学園最高の魔術師、前編
「いやはや、恥ずかしいところをお見せした」
「そんなことないよ。流石はウィリアム学園、あんなすごい生徒がいるんですね」
俺が素直な感想を述べると、シドーはぴくんと眉を動かす。
「む、聞き捨てならんなロイド君。確かにガゼルは優秀な生徒じゃが、我が校にはもっとすごい者が沢山おるぞ? 剣術科が誇る『麗しき紅薔薇』マクシミリアム=トー、薬術科の妖精、『芳しき紫薔薇』ロゼッタ=フラウゼン、経済科に降臨した『増やせし黄薔薇』ビリアルド=ジーニアス……皆、我が校の誇りよ。そのうち会う機会もあるじゃろう」
「えぇーと……はぁ」
と言われてもなぁ。俺からすると魔術とは関係ない話にはいまいち興味を唆られない。
ここで一番の魔術師って誰だろう。やはりガゼルだろうか。
俺の興味なさそうな顔に気づくや、シドーは眉をぴくぴく動かしながら言葉を続ける。
「じ、じゃがな! やはり一番はあやつよ。全校を束ねる生徒会長にして、学園始まって以来の神童。その魔術は天を貫き地を穿つ、更に努力も怠らぬ天才にして秀才、かのウィリアム=ボルドーの再来とまで言われた魔術の申し子――」
「詳しく。是非」
即座に食いつく。どんな人物か、どんな魔術を使うのか、どこにいるのか、さぁ早く続きを語ってくれ。さぁさぁ。
俺の身代わりの速さにシドーは若干引き気味だ。
「う、うむ……急に目をキラキラさせてきたのう……おほん、そうじゃな。そろそろ授業も終わるし、あ奴も出てくると思うが……」
シドーの言葉を遮るように、ごぉぉぉん、と鐘の音が鳴る。
それを更に遮るように、ずどぉぉぉん! と爆発音が鳴り響く。
一体何が起きたのだろう。しかしシドーは動じる様子はなく、やれやれといった様子でため息を吐く。
「……いつものことじゃよ」
「それってどういう……?」
言いかけた俺の疑問はすぐに消える。
爆煙の中から現れたのはガゼル、追いかけるように飛び出した氷の塊がその眼前に迫る。
あれは水と風の二重合成魔術、氷球だ。
「チッ!」
ガゼルの舌打ちと共に氷球は霧散した。
魔術の残滓、立ち昇る水蒸気からみて、あの無詠唱火球をぶつけたようである。
ガゼルが憎々しげに睨む白煙の奥で人影が揺らめいた。
「ふっ、相変わらず魔力頼みで芸のない戦い方だな。愚弟」
涼やかな声と共に進み出てきたのは、長い銀髪を靡かせた線の細い青年だった。
他の生徒と違う白い服、几帳面な性格なのか襟首まで留められており胸元には金の細工が煌めいている。
それよりガゼルを弟と呼んだということは……
「うむ、彼こそノア=ボルドー、ガゼルの兄にしてボルドー家長兄。ウィリアム学園が誇る天才魔術師じゃよ」
ノアを語るシドーの顔は何とも誇らしげだ。
なるほど確かに佇まいを見ただけで分かるほどに彼の術式は洗練されている。
まさに修練の積み重ね、シドーがあそこまで言うのも理解できるというものだ。
「黙れよクソ兄貴ィィィ!」
咆哮と共にガゼルが駆ける。振り上げた拳をノア目掛け振り下ろす。
「やれやれ、愚弟の相手も楽ではない」
それを身体を捻って躱しながら、長い足で蹴り飛ばした。
キュキュキュと靴で床を噛む音を鳴らしながら二人の距離がまた離れる。
その少し後、どおっ! と歓声が響いた。
いつの間にか生徒たちが集まっており、二人の戦いを観戦している。
「キャー! ノア様こっち向いてー!」
「うおおお! 今度こそ勝てよガゼルー!!
そして声援が乱れ飛ぶ。
黄色い声はノアへ、野太い声はガゼルへ。
「二人はどうも兄弟仲が悪くてな、授業が終わったらいつもあぁやって小競り合いを繰り広げるんじゃよ。私闘はあまり褒められたものではないが、ウチは魔術科だからのう。技術の向上を名目に空き時間はあぁいうのも許しておるんじゃよ。ついでに二人のバトルは人気があるからのう」
確かに、一つの見世物みたいになっている。
それによく見れば二人は周囲に結界を張り、周りに被害をもたらさないようにしているし、無秩序で暴れ回っているわけでもないらしい。
ルールを決めた上でなら問題なし、というわけか。とはいえ普通ならダメだろうに、融通が利いているな。
「くたばりやがれぇぇぇ!」
そんなことなど気にする素振りもなく、ガゼルは無詠唱火球を放ちまくる。
氷球でそれらを迎撃するノア。二人の間には水蒸気が巻き起こり、霧のようになっている。
――ま、『透視』の魔術を使っているから二人の戦いは問題なく観察できているのだが。
「ふむ、下級とはいえ、普通なら一人で二重詠唱を行使するのは不可能。一体どんな手品を使っているのでしょう?」
「気づかねぇのかクソ天使、見ろよあいつの舌を。キメェことになってるぜ」
グリモの言葉にジリエルは息を呑む。
見ればノアの舌にはもう一つ『口』が付いていた。
「へぇ、あれは『双口』じゃないか」
身体に直接接続する生体魔道具、まぁ簡単に言えば人工的な口を新たに作り出すというものだ。
あれなら一人で二重詠唱も可能である。
それにしても身体に魔道具を埋め込むなんて、並々ならぬ魔術愛を感じるな。
言わずもがな、手術には痛みを伴うし奇異の目で見られることもあるだろう。相当な覚悟が必要だ。
ガゼルにしても相当の鍛錬を積んでいるし、うーん、あの二人の力がもっと見たくなってきたぞ。
「ロイド様、また何か良からぬことを考えておられませんか?」
「こんな衆目の面前で力を使ったら、バレちまいますぜ」
二人の言う通りだが、これだけの白煙の中だ。
周りからはそう見えないし、上手くやればお互いの仕業だと思わせられるはず。
そう考えると居ても立っても居られなくなってきた。
「シドー学園長、ちょっとトイレに行きます」
「あ、そっちは違うぞい!」
「オン! オンオン!」
追いかけようとするシドーをシロが止める。
よし、ナイスだシロ。
俺はその隙に階段を逆走しつつ、白煙の中に飛び込むのだった。




