魔軍四天王とバトルします。中編
「ば、馬鹿な……封印魔術が完全に入ったのに……!?」
「馬鹿はテメェだよ。こちとら数百年も封印されてたんだ。対抗手段の一つや二つ、用意してないはずがないだろ?」
驚愕するジリエルをヴィルフレイは嘲笑う。
ま、そりゃそうだな。仮に俺が何百年も封印されていたとしたら、その間に対抗する術式の百や二百は考えるだろう。暇だったろうしね。
付け焼き刃の封印魔術がそのまま通じるはずがないのは道理である。
「いや、百も二百も対抗手段を考えるのはロイド様くらいだと思いますが……」
「ともあれ、それを超えるアプローチが必要か」
今のは恐らく、全身に魔力の膜を展開し光の矢を防いだのだろう。
高濃度の魔力は術式そのものを破壊してしまう、単純にして強力な防御手段だ。
パッと思いつく対処法は別の手段で相手の防御を解除するのが手っ取り早いが……いや、魔術自体に壊れにくい術式を付与するとかも良さそうだ。あるいは……
「いかんな、こんな時だというのに楽しくなってきたじゃないか」
俺の悪い癖だ。口元を押さえて笑みを堪える。
ここまでの魔力密度、中々お目にかかれないからな。つい色々考えてしまう。
「何ブツブツ言ってんだオラァ!」
咆哮と共にヴィルフレイが駆ける。
疾い、なんてもんじゃない。
飛ぶのではなく空中を駆けるような移動方法、高密度の魔力体である魔族ならではか。
ががん! と思考の瞬間、脳天に響くような衝撃が全身を貫く。
魔力障壁を砕き、その勢いのまま殴りつけられたようだ。
辛うじて目で追えたが、防御が間に合わずモロに喰らってしまった。
吹き飛ばされながらもどうにか体勢を建て直す。
「いてて、鼻血が出ちゃったぞ」
「……信じられねぇな。硬過ぎだろお前」
呆れ顔のヴィルフレイ。ジリエルもまた驚愕している。
「ロイド様が血を……は、初めて見ました!」
「いや、さっきコケた時に魔力障壁で顔を打った」
とはいえダメージを受けたのには変わりない。
ヴィルフレイの動きはあまりに速過ぎる。辛うじて見えはするものの身体がついていかない。
「高濃度の魔力を束ねて全身を構築、身体能力を強化しているのか」
グリモに聞いたが魔力体である魔人、魔族はその姿形も魔力で構築しているらしい。
そしてより上位になると骨や筋肉、血管の一本一本までを強くイメージすることで、まさに桁違いの力を生み出せるとか。
ヴィルフレイのやっているのはまさにそれだろう。
「ま、マズいのではありませんか!? あの速度で攻め続けられると魔術を展開する暇もありませんよ! 如何にロイド様といえとこのままでは……」
「このままなら、な」
俺の言葉を聞いたヴィルフレイは、こめかみに血管を浮き出させる。
「減らず口を叩くじゃねぇかよ!」
咆哮と共に繰り出される高速の突進に対し、俺は魔力障壁を解除、更に目を閉じた。
「ロロロ、ロイド様! 目を開けて下さい! 来ますよっ!?」
「諦めたってかぁ!? だが殺す!」
振りかぶった拳が俺目掛け、迫る気配。
俺はその勢いに逆らわぬよう身体を傾けた。
ヴィルフレイの拳は俺の髪をわずかに掠め、空を切る。
「何ィ!?」
驚愕の表情を浮かべながらもヴィルフレイは更に連打を繰り出す。
しかしその悉くを俺は目を閉じたまま躱し続ける。
「な、何故当たらねぇ!?」
――心眼、これは以前異国の冒険者タオの使っていた技だ。
タオ曰く、心眼というのは視覚に頼らず空気の動き、匂いや音、……その他諸々の感覚を用いて想像力を働かせ、俯瞰で眺めるようにして相手の動きを予測するという技術。
それを聞いた俺は離れた場所を見ることが出来る『検眼』の術式を弄り、あらゆる感覚を感知できるよう改造した。
これを周囲に浮かべ、更に俺の動きとリンクさせることでヴィルフレイの動きを感知、自動で俺の身体を制御し回避行動を取らせているのだ。
うん、あれだけの動きにもついていけるか。かなり使えるな。
「今度は攻撃の実験だ」
攻撃を避けながら、俺はヴィルフレイの無防備な横腹に手を添える。
力を込めると同時に、ずん! と重々しい衝撃音が響きヴィルフレイが吹き飛んだ。
「ぐおおっ!?」
倒れそうになるのを何とか堪えるヴィルフレイだが、俺の攻撃が当たった箇所には無数のヒビが生まれていた。
黒く濁った魔力が霧散しているのを手で押さえている。
「おおおっ! 今のは魔族に効果が高い浄化系統神聖魔術『極光』、それに気を練り込んだ一撃! 見事でございますロイド様!」
神聖魔術は魔人、魔族に対し効果が高い。そういえば実際に試すのは初めてだったかもしれないな。
接触した時、ヴィルフレイの魔力体と反発するような何かを感じた。
「そういえばなんで魔族に神聖魔術は良く効くんだっけ?」
神聖魔術を得たのはいいが、そのあと試せる魔人、魔族と会う機会がなかったのだ。
「聖なる光が邪なる闇を払う、それこそが神聖魔術です!」
「それはあくまで謳い文句ってやつだろう? どういう理屈、原理で効くのかってことだよ」
「そ、それは……実は私もよくは……」
「ふむ、そうなのか」
ジリエルがわからないというなら仕方ない。
詳細に効果を伝えている魔術の方が少ないからな。秘匿性の高い神聖魔術はなおさらだろう。
自分で試すしかないか。それはそれで楽しいから別に構わないがな。
「というワケだ。色々角度を変えて試し打ちさせてもらうぞ」
「……くはっ! やれるもんならやってみやがれよ!」
更なる加速、しかし心眼で捉えられない程ではない。
回避のたびに叩き込む神聖魔術『極光』、『微光』、『極聖光』、攻撃を加えるたびにヴィルフレイは吹き飛び、のけぞり、しかし向かってくる。
「何というタフさ。これが魔軍四天王……!」
「なるほど、神聖魔術は汚れ、穢れなど人の忌避する存在を消滅させる魔術。存在自体が忌避の対象である魔族だからこそ、神聖魔術がよく効くのだな」
神聖魔術は人が神に祈ることで授けられる力、人の忌避する存在を祓う魔術故にこういう構造になっているのか。
成り立ちからしてそうなのだろう。魔術に歴史ありって感じだな。
「ならば相手をより忌避すれば、その効力は上がるってわけか」
よーし、俺はあいつが嫌い。憎い。許せない。
そう念じながら『極聖光』を叩き込む。
「ぐああああっ! 何度も何度もふざけやがって!」
「おっとと」
やけくそ気味に振り回した拳が空を切る。
あれ、あまり効いている様子がないな。
「あの、確かに神聖魔術は気持ちを乗せることで効果が上がりますが、今のはあまり気持ちが乗っているとは……あとちょっと邪な気持ち入っていませんでした? 神聖魔術はあくまで正の気持ちでないと……」
「えぇ、そうだったかなぁ」
よく考えたら俺の行動原理はあくまでも好奇心によるもの。
個人に対する好意や敵意で動いたことはあまりないから、感情を乗せるという行為がいまいち難しいのかもしれない。
「ならばもっと、俺向きのやり方で……!」
戦闘を『検眼』とトレースによる自動制御に任せ、俺は術式を構築していく。
神聖魔術は通常の魔術言語で書かれてないから弄り難かったのだが、触れ続けるうちに慣れてきた今なら多少は改造も可能となった。あれをこうしてそうして……っと、よしできた。
改めて俺はヴィルフレイに『極聖光』を放った。
「ぬ――!?」
――閃光が、爆ぜる。
目を閉じていても眩い程の光が辺りを、空間ごと巻き込み視界が白く染まる。
「ぐああああああああああああっ!?」
光の中でヴィルフレイの絶叫が響く。
その身体を構成する魔力体が大きく揺らぐのが気配でわかる。
先刻よりも遥かに大きな手ごたえ。今のは上手くいったようだな。
「何をなさったのですかロイド様」
「術式を少し弄っただけさ」
実際、ほんの少しだけだ。
強い感情により威力が引き上げられる、その感情を『忌避』から『好奇心』へと変更した。
すなわち俺がヴィルフレイに向けられる好奇心が神聖魔術の威力を向上させた、というわけである。
「な、何と言う凄まじい威力……先刻とはまるで違う! いや、よく考えてみれば希薄な感情で放ってあの威力なのだ。ロイド様が好奇心を込めて放てばこれくらいの威力になってもおかしくはない、というわけですか……しかもよく見ればグリモには当てないよう、角度をつけて撃っている。流石はロイド様、天の御使いとして見事な戦いぶりと言えるでしょう」
ジリエルがブツブツ言いながら真っ白に染まった空間を眺めている。
ともあれ感情で威力が上がるのは間違いないようだ。
上手く検証できてよかったな。うんうん。




