ボスを倒しました、が……
「……! ……!」
「うおっ! な、なんだ!?」
いきなり身体を揺さぶられ、びくんとなる。
振り向くとタオが口をパクパクさせていた。
だが音が聞こえない。
そういえば『音声遮断』を使っていたんだった。
解除すると、タオの声が聞こえてきた。
「ロベルト、やっと返事したよ!」
「あ、あぁごめんごめん。集中しててさ」
「んもう、アタシがグレイウルフ倒したところ、全然見てなかったね」
タオは怒っているのか、頬を膨らませている。
ちょっと悪い事をしちゃったな。
でもおかげでダンジョンの結界については色々調べられた。
まず、このボスのいる部屋がダンジョンの心臓ともいえる部分だ。
もっと言えばボスを倒した先にある、お宝のある部屋がそうである。
ボスを生み出したり結界を張ったり、それらの出力源は全てそこからだった。
その含有魔力量は半端ではなく、術式などに頼る必要もなさそうだ。
単純に大量の魔力だけで結界や魔物の生成を行なっているように感じられた。
おそらくその栄養はダンジョンで死んだ魔物や人間、動物だろう。
魔物は死ぬとダンジョンに還っていくからな。
効率は死ぬほど悪いが単純な魔力の総量が多いから出来ることだ。
まだまだわからない事は沢山あるが、そんなところかな。
「もういいね。さっさとお宝を拝みに行くよ」
「そうだな」
ボスを倒した先にはお宝があるらしい。
奇しくもダンジョンの心臓部と同じなんだな。
ということはお宝が核なのか? いやそれもおかしいはず――
「止まれ、タオ!」
突如、濃い魔力を感じ取った俺はタオの手を引く。
「あんっ♪ い、いきなりどうしたねロベルト? いくらなんでもこんなところじゃ……」
何か言いかけたタオの眼前を、黒い刃が通り過ぎる。
あれは闇系統魔術『死刃』か。
確か魔物が好んで使う魔術、だっけ。
「え……ボスは倒したのに、どうしてある……?」
「どうやらまだ、何か残っているようだな」
注意深く目を凝らすと、『死刃』を撃ってきた敵の姿が暗闇に浮かび上がる。
――それは、人の頭骨。
骸骨が黒いボロボロのフードを被り、魔術師のような格好をしている。
「あ、あれはリッチある!」
「おお、リッチというとかなり高レベルの魔物じゃなかったか?」
タオは無言で頷く。
魔物図鑑によるとリッチとは魔術を使うアンデッド系の魔物らしい。
タオが『気』を感じ取れなかったのはそれが原因だろう。
俺は魔力で感じ取ったから気づいただけだ。先刻から感じていた妙な魔力、こいつだったのか。
かなり高レベルで、注意すべき魔物の一種だとか書かれていた気がする。
だがそんな魔物が何故、こんなところに?
「……恐らくあのリッチ、はぐれね。それがここに迷い着いて根城にしたよ。……最悪」
タオは憎々しげに呟く。
はぐれとは、理由あって元いたダンジョンを出た魔物の事だ。
ダンジョン消滅かはたまた自らの意思か……ともあれそういった魔物は地上で生活したり、また他のダンジョンに潜ったりする。
だがここまでレベル差がある魔物がいる事は滅多にないらしく、遭遇した場合はパーティ全滅の危機だとか。
「ここはアタシに任せて逃げるね。アタシの身のこなしなら奴の魔術もある程度躱せる。ロベルトが逃げる時間くらいは稼げるはずよ」
「タオはどうするつもりだ?」
「心配無用、アタシはなんとかして逃げるね。だから早く!」
言うが早いか、タオはリッチに向かって駆け出す。
おっ、面白そうだ。逃げたふりして観戦しよう。
俺は物陰に隠れ、戦いの様子を見守ることにした。
黒い刃を避けながら、『気孔弾』を放つ。
だがリッチは魔力障壁を展開し、それを防ぐ。
「チ――」
舌打ちをしながらも、タオは魔力障壁へと突っ込んでいく。
呼吸は深く、踏み込む足で地面が揺れた。
ずがん! とてつもない衝撃音が鳴り響く。
見れば魔力障壁にひびが入っていた。
――『気』を込めた掌底だな。
あのレベルの魔力障壁に素手で傷をつけるなんて大したもんだ。
更に、タオは流れるように肘打ちを放つ。
そこから左鉤突き、裏拳、手刀、回し蹴り、それらは全て最初の一撃と寸分違わぬ場所へ打ち込まれていく。
タオは止まらない。そしてひびは更に大きく、深くなっていく。
「こんなところでは死ねないある! アタシは五歳の頃から毎日毎日鍛錬を続けてきたね。雨の日も、雪の日も、休まず、毎日! 彼氏も作らずよ! そんな、そんな努力を積み重ねてきたアタシが! こんなところで彼氏も作らず、死ねるかーーーっ!」
一拍置いての飛び膝蹴り、魔力障壁が砕け散り、ぽっかりと穴が開いた。
あ、でもマズいな。隙だらけだぞ。しかもリッチもぼおっとしていたわけではない。
カタカタとリッチの乱杭歯が揺れる。
魔術の詠唱だ。黒い閃光がタオを包む。
「しまっ――」
どおおおん! と爆発が巻き起こる。
吹き飛ばされたタオが地面に落ち、何度か転がった。
ぐったりしている。やばそうだ。
「タオ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
タオは苦しげな表情で顔を上げ、目を開く。
「う……な、何故戻ってきたね……?」
実は逃げてなどおらず、近くで観戦していたとはとても言えず口を噤む。
「もしかしてアタシの為に……? ……んもう、バカあるな。……でも、いいよ。ロベルトみたいなイケメンと一緒に死ねるなら本望ある……」
そう言って、俺から顔を背けるタオ。
「っておいおい、もう諦めるのか?」
「もう駄目ある。身体動かないよ。それに動いたとしても、リッチ相手に勝てるわけがないね……」
「何言ってるんだよ――」
俺の言葉にかぶせるように、黒い閃光が辺りを包む。
背を向けていた俺たちに、リッチが魔術を放ってきたのだ。
ぎゅっと目を瞑るタオ。直後、衝撃波が俺たちを襲う――
――事は、なかった。
俺の張っていた魔力障壁がリッチの魔術を防いだのだ。
恐る恐る目を開けたタオは、不思議そうに目をぱちくりしている。
俺は立ち上がると、リッチを真っ直ぐに見据えにやりと笑った。
「――ここからが楽しいんじゃないか」