第二王女はお金持ち
おまたせしました!
俺はサルーム王国第七王子、ロイド=ディ=サルーム。
魔術大好きな十歳だ。前世でしがない貧乏魔術師だった俺は学生時代に貴族に目を付けられ、決闘という名の私刑にあってしまう
そこで迂闊にも初めて見る上級魔術に見とれてしまい、防御を忘れて命を落とし、気づけば転生していたのだ。
王位とは関係ない第七王子という事で好きに生きろと言われた俺は、大好きな魔術を日々研究するという気ままで平穏な日々を送っている。
「いや、毎度毎度無茶苦茶してるじゃねぇですか!」
子ヤギの姿をした魔人、グリモがお茶を淹れながら突っ込んでくる。
魔界から来た魔人だが数百年前に禁書に封印され、城の地下書庫で禁書に眠っていたのを解いてあげたら使い魔になったのである。
俺としては古代魔術を教えて貰いたかっただけなんだけどなぁ。
「全くです。気ままかもしれませんが平穏とは程遠い日々ですよ」
小鳥の姿をした天使、ジリエルが運んできた本をテーブルに積んではため息を吐く。
以前天界に遊びに行った時、神聖魔術を教えて貰う際に何故か使い魔になったのだ。
どうやら地上に興味があったらしく、女の子を見ればいやらしい視線を送る困ったちゃんだ。
俺としては神聖魔術を教えて貰いたかっただけなんだけどなぁ。
ちなみに二人とも基本的には俺の両掌に取り憑かせているのだが、小間使いが欲しい時はこうして分離させている。
「ったくよぉ、魔人や天使を小間使いにしやがるなんて、とんでもねぇぜロイド様はよ。だが……へへ、いつかその身体を奪ってやるから覚悟しておけよな!」
「ふふふ、将来の我が身と考えれば多少の世話を焼く程度どうということはありません。ああっ、熱々のティーカップをそんな無造作に触ったら火傷してしまいますよ!」
二人は何やらブツブツ言っているが、いつものことなので気にする必要はない。
そんなわけで俺は普段通り読書に励んでいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「はーい、どうぞー」
「失礼致します、ロイド様」
扉を開けて中に入ってきたのは銀髪のメイド、シルファと小柄で褐色肌のメイド、レンだ。
剣技の達人シルファ、そして毒を操る能力を持つレン。二人は俺専属のメイドでいつも世話をしてくれている。
「おはよう、こんな朝早くに何の用だ?」
「はい。アルベルト様がお呼びでございます」
「アルベルト兄さんが……?」
第二王子アルベルト=ディ=サルーム。俺の兄で顔良し、性格良し、頭良しと三拍子揃った完璧イケメンだ。
サルーム王国の最有力王位継承者であり、兄姉の中で一番俺を可愛がってくれている人だ。
半月ほど前、魔物たちの大暴走を食い止める為にもアルベルトの下で副官として働かせて貰ったのである。おかげで軍事魔術や血統魔術を知ることが出来て、ホクホクだ。いやぁ持つべきものはよく出来た兄だよな。何の用かわからないが、また何か面白いことをやらせて貰えるのだろうか。
「何か急いでいるみたいだったよ」
「そうか。では行くとしよう」
レンの言葉に頷いて返すと、俺はアルベルトの執務室へと向かうのだった。
◇
「アルベルト兄さん、ただいま参りました」
執務室に辿り着いた俺は声をかけ、扉をノックする。
……が、返事がない。いないのだろうか? そう思い耳を澄ませてみると、中からは話し声が聞こえてくる。
「入りますよ?」アルベルト兄さ――」
言いかけて扉を開けた俺は室内の異様な雰囲気に気づく。
見ればアルベルトが床に座らされていた。
俯いたその横顔には何とも悲痛な表情が浮かんでいる。
……見てはいけないものを見てしまったかもしれない。思わず扉を閉めようとした時である。
「閉めんでええ、中に入りや」
重苦しい部屋の雰囲気とは真逆な明るい声に名を呼ばれた。
流石に聞かなかったことには出来ず、俺は室内に入る。
「おー、ようきたなぁロイド。久々やん」
アルベルトの前に立つ女性が俺に向かってニッと笑う。
目出し帽からはにサングラス、金のイヤリングにタイトなスカート。黒いジャケットを羽織り、その背中には虎の刺繍が描かれている。
……誰だっけ。でもどこかで聞いたような声なのだが。
俺が困惑していると、シルファがこっそりと耳打ちしてくる。
「ロイド様、ビルギットお姉様でございます」
「……あ!」
俺が小さく声を上げると、目の前の女性はサングラスを下げ、帽子を取った。
美しい金髪がさらりと肩に落ち、丸っこい目が俺を捉える。
「やーっと思い出したようやな。変装してたとは言え気づかれへんなんて、お姉ちゃんは悲しいわ」
「あーその……ごめんなさい、ビルギット姉さん」
「んむ、許す」
満足げに頷く女性を見て、グリモが念話で話しかけてくる。
「また見たことのない姉君ですな」
「あぁ、サルーム第二王女、ビルギット=ディ=サルーム。幼い頃から転売に株、先物取引に精を出し、あっという間にこの国の商会全てを支配下に置いたすごい人だよ」
生まれてすぐに金貨を握って離そうとしなかったとか、宝石をおしゃぶり代わりにしていたとか、様々なエピソードが残されているまさに金の申し子で、特にいち早く紙幣の導入した手際は他国でも高い評価を受けている。
ビルギットの作った紙幣は偽造不可能と言われており、その特許やら何やらでとんでもない利益を叩き出しているとか。
サルーム長者番付ぶっちぎりの一位で、その資金力の恩恵を受けサルームは急速な発展を遂げたとすら言われている。
変わった言葉遣いなのも、世界各地を回りすぎて言葉が混ざってしまったからだとか。……アルベルトの受け売りだけど。
「ふぅむ……眼鏡を外すと美少女という王道ギャップ! そして方言っ子というのもいい! 流石はロイド様の姉君、大したものですね……」
ジリエルは恍惚とした顔でブツブツ言っているが、いつものことなので放置しておこう。
「それにしても今回は意外と早く帰ってきましたね」
この人は当然のように忙しいので、数年に一度くらいしか帰ってこないのだ。しかし今回は最後に帰ってから一年経ってない気がする。
「理由はまぁ色々あるけど、一番はあれやな。ほれ、ちょっと前にあった大暴走」
――大暴走、ひと月ほど前にサルームを地を埋め尽くす魔物の群れが襲った大事件だ。
国が亡ぶ、なんて言われる程の危機だったが、第一王子シュナイゼルと第一王女クルーゼ率いるサルーム全軍による決死の防衛の末、何とか撃退したのである。
「ウチは忙しくて帰れんかったけど、その分よーさん金を出して援助したんよ。アルベルトに要請を受けてな」
ビルギットはアルベルトを見下ろし言葉を続ける。
「兵站、武具の修繕費、兵士たちの特別給与……その他諸々占めて一千億G$《グランドル》! 弟のよしみで貸してたけどな。寝ても覚めても返しにくる様子があらへんから、こうして取り立てに来たんや」
「貸し? さっき援助と言ってませんでした?」
「何言うとんねん。いくら兄弟でもウチの命より大事な金をただポーンと渡せるはずがないやろ。無論、貸しや。弟のよしみで無利子無担保にしたったけど、本来なら十日で二割の三十日計算で千七百二十億八千万、諸経費加えて合計二千億G$になっとるところやで」
うんうんと頷くビルギット。
「二千億って……ひと月で倍になってるじゃねぇですか! しかも諸経費鬼すぎですぜ! 何にそんな掛かってるんだよ!」
グリモが突っ込みたくなるのも仕方ない。
額が多すぎて一応王子である俺にも全くぴんと来ないからな。
「ふっ、金に縛られるとはやはり人間は愚かですね。これがビルギットたんでなければ裁きを下していましたよ」
ジリエルは何やら頷いている。
……しかし妙だな。以前アルベルトが大暴走対策に掛かる経費の試算額をチラッと見たが、それでも八百億くらいだった気がするし、それが多少増えた所で返せないはずがないと思うのだけれども。
「ロイド様、こちら数日前に出来上がった大暴走時の決済書でございます」
シルファが差し出した紙を見て俺は目を丸くする。
そこには試算を大きく超える額、1と8の文字の後、0が十個が刻まれていた。
「一千八百億!? 試算の倍以上じゃないですか!」
「その試算が大甘っちゅーことや」
俺の声に被せるようにビルギットが言う。
「アルベルト、あんたが丸投げしたピドーナ商会な。あそこは確かに大手やけど、雑に下請けに出す上にとんでもない中抜きをしよるから最終的に掛かる費用は半端やない。そこが出した下請けも最悪やな。マンゼラ武装船団は確かに大量の貨物を運べるけど、海を挟むからその分金もかかる。ギャレー傭兵団も数だけで弱兵揃いやし、ボリンダ食品は何度も食中毒を出しとる上にそれを金でもみ消しとるとんでもないトコや。本来なら足ィ使って比較しろといいたいけど、そうもいかんならヤンマー商会辺りに依頼を出しとけばよかったな。あそこはまだ良心的や。どちらにせよ方向性くらいは決めとかな、向こうも対処しづらいねん。なんにせよ丸投げはアカンで。他にも――」
怒気を強めながらビルギットはしゃべり続ける。
早口にも関わらず、不思議と頭に入ってくる語り口だ。これも商人としてのスキルというやつだろうか。
長々と語った後、ビルギットはおもむろにアルベルトを睨みつけた。
「人から借りた金をそないに適当に使っとるような奴が、国民の税金を最大限有効に利用出来るんか。ったく王族としての自覚が足りんで!」
「……申し開きもございません」
アルベルトが小さな声で答える。
「うーむ、めちゃくちゃキツい人ですな。ビルギット姉君は。まぁ一千八百億だからわからなくはねーけどよ」
「えぇ、あのアルベルト兄君が何も言い返せていません。ですが多少罵られたい気持ちも……ハァハァ」
グリモとジリエルがビルギットを見てドン引きしている。いや、ジリエルは喜んでいる気がするが……ともあれアルベルトにはいつも世話になっているし、ここは助け舟を出した方がいいか。
「あの、ビルギット姉さん」
俺は僅かに出来た言葉の隙間に、手を挙げて割り込む。
「今回の大暴走への対応、アルベルト兄さんは本当によく頑張ったと思います。準備期間から戦後処理の今まで、殆ど休まず駆け回っていました。アルベルト兄さんだからこそ、これだけの額で済んでいるんです。あの場にいなかったビルギット姉さんにそこまで言われる筋合いは……」
「ロイド」
今度はアルベルトが俺の言葉に割って入る。
「ありがとう。だがビルギット姉上の叱責は尤もだ。上に立つ者は皆の納得いく行動を取らねばならない。精一杯頑張りました、では済まないのさ。民の血税を預かる者としてその運用には細心の注意を払うのは当然のこと。普段から世間の情勢に目を向けていればこんな失態を犯すことはなかった。それに……」
アルベルトはウインクを一つして、声のトーンを落とす。
「ビルギット姉上は教えてくれているのさ。具体的にどの商会と取引をするのがいいのかをね。これだけの情報、世界を飛び回ってきたビルギット姉上にしか分かりはしないだろう。厳しく見えるけど、本当は優しい人なんだよ」
「あ……」
そういえばビルギットの説教には、合間合間に様々な商会の特徴が挟まれていた。
どこを見て、どう取引をすればいいのか、そんな話も交えてだ。
俺たちのコソコソ話に気づいたビルギットがやれやれとため息を吐く。
「……ふん、相変わらず聡いなアルベルトは。まーそういうことや。時期王位継承者第一候補とまで言われとるんやし、この位は当然知っとかなアカンやろ」
「ごもっともです」
うーん、あれだけの仕事をしてもこんなに厳しく言われるのか。大変だなぁ。
気ままな第七王子でよかったと言ったところか。
そんなことを考えていると、レンが耳打ちをしてくる。
「……ねぇロイド、ところでボクたちどうして呼ばれたんだっけ?」
完全に忘れていたが、アルベルトに呼ばれて来たんだった。
俺が思うのとほぼ同時にビルギットが手を叩く。
「おー、完全に忘れとったわ! ロイド、ちょっとこっち来いや」
「レンとシルファもだ」
ビルギットとアルベルトに手招きされ、俺たちは顔を見合わせた。
不思議がる俺たちを見てビルギットはニヤリと笑う。
「三人を呼び出した理由は他でもない。アンタら――ウィリアム学園に通うつもりはあらへんか?」




