローで水分補給していたが、一瞬で温くなってしまったぞ。
「これぞ俺の最終形態、その名も爆炎体! 燃え盛る大炎となったこの身体の熱さは先刻の比じゃねぇ! さぁ避けてみやがれよ。どこへなりともなぁ!」
ヴィルフレイの突進はまさに前方全て。
避けるスペースのない、まさに超広範囲攻撃だ。
「うーん、こいつは躱せないな」
「もはやこれまでなのですかロイド様ぁぁぁぁぁ!?」
ジリエルの絶叫が響く中、熱波が迫り来る。
熱が俺の髪先を焼いた、その瞬間。
「ンなわけねぇですよね。ロイド様よぉ」
声が聞こえた。その主は巨大化したグリモであった。
グリモは俺の前に立ちはだかり、熱波を食い止めていた。
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