峡谷での出会い
「オンッ!」
シロが元気良く吠えながら、軽快に峡谷を降っていく。
その横ではリルも負けじと駆け降りていた。
かなりの急斜面なのに二頭とも臆するどころか楽しそうである。
「それにしても、ワイバーンが全く出て来なくなりましたね」
シルファがぽつりと呟く。
どうやらアリーゼがワイバーンを説得、更に他の者たちにも襲ってこないよう伝えさせたらしい。
「おーいロイド、そろそろ日が暮れるから休む準備をしよう」
「はーい! わかりましたー!」
アルベルトの指示で俺はシロの足を止める。
峡谷の下には水が流れており、夜を明かすには丁度良さそうだ。
「お疲れ様だったわね。リル」
「クゥ!」
アリーゼが労うが、リルはまだまだいけると言わんばかりに尻尾を振っている。
むしろアルベルトたちの方が疲れ顔だ。意外と動かないのもしんどいものである。
走り倒しだったからな。俺も少し疲れたぞ。
「ロイド様、どうぞお座りください」
俺が腰を降ろそうとすると、シルファがどこからともなく椅子を差し出してきた。
他の皆たちの椅子、テーブル、ティーカップも手早く用意している。
「皆様お疲れでしょう。こちらは薬膳茶でございます。疲れが取れますよ」
「へぇ、いい味じゃないか」
アルベルトが上品な仕草でティーカップに口をつける。
俺も飲んでみる。……ふむ、いつものと少し違うな。
「あの、道中に疲労回復に効く薬草が採れたので煎じてみました。そのままでは味にエグみがあったので、香草を混ぜて匂いを緩和してみたのですが……如何でしょう?」
レンがたどたどしく言う。そういえば小休憩の際に草むらに入っていたな。
言われてみれば身体がポカポカしてくる気がする。
「美味しいよレン」
「うん、僅かな酸味が癖になるね」
「ええやん。身体の疲れが取れるようやで。おおきにレンちゃん」
「は、はいっ!」
アルベルトとビルギットも気に入ったようで、思い思いに茶を飲み干していく。
「もちろん、お食事も用意しておりますよ」
シルファの言葉に視線を向けると、奥のテーブルには沢山の料理が並んでいた。
いつの間に用意したのだろうか。さっきまで何も載ってなかったはずだが……手品かな?
「おー、丁度腹も減っとったんや。流石はシルファ、気が利くなー」
「もったいないお言葉でございます」
ビルギットの労いの言葉にシルファは頭を深々と下げる。
俺も腹が減っていたのでありがたい。
そんなわけで俺たちは料理に舌鼓を打つのだった。
「ふー、食った食ったぁー」
ポンポンと腹を撫でながら、ビルギットは椅子にもたれかかる。
食事をしている間に辺りはすっかり日が暮れており、遠くでワイバーンの鳴き声が聞こえていた。
「この分だと明日には着きそうだね」
「まー早い分にはええんとちゃう? それだけ勉強する時間が増えるわけやし」
「こんなに長い間城を空けるのは初めてだから不安だよ。ディアンたちはしっかりやっているだろうか……」
不安そうなアルベルトだが、まだ出発して半日も経ってないぞ。
結構心配性なんだよなぁこの人は。
「オンッ! オンオンッ!」
「ん、どうしたシロ」
突然暗闇に向かってシロが吠え始める。
人の気配だ。シルファが立ち上がり剣を抜く。
「何者です。出てきなさい」
「……はい」
暗闇の中、聞こえてきたのは少女の声だ。
シルファの声にも物怖じしていない、落ち着いた声と共に出てきたのは小柄な少女。
鮮やかな緑髪をボブカットに切り揃え、丸眼鏡の下ではくりっとした目でこちらを見ている。
作業着のような衣服にショートパンツを履き、大きなリュックを背負っている。
表情から見える感情の色は薄く、いまいち何を考えているのかわからない。
「ふぅむ、顔立ちは悪くありませんが少々野暮ったいですね。あのむさ苦しい恰好がどうにも……いや、男装と考えればギリいけるか……?」
「お前、女ならだれでもいいわけじゃなかったんだな……」
ジリエルが何やら呟いているのを見てグリモが引いている。
ともあれその場に立ち尽くす少女を見てアルベルトが言う。
「シルファ、その子が怖がっているだろう。剣を下ろしてあげなさい」
「はっ」
アルベルトの命を受け、シルファは剣を納めた。
少女は大して気にしてなさそうに頭を下げる。
「ウチのメイドがすまないね。僕はアルベルトだ。君は?」
「私はコニーと申します。あ、本名はコーネリアって言うんですけど、皆はそう呼んでいます」
「コニーちゃんか。いい名前じゃないか」
「ありがとうございます」
アルベルトの微笑みにコニーと名乗った少女はもう一度頭を下げる。
なんと、あのイケメンスマイルに頬の一つも赤らめないとは大したものである。
「君、もしかしてウィリアム学園へ向かっているのかい?」
「はい。あなた方もですよね?」
「あぁその通りだ。まぁこんなところにいる時点で、それ以外ないよね。ということは僕たちは学友になるというわけだ。さぁよかったらここに座ってゆっくりするといい」
アルベルトに促されるまま、コニーはちょこんと椅子に座るのだった。
「出身は? その恰好からして南の方っぽいけれども」
「リミアディ地方です。アルベルトさんたちはサルームからでしょうか」
コニーの言葉を聞いた瞬間、アルベルトの顔色が変わる。
「サルーム王国のアルベルト第二王子、ですよね?」
ズバリ言い当てられたアルベルトは苦笑を浮かべる。
「参ったな。隠すつもりはなかったのだけれども……まぁうん、その通りだよ」
「やっぱり……そちらは経済界を司るビルギット第二王女、魔獣と心を通わすアリーゼ第六王女、そして魔術が好きすぎてヤバいロイド第七王子」
リミアディといえばこっちでは殆ど情報が届かないような遠国なのに、アルベルトやビルギットはともかく下位の王子である俺やアリーゼをよく知ってるな。
でもよかった。やはり世間一般では俺は魔術好きくらいの認識のようである。思ったより目立ってはいないようだ。
「いやいや、ヤバいっていってたじゃないっすか」
「普通の魔術好きとは全く、微塵も言っていませんぜロイド様」
グリモとジリエルがツッコミを入れてくるが、そんなことはないと思う。思いたい。
「……あ、敬語忘れてました。ゴメンなさい」
「気にしないでくれたまえ。学園には王侯貴族も数多く通っていると聞く。そして学園生徒は地位身分を笠に着て威張り散らす真似は禁じられている。僕も君も同級生なのだから砕けた言葉遣いで構わないよ」
「ありがとうございます。アルベルトさん」
「あはは……君、中々肝が据わっているなぁ。ともあれよろしく、コニー」
アルベルトはコニーの手を取り、握手を交わす。
「そうだ。ここで会ったのも何かの縁、よかったら僕たちと一緒に学園まで行かないかい? 女の子が夜道は危険だろう。しかも魔物の出る危険な場所だ」
「……うーん、お心遣いは嬉しいのですが一人で大丈夫です。では私はこの辺で」
そう言ってぺこりと頭を下げ、コニーはその場を後にするのだった。
「あーあ、フラれてもうたなアルベルト。サルーム一の色男が聞いて呆れるやん?」
「誰が色男ですか誰が。……しかし大丈夫かなぁ。女の子が一人で心配だよ」
「ここまで一人で来たのですからそれなりに腕は立つはず、心配は無用でございましょう。それに王族が相手では向こうも気を使うでしょうしね」
コニーを見送るアルベルトにビルビットが茶々を、シルファがフォローを入れる。
あまり気にしている様子はなかったが、知らない人がいたらやりたいことも出来ないからな。俺も似たようなものだからよくわかる。
「ロイド様は周りに人がいても好き放題やってるじゃないっすか……」
「いや、ロイド様はこれでもかなり自重しておられるのだぞ。いつも人目を気にしておられる」
「あれで……?」
「あれでだ……」
グリモとジリエルが生暖かい目を向けてくるがそれよりも、だ。
「あの子、全然魔力を感じなかったね」
レンの言葉に頷く。
そう、コニーからは全く魔力を感じなかったのだ。
普通の人間にも魔力はあり、身体から微弱に垂れ流されているものだ。
魔術師はそれを術式で操り魔術を行使し、レンのようなノロワレは術式を介さず直接魔力を用いて現象を引き起こす。
ということは考えられることは一つである。
「恐らくシュナイゼル兄さんやクルーゼ姉さんと同じ体質なのだろう」
即ち、魔宿体質である。
強力な魔力を以て生まれながらも、武に身を費やし続けたことで魔力を失い身体能力が異常に高くなるという特異体質だ。
しかしそれならもっと身体がゴツくなるはず、小柄なコニーにシュナイゼルたちのような強さがあるとは到底思えないのだが……まぁ一人でワイバーンだらけの峡谷に来ているのだし、きっと普通に強いんだろうな。
「さ、はよう良い子ははよう寝んとな。明日は早いでー」
「はーい」
ビルギットの号令で俺たちは眠りに就くのだった。




