魔軍四天王VS始祖の末裔
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「ってて……一体何が起きたんだぁ……?」
「どうやら先刻とは違う空間に飛ばされたようだな」
辺りを見渡すノアとガゼル。
二人をぐるりと囲むように螺旋階段が伸びており、学園塔の中――のように見える。
「チッ、不気味だぜ」
「これは裏側の結界というやつか。相当な精度の高さだ。相手はかなり高位の魔族だろう」
魔人、魔族を代々封じてきたウィリアム家にはそれらに対する多くの知識が伝えられている。
その中でも空間に溶け込む結界を扱える魔族の危険度は最上位で、絶対に戦うなとまで言われていた。
「思わずロイドが入るのが見えたから追っかけちまったが、失敗だったなぁ」
「仕方あるまい。未来ある少年をこんな所で失ってはウィリアム家の名折れ。合流したいところだが……」
「……おう、どうやら見つかっちまったようだな」
二人の視線の先にいるのは何やら黒い物体に腰掛ける赤髪の男――ヴィルフレイだった。
ヴィルフレイは二人を一瞥した後、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「……ふん、犬どもが血相変えて呼び出すから何かと思えば、腐れウィリアムの雑魚子孫どもじゃねぇかよ。あまりにも貧相な魔力なんで虫か何かかと思ったぜ」
そう言って立ち上がるヴィルフレイ。
尊大な物言いをする目の前の魔族を見て二人は思う。人を侮っている者には何かしら隙が生まれるもの。上手く隙を突いて離脱を測れないか、と。
そんな二人の考えを見透かしたようにヴィルフレイは嗤う。
「ふん、隙でも伺ってるのか? だがこちとら何百年も前に人間如きと舐めてかかって痛い目を見たからなぁ。悪いが油断はしてやらねぇぜ。クソ子孫ども!」
「くっ……! 見逃してはくれねぇか……!」
「仕方あるまい。やるぞ愚弟!」
掌をかざすノア。氷の魔術を放ちつつ、もう片方の手に光の弓を生成する。
飛来する無数の氷礫にもヴィルフレイは身動き一つ取らず、立ち尽くしたままだ。
直撃、大小無数の氷塊が激突するもヴィルフレイは瞬き一つ、僅かに身体を動くことすらない。
一瞬でも隙を見せれば封魔弓を撃ち込もうとしていたノアだったが、結局指一本動かすことは出来なかった。
「どけ兄貴!」
先刻の間に後方に回り込んでいたガゼルが指先を弾くと、その前方広範囲に爆炎が巻き起こる。
しっかりと魔力を練り上げた火系統最上位魔術『焦熱炎牙』。魔族に魔術が効かないのは百も承知が、それでも十分威力のある最上位魔術なら目くらましとしての効果は期待できる。
「へっ、これだけ滅茶苦茶に焼けば避けられねぇだろ。最低でもガード、もしくはウザがって逃げたところを――」
「――狙い撃つってか?」
封魔弓を構えるガゼルのすぐ横で聞こえる声。
確かに上位の魔族でも目くらましにはなるが、それはまともに喰らえばの話。
炎が当たる直前、ヴィルフレイはそれを躱しガゼルの横へ移動していた。
「くっ!」
即座に反応し矢を向けるガゼルの表情が苦悶に歪む。
既に一撃、ヴィルフレイの拳が叩き込まれていた。
「か……は……っ!?」
「ほう、ギリギリで魔力障壁を発動させたかよ。ま、無駄だがな」
咄嗟に展開した一点集中型の魔力障壁、ヴィルフレイの拳はそれをも易々と打ち破り深いダメージを与えていた。
「ガゼル!」
追撃を繰り出そうとするヴィルフレイへ、ノアが封魔弓を放つ。
ヴィルフレイは飛来する矢を真正面から見据えると、目を僅かに細めて人差し指を前方に突き出した。
ぴん、と指を弾くと光の矢がへし折れた。回転しながら宙を舞う矢はすぐに霧散し、消えていった。
「な……に……? 封魔弓を弾いた、だと……?」
「何驚いてんだ。確かにテメェらの使う封印魔術は厄介だが、魔力を濃縮させれば十分防御は可能。んなことは知ってるはずだろ?」
「くっ、一度で駄目でも……!」
再度、光の矢を番えて放つノアだが、それもまた指一本で弾かれる。
「だから無駄だっての。俺にダメージを与えてぇなら封魔滅弓か、せめて封魔重弓くらいは必要だろ。それくらい知ってるだろうがカスがよ」
「なんだ、それは……?」
そんな知識は伝わってはいなかった。
ウィリアムの開発した封印魔術は数多くあるが、現在まで伝わっているのは比較的難易度の低い封魔弓のみ。
それ以外の他の封印魔術は習得難易度の割にそれを使う必要がある敵がいなかった為、長い年月の間に失われてしまったのである。
「ぐぞ……ったれぇがぁぁぁ!」
ガゼルがよろめきながらも光の矢を放つが、ヴィルフレイがフッと息を吹きかけるだけであっさり消えてしまった。
二人の扱う封魔弓は通常の魔族を相手にするなら十分。しかし最上位級の魔族となれば話は別だ。
強い魔族は何気ない動作ですら魔力を帯びており、防御姿勢を取るだけで高密度の魔力壁が生まれる。
防御する、そのイメージ力のみで術式を起動させている魔力が霧散、効果を失い霧散するのだ。
これを防ぐにはより相手の魔力を削る上位魔術で攻撃するしかないのだが――
「……もしかしてお前ら、マジにそれしか使えねぇのか?」
息を切らせる二人を見下ろしながら、ヴィルフレイは呟いた。
「はぁ、はぁ……あ、あり得ない……!」
「チッ……くそったれが……!」
息を荒らげながらも絶望に染まる二人。
その表情を見ながらヴィルフレイの口元は徐々に歪んでいく。
「ひゃはっ! マジかよ。ありえねぇだろ! あの腐れウィリアムの子孫がこんな雑魚っちくなってるとはなぁ! かつて俺たちを封印したウィリアムの封印魔術は、掠っただけでも俺らをも封じる凄まじいものだった。子孫とはいえ侮れねぇから準備が整うまでは警戒して闇に潜んでいたんだが……くくっ、この程度とはガッカリだぜ」
歪んだ笑みは次第にゲラゲラと大笑いに変わっていた。
「ひゃっひゃっひゃっ! いやぁ傑作だ! かつての天才も子孫は凡人ってか。時代の流れってのは怖いねぇ。――さて今からお前ら死ぬわけだが、死体の焼き加減くらいは選ばせてやるぜ? 焼死体? 踊り焼き? それとも黒焦げかぁ?」
ヴィルフレイの指先から生まれた炎、ほんの小さな炎に込められた魔力の凄まじさは二人を絶望に突き落とすには充分過ぎるものだった。
ノアは覚悟を決めたように、隣のガゼルに言う。
「……私がどうにかして時間を稼ぐ。隙を見て逃げろ」
「ば……何言ってんだクソ兄貴! あんな化け物を一人で相手出来るわけねーだろが!」
「だとしてもだ。兄である私にはお前を守る義務がある」
「馬鹿言いやがれ! それより当主候補である兄貴を生かす方が大事だろ! やるなら俺だ!」
言い争う二人を見て、ヴィルフレイはニヤリと笑う。
「くくっ、寒気がするような兄弟愛だねぇ。面白ぇもんを見せてくれたお前らに、一つ嬉しい選択肢を与えてやるぜ」
ヴィルフレイは人差し指を立てながら言葉を続ける。
「――お前らのうち、どちらか一人だけを生かしてやろう。選ばれた方はほれ、結界に穴を開けてやったからそこから出ればいい」
見ればヴィルフレイの隣に、人一人が通れそうな穴が空間に空いた。
どうやら本当に外に繋がっているようで、二人の視線はそこに釘付けだ。
「もちろん逃げた後でも手出しは一切しねぇ。その代わり、残った方はそりゃもう惨たらしく殺すぜぇ? 少ぉしずつ炙って、いびって、削ってよぉ……ひひっ、前にそうして殺した奴は何度も一思いに殺してくれって頼んでたなぁ。もちろん殺してやるわけないんだがよ」
心底楽しそうな笑みを浮かべるヴィルフレイを見て、脂汗を垂らすノアとガゼル。
二人の視線はゆっくりとお互いへ向けられる。そうしてしばらく見つめ合った後、ごくりと息を呑んだ
「……本当に、どちらかは助かるのですね?」
「おうとも、約束は守るさ。だから安心して言っちまえよ。その出来損ないよりも自分を生かしてくれ、ってな」
ヴィルフレイはニィっと邪悪な笑みを浮かべる。
「ちょっと待ってくれ! クソ兄貴ばかりじゃなくて、こっちの話も聞いてくれよ!」
それを見て今度はガゼルが割って入ってくる。
「愚弟は黙っていろ! 私が話しているのだぞ!」
「なんだとぉ!」
言い争う二人を見て、ヴィルフレイは口元を更に歪めた。
「いいねいいね、どんどんやってくれよ。くははははっ!」
大笑いするヴィルフレイ。争うように取っ組み合う二人の足元がふらつき、バランスを崩した。
それに気を取られた瞬間、二人は死角に隠していた封魔弓を放つ。
「うおおっ!?」
まさかの反撃にヴィルフレイは飛び退き、その拍子に転んでしまう。
その隙に開いた空間へと駆け出す二人。
「へっ、よく俺の考えが分かったな。クソ兄貴」
「ふっ、私を侮るなよ。お前の考え位すぐわかるさ」
すなわち、喧嘩しているフリをしつつの騙し討ちである。
二人は拳をぶつけて笑った。
「うおおおおおっ! 憶えてろよ魔族、後でぶっ殺してやるからな!」
「捨て台詞にも優雅さを持ちなさい。例えばそう――戦略的撤退とかね」
どこか楽しげな二人、外へ繋がる空間はもう目前だ。
あと一歩、足を踏み出せば、そこまで近づいた時である
――どおん! と爆音が響き二人の眼前に炎が立ち昇る。
炎に弾かれて倒れる二人が展開していた魔力障壁は、その余波だけで消滅させられていた。
「……小癪な真似をしてくれるじゃねぇか。えぇオイ」
背後から聞こえる静かな、落ち着いた声。
振り向いた二人の目に映るのはそれとは真逆の殺意に満ちた目。
ヴィルフレイの身に纏う魔力は先刻よりも更に大きく膨れ上がっていた。
「危ねぇ危ねぇ。正直侮ってたぜ。雑魚っちくてもあの腐れウィリアムの子孫だけはあるってことかい。悪かったよ。侮り過ぎた」
今までのように相手を見下し切った態度ではなく、重苦しい雰囲気を纏った真摯な『殺意』。
二人は今ようやくヴィルフレイが本気を出したのだと気づいた。そして自分たちが確実に助からないことも。
「……全く、こんな化け物を封じていたとは我らの始祖は凄かったのだな。光栄に思うよ」
「へっ、俺みてぇな出来損ないからする気後れするけどな」
「私はそうは思わないな」
呟くノア。その間にもヴィルフレイの指先に炎が集まっている。
魔力障壁すら意味を持たない程の炎であった。それが放たれる。
「お前の魔力量、そして魔術を扱うセンスは私を超えている。それに愚連隊を名乗って悪童を集めていたのも、生徒会の手の届かぬ悪を自分たちで管理する為だったのだろう? そんな弟を持てて私は誇らしく思っているよ――ガゼル」
「ば……それは俺の方だ! 兄貴があらゆる術式を学び、誰からも尊敬されるようなスゲェ人だから俺はせめて舐められねぇようにして……」
「ふっ、互いにこうして追い詰められなければ本音の一つも言えないとはな」
二人を焼き尽くさんと炎が迫る。
煌々と照らされる横顔はどこか晴れ晴れとして見えた。
そして――
「……?」
炎が消えるその様を見て、ノアとガゼルは目を丸くする。
直撃の瞬間、炎は強力な魔力を持った『何か』に消し飛ばされたのだ。
驚いているのはヴィルフレイも同じである。
「封魔重弓……いや、滅弓……?」
かつて自分を苦しめた上位の封印魔術、先刻の魔力光にはそれに似た雰囲気が感じられた。
全員の視線は自然とその出所へと注がれる。
上空に空いた巨大な穴、そこには光の弓を携えた人影が見えた。
「あれはまさか……」
「ロイド、なのか……?」
二人の言葉の通り、そこにいたのは黒髪の少年、ロイドであった。




