バレる要素はないと思っていた
「うおおお! やるじゃねぇか! すごかったぜロ……ロジャー!」
降りてきた俺をガゼルが迎える。
ロジャーは言うまでもなく偽名だ。俺の名を呼ばれたら即バレてしまうからな。
「えぇ全くです。ここまで出来るとは驚きましたよロデオ」
もちろんノアの方にも抜かりなくそう伝えている。当然他の者たちにもだ。
「いやぁしかし大したものだぜ。お互いあれだけの大魔術を連発して、互いに無傷とは!」
「あぁ、二人は本当にすごい魔術師だ。生徒会は君のことを誇りに思うよ」
皆々に囲まれ、俺たちは担ぎ上げられんばかりに讃えられる。
「だが引き分けってのはおもしろくねぇな。あのままやってりゃロ……ジャーが勝っただろうぜ」
「それは聞き捨てならないな。どう考えてもロデオが優勢だったでしょう」
「何ィ?」
「何だ?」
「まーまー、落ち着いて二人とも」
またも火花を散らし始めるノアとガゼルの間に割って入る。全く仲が悪い二人だな。
ともあれ二人とも本気でやる合わせるつもりはないらしく、なんとか切り抜けたというところだろうか。
やれやれと一息吐いていると、ガゼルがグリモ操る木形代の頭に手を載せる。
「しかしお前ら似てるなぁ。名前もそうだし、もしかして双子だったりしねぇか? ははっ!」
そしてぺしんと頭を叩いたその瞬間、ボロッと木形代の首がもげた。
「んなぁーーーっ!?」
その場の全員が驚き声を上げる。
しまった、さっきの戦いで痛んでいたのか。俺について行くのにグリモもかなり無理をしただろうからな。
「オンッ!」
皆がその出来事に戸惑う中、飛び込んできたのはシロだ。
シロは木形代をその毛の中に隠してしまう。
ナイスだシロ。俺はその隙に幻想系統魔術『幻視天蓋』を展開し、かつ即解除する。
一瞬の空間の揺らぎ、その異変に皆もすぐ気づく。
「この気配……幻想系統魔術?」
流石ノア、優秀だな。
俺が今使った『幻視天蓋』は結界内にて幻を見せることが可能。
つまり先刻の俺とグリモのバトル、それを幻だと皆に思わせようとしたのである。
俺一人でやったと見せれば、グリモの失態を誤魔化せる。
だがこれは俺としては苦肉の策なんだよな。何故なら俺の自作自演がバレてしまうからだ。
「……なるほど、今の戦いは幻……見事な幻想魔術だが最後は気が抜けたようだ。我々にそれを気づかせてしまった」
「まぁ俺は薄々おかしいとは思ってたがな。……つーかよ、それってつまり、俺の舎弟やりながら生徒会に入ってたってことだよなぁ?」
ノアとガゼル、二人の視線が突き刺さる。
「確かに生徒会と他の部を掛け持ちしてはいけない、とは言いませんでしたが……あまり感心は出来る行為とは言えませんね」
「俺らの仲が悪ィことは知ってるだろが。にも関わらず掛け持ちしやがるとはいい度胸してやがるじゃねぇか」
「いやぁ、それほどでもないけど」
「……言っとくが褒めてねぇからな」
照れる俺に、二人は呆れたように白い目を向けてくる。
「言わなかったとはいえ私とこの愚弟は犬猿の仲、すぐにそちらは辞めて貰いましょうか」
「あぁそうだな。ロイド、てめぇは中々見所はあるが、クソ兄貴と同じ組織にいられちゃ面白くねぇ。向こうを抜けてこっちに来るよなぁ?」
バチバチと火花を飛ばし合うノアとガゼル。
うーむやはりこうなるか。
グリモの件はうやむやにできたが、このままでは二人の組織から追放されてしまう。それは困るんだよなぁ。
「どうするつもりですかロイド君?」
「もう言い逃れはもう出来ねえぜ?」
「さぁ!」
「さぁ!」
二人に詰め寄られ後ずさる。
むぐぐ……どうしよう。
「えーと、その……い、一週間だけ待って欲しいんだけど……だめ?」
二人は不満げに顔を見合わせ、しばし考えた後、渋々と言った様子で頷いた。
◇
「はぁ、参ったな」
俺は何度目かの深いため息を吐く。
あの場はどうにか切り抜けたが、一週間とかそんなすぐにいいアイデアが出るはずがない。
ただでさえ俺は人付き合いはそんなに上手くないからな。やれやれ、参ったぞこれは。
かと言ってまだ二人の魔術師としての底は見えてない。
二人がバトルしてる際にも毎回小競り合い程度で終わっているし、彼らが使う魔術は強力なプロテクトがかかっているようで『鑑定』などでも詳細なデータが見れないのだ。
変わった魔術書なども隠し持っている様子はないし、恐らく彼らの血に刻まれた血統魔術の一種なのだろうが……うーん、本当に唆られるな。
やはりここで手を引くのはありえない。
もう少し信頼を得ねばならないのだが……こんなことになっちゃったしな。
どうしたものかと考えていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
「やぁロイド、いるかい?」
「アルベルト兄さん!」
入ってきたのはアルベルトだ。
手にはティーカップを二つ持っている。
「夕食の時から随分と浮かない顔をしていたからね。様子を見にきたんだよ。シルファなんかずっと心配していたぞ?」
「はは……」
その様子が思い浮かぶようである。
アルベルトは俺の机にティーカップを開いた後、自分はベッドに腰を下ろす。
「何やら悩みでもあるのかい? 僕に話してみるといい。力になれるかもしれないよ」
ふむ、確かにアルベルトに相談するのはいい手かもしれない。
アルベルトはよく宰相たちの諍いを見るや、争いが本格化する前に互いの話をよく聞き、納得いかせていた。
何とも見事な手際だと感心したものである。
そんなアルベルトなら、ノアとガゼルを仲良くさせる方法も思いつくかもしれない。
「ええっと……実は俺の学友二人がとても仲が悪くて、どうにか仲良くさせたいのですが……」
「ふむ、それはもしやウィリアム兄弟のことかい?」
「! 何故それを?」
「はっはっは、なるほど合点がいったよ。ロイド、お前が二人の組織に同時に属していたんだね? そしてそれがバレて問い詰められた、と。それを何とか防ごうとあの二人の仲を改善しようとしたわけだ」
何ということだ。そこまで完全に把握されていたとは。
「そんなに驚くことじゃないだろう? 僕の情報網とロイドの性格を合わせて考えれば単純な推理さ」
「……恐れ入りました。全くもってその通りです。何かいい考えはないでしょうか?」
俺の言葉にアルベルトはふむ、と言って顎先に指を当てる。
「そうだな……僕ならまず二人の話によく耳を傾け、お互いへの思いをしっかり吐露させる。その後、それらの感情をほんの少しだけ良いように曲げて二人に伝えてあげるんだ。それを何度か繰り返してからお茶会を開くんだよ」
「! なるほど、お茶会ですか!」
そういえばアルベルトはよく人を招いてはお茶会を開いていたな。
香り高い茶葉には精神をリラックスさせる効果がある。そんなお茶を飲みながらなら、いがみ合わずに落ち着いて話もできるということだろう。
「流石はアルベルト兄さん、いいアイデアをありがとうございます」
「あぁ、お安い御用さ。……だがロイド、あくまでもお茶会は手段の一つ、まずは二人の話によく耳を傾けるのが重要だぞ? あの兄弟の仲の悪さは他の科にも聞こえる程に有名。そんな状況で直接お茶会を開いてもまともな話には……いや、賢いロイドのことだ。そんなことは百も承知か。きっと何か手を考えているのだろう。それにしても魔術にしか興味がないと思っていたロイドが、喧嘩の仲裁を買って出るとはな……兄としては下手に口出しをせず、弟の成長を見守るべきだろう。ふふふ」
アルベルトが何やらブツブツ言いながら笑っているが、それより俺はお茶会のことで頭が一杯だった。
あれをこうしてああして……ふふ、上手くいきそうだな。
◆
「おい、魔人」
ロイドらの寝静まった夜、ジリエルが不意に声を発する。
「あぁん? 何だよクソ天使」
「昼間の戦いぶり、貴様ロイド様を殺す気だったろう。ロイド様の性格を利用し、かつ本気では戦えないような状況。更に入念な罠を張っていた。あれでそのつもりはなかった、とは言わせんぞ」
真剣な声のジリエルに、グリモは少し考えて答える。
「……だったらどうした。俺はずっとあいつの身体を乗っ取る為に機会を見計らってんだ。そりゃお前もだろうがよ?」
「た、確かに最初はそうだった。しかし今の私は違う! ロイド様の力に魅せられ、その従僕としての責務を光栄に思っている! 貴様もそうだと思っていたんだぞ。魔人の割に少しは見所があると……」
「静かに。テメェの大事なご主人様が起きちまうぜ」
強い口調のグリモにジリエルは口を噤む。
「んー、むにゃむにゃ……」
ごろんと寝返りを打つロイドを見て、ジリエルは口を噤んだ。
それでも物言いたげな視線は外さない。
「心配せずとも俺は変わらねぇよ。ずっとな。くくっ」
それはどちらの意味なのだ? そう問いかけようとしたジリエルだったが、聞いてグリモの真意が知れるはずもない。
「このクソ魔人め……」
ジリエルの呟きは夜の闇に溶けるように消えていった。