学園に到着しました
朝早くから走り続け、昼前には街が見えてきた。
高い城壁の向こうに見えるのは天高く聳える巨大な建物。
「うわぁー、あれがかの有名なウィリアム学園ですか!」
本に載っていた通り、ものすごく高い塔だ。
始めは普通の建築物だったが、研究の為に上へ上へと増設を重ね、あのような塔形状になったらしい。実際に見ると感激である。
「それにしても妙に早く着いたな。幾らシロたちが速いと言っても、数日はかかると思っていたのだが……」
アルベルトの独り言に思わずドキッとする。
実は移動中、ちょいちょい皆の目を盗んでは空間転移でショートカットしていたのである。早く着きたくてつい……バレない程度の短距離ではあったが、結構連発していたので実際に走った距離は半分くらいだったかもしれないな。
「はよう着いた分には何でもええやん。ほれ、城門見えてきたで」
「むぅ……まぁそうですね」
ほっ、ビルギットが細かいことを気にしない性格で助かった。
胸を撫で下ろしている間にも学園の門前へと辿り着く。
「ふー着いた着いた。ありがとうなリル、シロ」
「いたた……座りっぱなしで腰がバキバキやで。あとでマッサージ頼むわシルファ」
「はっ、承知いたしました。……ロイド様も御一緒いたしませんか?」
「俺は大丈夫だよ」
ワイワイ言いながら二頭の背中から降りてくる俺たちを、門番たちは茫然と眺めている。
「一体この騒ぎは何事かのう」
そんな中、塔の中から大柄の老人が出てきた。
学士帽を被り、白髭を蓄え、目元は長い眉毛で隠れている。
「おー、シドー学園長やないですか。お久しぶりですなー」
「これはこれはビルギット君、よう来てくれたのう。歓迎するぞい」
二人は歩み寄ると握手を交わす。
へぇ、この人が学園長か。優しく温厚そうなお爺ちゃんといった風貌である。
それにしてもどこかで見たことがあるような……はて。
「道中大変だったろう。お父上は元気かいのう?」
「えぇもう、ピンピンしてますよ。元気なだけが取り柄ですから」
「そうかそうか。お互い忙しくて中々会えんが、また酒でも酌み交わしたいもんじゃ」
うんうんと頷くシドー。……あ、そうだ。思い出した。
何年か前、半ば無理やり参加させられた集まりで父王チャールズと仲良さげに話していた老人である。
そんなことを考えていると、アルベルトがこっそり耳打ちをしてくる。
「シドー学園長は父上と御学友なんだ。何でも若い頃は夜に集まって酒盛りをしていたとか、実験と称して無茶をやったとか……若気の至りと笑っていたよ。いわゆる親友……というよりは悪友といった感じなんだろうな」
そう言って苦笑するアルベルト。ふと、シドーがどこかに行っているのに気づく。
「おお、ロイド君ではないか! 大きくなったのー!」
「わあっ!?」
いつの間にか背後に回っていたシドーが勢いよく俺を抱き上げた。
俺は高々と持ち上げられ、くるくると回転させられる。ちょ、こら目が回るじゃないか。
「チャールズから話は聞いとるよ。随分優秀らしいな。ウチでしっかり学んでいくといい」
「は、はは……よろしくお願いします……」
目を回す俺を見て、満面の笑みを浮かべるシドー。
「うむうむ、アルベルト君、それにシルファ君にレン君もな。はっはっは」
豪快に笑うシドーにアルベルトらも顔を見合わせて頷いた。
「それでは皆、私はこれで帰るからお勉強しっかりねー」
「はい、アリーゼ姉さんもお気をつけて」
「迎えに来て欲しい時は手紙出すから、よろしうなー」
リルの背に乗り走り去るアリーゼを見送り、俺たちは学園の中へと足を踏み入れる。
ちなみにシロは俺についてきている。
一部の学科に入る生徒は従魔の同行は認められているそうだ。
「しかし残念だのう、アリーゼ君も学園に入ればよかったのに。丁度つい最近、新しく従魔科が出来たところなんだがのう」
残念そうなシドー。アリーゼも誘われていたがあっさり断っていた。
机を並べてお勉強というのはあまり好きではないらしい。そういえばいつも魔獣と遊んでいるよな。
「アリーゼは天才肌……というか座学はあまり好きではありませんのでね。……ところでシドー学園長、僕たちは何処に向かっているのですか?」
アルベルトが辺りを見渡しながら問う。
俺も丁度気になっていた所だ。門を入ってかなり歩いているぞ。
「うむ、編入の前にまずは君たちの実力を知らなければならんからな。その為の試験を行うのだよ。……おっとここだ」
ようやくシドーが立ち止まったのは、沢山の本が並んだ部屋である。
「まずは経済科じゃ。ここはその手の本を集めた書庫での。アルベルト君はここで試験を受けて貰う」
「わかりました。それじゃあ皆、後でね」
「ウチもついて行かせて貰うわ。臨時講師としてはどんな問題を出すんか気になるしな。アンタらもせいぜい気張りや」
「はい、二人も頑張って下さい」
アルベルトとビルギットに別れを告げ、また廊下を進み始める。
次に止まったのは訓練所のような広場だ。
そこには剣を携えた屈強な男が立っている。
「剣術科。シルファ君はここじゃ。あそこにいる講師と剣を交えてみたまえ」
「承知致しました。それではロイド様、ご武運を」
「うん、シルファも頑張って」
相手に怪我をさせないように……と言いかけてやめておく。
まぁ何だかんだでここの先生なんだし、シルファと互角以上には戦えるに違いない。……多分。
そしてまた歩き出し、次に立ち止まったのは薬品の並んだ部屋だ。中では白衣の者たちが何やら実験をしている。
「ここは薬学科の研究室じゃ。レン君はここで試験を受けてくれたまえ」
「はい、それじゃあロイド、頑張ってくるね!」
「あぁ、しっかりな」
レンとも別れて俺一人となる。
それにしても一体どんな試験を受けるのだろうか。
胸を高鳴らせながら歩いていると、ひと際大きな部屋の前でシドーが立ち止まる。
「さてロイド君、魔術科の試験会場はここじゃ。入るとよい」
言われるがまま中に入ると、並んだ机の端の方に先日出会った少女、コニーの姿が見えた。
「コニーじゃないか」
「あ、ロイド君」
あの危険な峡谷で別れた後、俺たちより早く着いていたのか
幾ら身体能力に優れる魔宿体質にしてもありえない速度だである。……一体どんな方法を使ったのだろう。気になるな。
「おや、二人は知り合いなのかね?」
「えぇ……実は先日、ゴルーゲン峡谷で……」
コニーの言葉にシドーは感心したように頷く。
「ほうほう、あそこを抜けてきたか。二人とも魔術科を志すだけはあって大したものだ。しかしだからといって、試験に受かるかは別問題だがのう?」
ニヤリと笑うシドー、魔術科の試験がどんなものかは知らないが、言い方からして相当難易度が高そうだ。ワクワクするな。
「時にロイド君、君はとてつもない魔力を持っているらしいのう」
「いえ、それほどでもありませんが……」
グリモとジリエルが嘘つけと言う目で見てくるが、無視だ。
「はっはっは、謙遜は必要ない。アルベルト君からよく聞いておるからのう。私も魔術師の端くれだ。君からは熟練の魔術師の気配がしとるよ」
俺は普段魔力を抑えているし結界も隠ぺいしているが、熟練の魔術師相手にはある程度気取られてしまう。
それがわかるということはシドーの魔術師としての力量もかなりなものだな。
「熟練どころじゃねぇですがね。俺らですらロイド様の力は計り知れねぇ」
「えぇ、ロイド様の真の実力を測るなど、人間には不可能な話です」
グリモとジリエルがブツブツ言っているが、やはり無視する。
それよりどんな試験なのだろう。冒険者ギルドでやったみたいな魔力測定とかだと困るんどけどな。
「ともあれ席に着きたまえ。試験を始めるとしよう」
俺が席に着くと、シドーは咳払いをする。
「おほん、ではまずこれを見るのだ」
そう言ってシドーが取り出したのはびっしりと術式の書かれた一枚の紙。
手に取ってみると、目の前に光の玉が浮かんでくる。
「これは……術印紙か」
術印紙とは、術式化した魔術を写し取る特殊な紙だ。
上位の魔術には空間に描いた術式に魔力を流し込むことで発動するものがある。
簡単なうちは平面で済むが、難しくなるにつれ複雑な立体術式を描かねばならないのだ。
それを魔術書に落とし込むのは非常に難しい為、登場したのがこの術印紙だ。
これに手に触れ、魔力を流し込むことで、立体で描かれた術式を術印紙に刻み込むことが出来るのである。
術印紙を用いた魔術書はとても高価で、サルーム城にもあまりないんだよな。
流石は世界最高峰の知識の園、たかだか一試験で術印紙を使うとは何とも豪華だ。
「試験というのはこの術式問を序節から順々に紐解くというものじゃ。その過程の正確さ、解答速度で君たちの実力を測らせてもらうとしよう」
術式問――つまり未完成の術式を渡し、穴を埋めて完成させろという魔術の知識を測る問題だ。
「ふふふ、ずば抜けた魔力を持つ魔術師はこの手の細かい制御は苦手な傾向があるからの。まぁロイド君が術式を十分に理解しとれば大した問題ではなかろうが」
ニヤリと笑うシドー。なるほど、空間パズル&迷路要素を組み込んだ術式問って感じか。中々面白そうである。
「あの……待ってくださいシドー学園長」
それに待ったをかけたのはコニーだ。
そういえばコニーは魔宿体質、魔力が全くないんだっけ。これでは試験は受けられないよな。どうするつもりなのだろうか。
「……あれ? 魔力が……ある?」
振り返ってみると、コニーの身体からは魔力が感じ取れる。
おかしいな。あの時は確かに魔力を全く感じなかったのだが……気のせいだろうか。俺の疑問を他所にコニーは質問を続ける。
「この術式問、強い魔力を流すと崩壊するようになっていますよ?」
「ふふふ、気づいたようだなコニー君。如何にもこの術式は無理に魔力を流すと崩壊するように出来ている。……というか容量の関係でそうとしか作れんかったのだがな。まぁ余程無茶な量の魔力を流さん限りはそうはなるまい。安心して試験に挑んでくれたまえ」
二人のやり取りを聞きながら俺はどうしたものかと思案していた。
件の球体術式が既に俺の手の中で崩壊しつつあったからだ。
うーん、コニーのことに気を取られていたとはいえ、少々魔力を流しすぎてしまったようである。
しまったな。かなり繊細な操作が必要とされる試験だったようだ。
「っとと、まずいなこのままだと術式の原型すらなくなってしまう」
ならばと咄嗟に発動させるのは抗魔系統魔術『凍魔停結』、これは魔術を発動させる際に宙に浮いた術式をそのまま凍結するというものである。
崩壊しつつあった術式がその動きを止め、何とか崩壊は免れた。
ふぅ、危ないところだったな。
「何でも潰せる代わりに発動に手間がかかる抗魔の魔術をあんな一瞬で発動させるとは……今更驚きもしねぇが、相変わらず無茶苦茶だぜ」
「しかもある程度難易度の低い無効化、破棄ではなく非常に繊細な操作が要求される完全停止とは……流石という他ありません」
グリモとジリエルが何やらブツブツ言ってるが、それどころではない。
今ので術式がだいぶ壊れてしまったぞ。参ったな、限界すら留めていない。これでは元々の形を推理するところから始めなければならない。
さっきの例えで言うなら、絵とピースも想像して組まねばならないようなもの。難易度はかなり上がったと言えるだろう。
「……ま、これはこれで面白いか」
俺はそう呟いて、術式問を解き始めるのだった。




