山側を支援します。中編
「ここを捨てて更に下がる、ですと……?」
ビルスの言葉のその場の者たちがざわめく。
「し、しかしここを捨てれば傾斜の有利は敵側に奪われてしまう! そうなれば戦線の維持は不可能だ! ……もしや前線のみを残して、後衛だけを下がらせるのですか? それなら狭い頂上でも全兵力を配置するスペースがある」
「いいや、全部隊を全力で下がらせる」
「な……!?」
フリーゲルは完全に声を詰まらせている。
「ど、どういうつもりだ! ここを通せば魔物は門を抜けてしまう! そうなればもはや守り切れませんぞ!」
「ギャハハ! 落ち着けよオッサン!」
「そうだぜェ? イライラしてるとハゲちまうぞォ?」
「き、貴様ら……!」
興奮するフリーゲルの肩を山賊たちが叩いている。
俺はここへ来る際に見た周りの景色を思い出していた。
ふむ、なるほどここを捨てる……か。ビルスの考えがわかってきたぞ。
俺はしばし考えて頷く。
「わかった。それじゃあここは捨てて退却しようじゃないか」
「な、ロイド様ぁ!?」
俺の言葉にフリーゲルは今日一番の驚愕の顔を浮かべていた。
◇
「はーっはっはァ! 走れ走れ!」
「ひぃぃーーーっ!」
山賊たちに追い立てられながら、第三部隊が山の傾斜を駆け下りていた。
「オラオラ! そんな気の抜けた走りじゃあ追いつかれちまうぜ!」
「し、しかし木々が多くて邪魔で……」
「甘えてんじゃねェぞ! 走れ走れ!」
皆、血相変えながら走っている。いやぁ、大変だなぁ。
俺は『浮遊』で身体を浮かせ、魔力障壁で全部へし折りながら滑るように降りているので問題はないのだが。
「ロイド、そろそろ森を抜けるよ!」
そんな俺よりも更に先に行っていたタオが声を上げる。
バキバキバキ! と密集して生えていた木々を粉砕した直後、視界が開けた。
「おおー、思ったよりもかなり深い渓谷だな!」
切り立った崖の向こうは深い谷となっており、落ちたら二度と上がって来られなさそうだ。
しかも距離も長く、崖向こうまでは三十メートルはあるだろうか。
並の魔物では飛び越えるのはとても無理だろう。
そして一本だけ掛けられている橋を渡り切れば、後はここを渡る術はない。
更にこの坂道、僅かな魔力の痕跡があるな。
よく見てみるとこの辺りだけ足元に転がる石が石が小さかったり、木々が細くなったりしてまるで道のようになっている。
これは山の一部分を『荒廃』などの軍事魔術で均しているのだな。土地を枯らす魔術にこんな使い方があったとは。流石シュナイゼル、見事な策略だ。
「なるほど、ここに誘い込めば魔物どもを一網打尽に出来る……全軍退避しろとはこういうことだったのですな! 流石でございますビルス殿!」
「つーかこんなの現場を見てれば誰でもわかるだろ。シュナイゼルとやら、王子にしておくには惜しいタマだぜ」
「なんと……シュナイゼル様もお人が悪い。それなら最初からそう言ってくれればいいものを……早速橋を渡ってしまうとしましょう」
安堵するフリーゲルだが、ビルスは難しい顔をしている。
「……そう簡単な話じゃねェのさ」
「どういうことです?」
「説明してる暇はねェ! おら、さっさと全員渡らせろ!」
「ひいっ! け、蹴らないでください!」
どういうことだろう。何か問題があるのだろうか。
俺にもわからないまま、隊の者たちは橋を渡り始めた。
「急げ急げ! 魔物どもに追いつかれるぞ!」
「しかしこの橋、結構揺れるぞ!? な、中々進めぬ!」
「オラオラ! 何をトロトロしてんだ! 早く進まねェと蹴り落としちまうぞ、ギャハハ!」
ビルスの指示の元、山賊たちが兵たちを追い立てている。
慌てて落ちそうになる者もいるくらいだ。
「なぁビルス、ここまでして急がせるのは何故だ? 魔物たちはまだ山の大分上にいるじゃないか。そう追いつかれるとは思えないんだけど……」
「こんな狭い谷じゃ魔物を防ぎ切れねーからな。さっさと渡って迎撃態勢を整えねーとよ」
俺の問いにビルスは真剣な表情で答える。
十分広いと思うが……ともあれただの憂さ晴らしで急かしているわけではないようだ。
よし、ここは俺が一肌脱ぐとしよう。
「ほっ」
俺はまだ渡ってない兵たち諸共『浮遊』を発動させる。
「うわっ!? なんだぁ!?」
そして俺を含めた全員で、まとめて向こう岸へと飛んだ。
着地した兵たちもビルスも、あんぐりと口を開けている。
「……今の、もしかして魔術か? ったくとんでもねぇな」
「『浮遊』はそこまで難しくないし、大したことはないよ。それより急いでるんじゃないの?」
「おっとそうだったぜ。よぉしテメェら! 弓と槍を持って崖に並べェ!」
困惑気味に顔を見合わせながらも、兵たちは弓や槍を手に岸へと並ぶ。
谷へ向かって槍を突き出し、弓を向け、皆一体何を倒すつもりなのだろうといった呆け顔をしている。
「ボサッとしてンなよ。……来るぜ」
どどどどど、と地鳴りが聞こえてくる。
後は崖の向こう、山からだ。
魔物たちが山を駆け下りてきているのだ。
「おおっ! すごい勢いだぞ! ふふ、馬鹿な魔物どもめ、それでは止まれまい。そのまま谷底へ落ちてしまうがいい」
「……」
含み笑みを浮かべるフリーゲルと反対にビルスは厳しい表情だ。
何かが起きるとでもいうのだろうか。
がさっ、と草むらが揺れた。直後、飛び出してくる大きな豚の魔物。
「プギィィーーーッ!」
鳴き声を上げながら落ちていく豚の魔物、次々と魔物たちは出てきては谷底へと落ちていく。
しかも谷底に落ちた魔物を尖った石が貫いている。
あれもまた軍事魔術による地形変化か。まさに狩場、シュナイゼルの策が見事にハマったな。
「ふはははは! 見ろ、敵がまるでゴミのようではないか! 素晴らしいぞビルス殿!」
「どうでもいいが、気ィ抜くんじゃねーぞ」
「はっはっは、ビルス殿は心配性だな。我らはこのまま何も手を下さずとも、見ているだけで……」
言いかけたフリーゲルの顔が固まる。
茂みから飛び出してきたのは巨大な鷲の魔物だった。
「クワァーーーッ!」
「は、早く居ろ! 射落としてしまえーっ!」
慌てて弓を構えさせ、鷲の魔物に向かって矢を放つ。
矢を受けながらも怯むことなく突進してくる鷲の魔物に、兵たちは怯え竦む。
「うわああああああっ!」
気合半分ヤケクソ半分で突き出した槍が、鷲の胴体を貫いた。
鷲の魔物が弱々しく落ちていくのを見て安堵する兵たち。
「おいおい、こんなもんじゃ終わらねーぞボケども。前見ろ前」
鳥型の魔物だけではない。
虎や獅子の魔物が谷を軽々と飛び越えてくる。
狼の魔物が僅かな岩を足場に跳んだくる。
猿の魔物が谷を登ってくる。
「う、撃て撃てーーーっ!」
兵たちはパニックになりながらも突破してきた魔物たちに矢を射かけ、槍を突き出しまくる。
なんとか布陣が完成していたので、慌ただしくも魔物が突破してくることはない。
あれだけ急がせていた理由はこれか。
魔物の種類は多種多様、谷を乗り越える手段を持つものも少なくないという訳だ。
「谷底に魔法を放て! 落ちた魔物を足場にして渡って来るぞ!」
サイアスが魔術兵に命じて『火球』を放たせる。
だが魔物の数が多すぎて、焼き切るには至っていない。
「レン、火が燃えやすくなる薬を生成出来るか?」
「お安い御用だよ」
レンが谷底に手をかざすと、甘い匂いが漂い始める。
それはゆっくり下に降りていき……炎と接触した瞬間、爆発的に燃え始めた。
恐らく濃度の高い酒を生み出したのだろう、炎は谷底で燃え上がり魔物たちを焼いていく。
矢や槍を潜り抜けてきた魔物は、タオが処理している。
「ククッ、綱渡りだがなんとかなってるじゃねェかよ。せいぜい気張れよ野郎ども」
「んがーーーっ! ビルス殿も手伝ってくだされーーーっ!」
駆け回るフリーゲルを見てビルスは笑っている。
確かにこのままなら魔物を全滅させられそうだな。
「ロイド様、なんでちょっと残念そうなんですかい?」
「そ、そんなことはないぞ!」
確かにこのまま終わればサイアスの血統魔術も見られなさそうだし、ほんの少しだけ残念に思ってはいたけれど。ほんの、ほんの少しである。
「む、何か妙な魔物が谷底へ落ちましたよ」
ジリエルがそう言った直後、ずずん! と足元が揺れた。
見れば谷底からは激しい蒸気が上がっている。
おっ、何が起こってんだ?
その中心を『透視』で見てみると、真っ白な兎がそこにいた。
「ありゃあユキウサギですぜ! 強烈な冷気を纏った高位の魔物でさ!」
「……マズいですね。そこらの炎魔術で倒せる魔物ではありませんよ。それどころか折角の炎が鎮火していきます!」
ふむ、纏った魔力を性質変化させ、冷気にしているよか。
しかも炎をかき消す程の強力な冷気を生み出すとは、すごい魔物もいたもんだ。
捕獲してどの程度の冷気を生むのか試したいけれど……流石に今はそんな場合じゃないな。
それに――
「ユキウサギか。お前ら下がっていろ。奴にはまともな攻撃は効かん」
サイアスが黒い革手袋を外し、前に出る。
「私が仕留める」
その手には、今までのサイアスからは感じたことのない魔力が渦巻いていた。
おおっ、ついにやる気のようだな。ようやく血統魔術が見れそうである。
いつも読んで下さりありがとうございます。
10/1に原作四巻が発売しております。大分改稿しており楽しめるかと。
続刊の為にも協力していただければ幸いです。よろしくお願いします。




