どうやら押されているようです
その場をビルスらに任せ、俺は『飛翔』でシュナイゼルの元へ向かう。
上空から見下ろすと、そこかしこで激しい戦闘が行われている。
「どうも押されてやすね。こっちも頑張っちゃいるが、やはり敵の数が多すぎるみてぇだ」
「えぇ、まだ辛うじて戦線は維持できていますが、このままではいつか突破されてしまいますよ」
二人の言葉はもっともだ。
魔物はどんどん来ているし、今は何とか耐えられていてもいずれは限界が訪れるだろう。
しかしそれはシュナイゼルも想定済みなはず。
何らかの手を講じてはいるだろう。また何か面白そうな軍事魔術が見られるのだろうか。ワクワクするな。
◇
「一体どういうことですか!? シュナイゼル様っ!」
天幕に入るや否や、怒鳴り声が響く。
見れば第四部隊の隊長、ガーフィールがシュナイゼルに詰め寄っていた。
「我ら第四部隊は今、決死の覚悟で防衛を行なっていますが、敵の数が多すぎるのです! 耐え忍ぶだけでは限界がある! ですからどうか援軍、もしくは何か良い策を授けて下さいませ!」
すがるような言葉に、シュナイゼルは落ち着いた口調で返す。
「耐えろ」
「……っ!」
言葉を失ったガーフィールは、拳を思い切りテーブルを叩きつけると天幕から出て行った。
まさに怒り心頭と言ったところだろうか。
策もなし、援軍もなしではあぁなるのも無理はないかもしれない。
俺はこそこそとシュナイゼルの近くに行き、声をかける。
「えーと、シュナイゼル兄さん? 何の手も考えてないってことはないんですよね?」
「無論だ。策とは十重二十重に張り巡らせるもの。その為には他の兵力を動かすわけにはいかぬ。無茶な仕事だ。奴が憤るのも無理はないが第四部隊にはあのままで耐えてもらうしかない」
「……多分、そこまで言えば納得してくれたと思いますよ」
「気休めで確実でないことを言うわけにはいかん」
シュナイゼルは毅然とした口調で言う。
うーん、自分にも人にも厳しい人だ。
こういう人の心の機微を汲み取ったりなんかはアルベルトが上手いのだが、シュナイゼルは苦手なようである。
まぁ、俺も人のことは言えないんだけれど。
ともあれガーフィールも誤解しているかもしれないし、フォローしておくか。
天幕から外に出ると、ガーフィールが苛立った様子で葉巻をふかしているのが見えた。
「ガーフィール。丁度よかった。シュナイゼル兄さんはけして策がないわけでは――」
「わかってますよロイド様」
言いかけた俺の言葉をガーフィールは遮る。
「シュナイゼル様は聡明な方だ。援軍が出せないのであれば、それは出せない理由があるからなのでしょう。私もあの方との付き合いは長い方ですから、何の手立ても用意してないなどありえないのはよく知っています。なのに焦るあまりに私は……全く自分でもこの短気さは嫌になりますよ。はは」
ガーフィールは苦笑すると、煙草を消して前を向いた。
その目からは迷いの色がすっかり消えていた。
「さて、総大将の命令だ。しっかり守るとしましょうかね」
ガーフィールが持ち場へ戻ろうとした時である。
「た、大変です! ガーフィール様!」
早馬で駆けてきた兵士が、転がり落ちるようにして馬から降りてきた。
呼吸を整えるのもほどほどに、言葉を続ける。
「門が……門が破られそうです!」
兵に連れられ向かった先、門の内側がよく見える高台では兵たちが眼下に向かって矢を射掛ていた。
そこでは門を守る兵と魔物との激しい戦いが行われている。
「ありゃあオニザルですな。身軽な上に手先が器用で、切り立った崖でも平気で登るような連中でさ」
「単独の戦闘力は大したことはありませんが知能が高く、組織だった行動を生かし小さな城なら簡単に落としてしまう危険な魔物です。恐らく崖を登ってきたのでしょう。……しかし妙です。奴らは高い知能を持つが故に理に聡い。門を内側から開けるなどという危険な役目を行うとは思えませんが……」
他の魔物の為に危険を犯すとは考えにくい、か。
確かに賢い奴ほど臆病なものだからな。
しかもこの状況、結構厄介だぞ。
敵味方入り乱れているので俺が魔術を使えば巻き添えにしてしまうしからな。
「ええい! 矢を撃ちまくれ! 門が開いたらおしまいだぞ!」
「し、しかし奴ら倒れた兵から兜を奪っており、矢も効果が薄れつつあります!」
「ぬ、ぐぅ……っ!」
このままだとヤバそうだ。
よし、ここは頭を潰す作戦でいくか。
この手の知能が高い魔物は、頭を叩けば散り散りに逃げてしまうものである。
あそこにいる如何にもボスっぽいあいつに狙いを定めて……
「『火球』」
羽飾りをしてふんぞり返っているオニザルに向けて、『火球』を放つ。
狙いすました炎はオニザルの脳天を貫いた。
崩れ落ちるボスを見て騒ぎ立てるオニザルたち……だがそれも一瞬。
一匹のオニザルが落ちていた羽飾りを手に取り、自分で被る。
「ウギッウギッ! ギギィーーーッ!」
そしてまるで自分が次のボスだとでも言わんばかりに、高らかに吠えた。
「奴らの群れには明確な序列があり、ボスが倒れてもその次の者がすぐにその座を受け継ぐんですぜ」
「ならボス候補を全員倒せばいいんだろ?」
新たにボスとなったオニザルに『火球』を放つ。
だがボスオニザルはさっさと味方に紛れてしまった。
くっ、隠れたか。これじゃ狙えない。
「仕方ない。纏めて倒すか。グリモ、ジリエル、魔力障壁で兵をガードしろ」
「む、無理っすよ! これだけ入り乱れてて、兵だけを守るなんてとても出来ねぇ!」
「そうですよ。ただでさえロイド様の魔術は威力がありすぎるのですから」
流石にこういう事態までは想定してはいなかったからなぁ。
降りて行って白兵戦をするって手もあるけど、それじゃ目立ちすぎるし。
どうしたものかと考えていると、後方から何かが近づいてくるのが見える。
「進め進め! 門を守るのだ!」
先頭に立っているのは、アルベルトだ。
傍にマルスとシルファの姿も見える。
さっき上空から見た限りでは、戦場はどこもしっちゃかめっちゃかでシュナイゼルですら兵を大きく動かせる状況ではなかった。
ということはマルスはこうなることを予測し、予め配置していたのだろう。それしか考えられない。
うーむ、恐るべしマルスと言ったところか。
突然後方から兵に混乱したオニザルたちを、門を守っていた兵が攻め立てる。
それが挟み撃ちの形となり、オニザルたちは瞬く間に数を減らしていった。
「こりゃロイド様の出番はなさそうですな」
「マルスとかいう男がこちらを見ていますよ。何か合図を送っているようですが」
気づけばオニザルたちは一か所に集めてられていた。
そう誘導したのだろう、マルスがこちらを見てウインクを飛ばしてくる。
俺にやれ、と言うことか。やれやれ、別に花を持たせてくれなくてもいいんだけれど。
「ロイド様、これだけ隔離してくれてれば魔力障壁で余波は防げますぜ!」
「思い切りやってください!」
そこまでお膳立てをしてくれるならと、やるとするか。
とはいえ思い切り、なんて出来るはずもない。
俺はオニザルを殲滅出来る程度に加減して『火球』を放つ。
オニザルの群れに放たれた炎は、ごおう! と天高く燃え上がった。
轟々と燃え盛る炎の威力は『火球』の域を遥かに超えており、その場の全員がそれを見上げていた。
……しまった。完全にやりすぎた。
どうも先刻血に刻んだ術式が強く作用しすぎるようである。
今までよりもう一段、手加減をしないといけないな。
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