授業風景を観察します
「着いたぞい。ここが君たちの学び舎じゃ」
シドーが立ち止まったのは、上空百メートルほど登った辺りだ。
石畳の床が敷き詰められた奥には扉があり、シドーが手をかざすと自動で開く。
へぇ、扉にまで術式を埋めているのか。下手したら塔全体がそうなのかもな。
扉の開いたその向こう、足元は変わらず石畳の床だが、壁はなく天井も吹き抜けになっていた。
そこには点数の付いた的が並んでおり、生徒たちがそこを狙って魔術を放っている。
「シドー学園長! 一体何用でございますか? その二人は?」
俺たちが見ていると、俺たちに気づいた教師らしき女性がこちらに駆け寄ってくる。
「ほっほっ、邪魔をしてすまんの。彼らは今日入ったばかりの転入生じゃ。折角だから授業風景を見学させて貰おうと思ってな。気にせずに続けてくれ」
「は、はぁ……」
教師はシドーに言われ、生徒たちに授業を再開させる。
「それにしても懐かしいな。ああいうの、城でよくやってたっけ」
飛び交う火の玉が的に当たる様を眺めながら呟く。
魔術を的に当てる的当て訓練、かつては俺もアルベルトに頼んでやらせて貰ったものである。
ごく普通の魔術好きを自称する以上あまり派手なことは出来ないから、あくまで普通にだが。
しかし人が魔術を使うのを眺めるというのもまた一興。
生徒たちは優秀で、城の魔術師たちとは比べものにならない腕前だ。流石にアルベルト程ではないけれども……
――パチン、と指を鳴らす音が聞こえたその直後、凄まじい爆発音が響き渡る。
見れば的が全て吹き飛んでいた。全員がざわめく中、一人の少年がつまらなさそうな顔で立っている。
「な、何をしているのガゼル君っ!?」
ガゼルと呼ばれた少年はフンと鼻を鳴らすと、ポケットに両手を突っ込む。
銀髪赤眼、学生服を着崩しており、そこから覗く胸板は見事に絞り込まれている。
「何って……言われた通りただ火球を撃っただけだぜ?」
見下ろしながら答えるガゼルに、教師は僅かに怯みながらも声を荒らげる。
「火球を撃てとは言いましたが、誰が破壊しろと言いました! そんなことをしたら他の人たちが困るでしょう!」
「ふん、俺には関係のない話だ」
ガゼルは吐き捨てるように言うと、壁にもたれ掛かって目を閉じた。
不遜な態度に教師は顔を真っ赤にしている。それを見たコニーがシドーに尋ねる。
「今のは火球……? 下級魔術であれほどの威力を出すとは、とんでもない魔力ですね……」
「ガゼル=ボルドー、素晴らしい才能を持つ少年なのだがのう」
「ボルドー……ってもしかして……?」
「うむ、かの大賢者、魔術の租ウィリアム=ボルドーを輩出した名家の子じゃよ」
おおっ、あの魔術の創始者の子孫とな。
そんな凄い人物に会えるとは、学園に来て本当によかったぞ。
「しかも今の魔術、無詠唱か? 普通ならかなり威力が落ちるがそのロスがすごく少なかったな。もしや特殊な術式? 一瞬過ぎてわからなかったがもしかして始祖の血統魔術とかかなぁ。だとしたらぜひ俺にも教えて欲しいなぁ」
俺がワクワクしている中、シドーは浮かない顔でため息を吐く。
「確かにガゼルの魔術師としての実力は大したものじゃ。しかし力こそ全てと言わんばかりにあり余る力をひけらかすあの態度はけしからん。魔術師というのは知の探究者、あらゆるものへの敬意がなければとワシは思う。……まぁそんな奴に憧れる生徒もそれなりにおってのう。ガゼルの真似をして魔力でゴリ押しをする生徒も増えておる。全く嘆かわしいにもほどがあるわい」
見れば他の生徒たちはガゼルに羨望の眼差しを送っているようだ。
まぁあれ程の威力、数十の的を同時に対象とする精密さ、それを無詠唱で見せられたのだ。
魔術を志す者としては憧れるのも無理はないだろう。
半面、ガゼルを問題児扱いするシドーの気持ちも理解出来る。
未熟な者が大きな力を使おうとすると、術式の暴走や何やらでとんでもない事態を引き起こす可能性が高い。
如何に単純な術式でも……否、だからこそ十分な理解もなしにそれを行使するのは危険なのだ。
例えるなら子供に爆薬を持たせるようなもの。多少操作手順を間違えただけでもそれは自身に牙を剥き、周囲に甚大な被害を及ぼすだろう。
「そう、例えばロイド様のように、ですな」
「えぇ、勝手気ままにやりたい放題。周りに甚大な被害を巻き起こす……間違いありません」
グリモとジリエルが生暖かい目で見ているが、俺は周りに気を使いまくっているぞ。失礼である。
……それにしてもガゼルか。あれだけの魔力を隠す素振りもせず、目立つのも全く気にしていないようだ。
彼のような生徒がいれば相対的に俺への注目度も下がり、色々やりやすくなるかもしれない。そういう意味でも幸運かもな。
「あぁもう、的が完全に壊れちゃったわ。どうしようかしら……」
「あの、よければ手伝いましょうか?」
黒焦げになった的の周りで右往左往していた教師にコニーが声をかける。
「……あなた、新入生かしら。気持ちは有難いけど、この的は見た目より複雑な術式を組み込んであるのよ。とてもこの場ですぐ直せるようなものではないわ」
しかしコニーは教師の言葉を気にすることなく、倒れた的の傍らに腰を下ろすと手に取り観察し始めた。
「なるほど。確かに複数の術式が組み込まれてますね。衝撃吸収、属性効果無効、物質強化……でもうん、このくらいなら私でも直せますよ」
「ちょ、あなた……」
言うが早いか、コニーは道具箱を取り出し。壊れた的を分解し始める。
すごい手捌きだ。早いだけでなく正確無比、あんな動きを魔術による補助なしで行うとは信じられない。
例えば俺なら感覚強化や身体強化を何重にもかけた上で第三、第四の腕を具現化して、ようやくあれと同等の動きが出来るだろうな。
「生身でロイド様と同等の動き……ハッ! もしやあの娘が魔力を失い得たものは……」
「あぁ、人並外れた身体能力として発動しているのは、あの器用さだろう」
魔道具作り自体の難易度はそこまで高くはないが、あれだけの技術を得るには相当修練を積まねばならなかったろう。魔宿体質は魔術の才を持つ者がそれ以外に進むことで大きな力を得られるもの。それがコニーにとっては手先の器用さだったのだろう。
その作業の美しさにいつしか皆が見惚れていた。
「……ふう、出来ました」
コニーは大きく息を吐き、額の汗を拭う。
完成した的に『鑑定』を発動させ、組み込まれた術式を解析してみる。
……ふむ、壊れる前よりも防御能力が大幅に向上しているな。
柔軟性と剛性を組み合わせた強固な術式だ。これなら先刻の火球にも十分耐えられるだろう。
それに加えて普段はお目に掛れないような術式がちらほら組み込まれている。
いいなぁ。面白そうだなぁ。試させてくれないかなぁ。
「えーと……ロイド君、よかったら的の強度を試してみる?」
「いいの? じゃあ遠慮なく」
俺の物欲し気な視線に気づいたようだ。我ながらはしたないが、是非もない。
俺は二つ返事で頷くと的に向かって手をかざす。
「ロイド様いけません! あの的を破壊しては目立ってしまいますよ!?」
「そんなのやるわけないだろ」
俺を何だと思っているのだろうか。失礼だぞジリエル。コニーが一生懸命直したものをいきなり壊しにいくはずがないだろう。
……まぁその一歩手前くらいを狙うとけど。
「火球」
というわけで、的を狙って火球を放つ。
生み出された炎は弧を描き飛んでいき、的の真ん中に命中した。
ごおう、と一瞬炎が立ち昇ったかと思うと、瞬く間に収まり消えていく。
熱を帯びた的は僅かに赤みを帯びているがすぐに元の色に戻った。
よし、いい具合に手加減できたな。これなら目立ちはしないだろう……とはいえ、しかしだ。
「あの反応、もう少し威力があれば溶かされていた……あれだけ耐性を上げたのに、すごいなロイド君は……」
「むぅ、あのガゼルに匹敵する火球を放つとは……それに耐えたコニー君の的もまた素晴らしい。うむうむ、良き生徒が入ってくれたのう」
コニーとシドーが何やらブツブツ呟いている。
それにしてもガゼルの術式を真似てみたが、どうも微妙に違うなぁ。
これってもしや、彼のオリジナル術式だろうか。ウィリアムの血統魔術だったり? だとしたらすごく気になる。
是非詳しく聞いてみたいものだな。うんうん。




