山側を支援します。前編
「あれ、どこへ行くんだサイアス?」
クルーゼへの支援が終わり、いったん戻ろうとしているとサイアスが来た方とは逆の方角へ向かおうとしていた。
「山に陣取っている第三部隊の支援に向かうのだよ。見ろ、魔物たちは門だけでなく両脇の山へ向かっているのもいる。その左側、第三部隊が守る山は傾斜が緩く魔物が多い。激しい戦闘になっている。私が行かねばまたアンデッドとなって復活し、戦線が崩壊するだろう。……それに、ここではロイドに見せ場を持っていかれてしまった。レビナント家の誇りを汚したまま帰るわけにはいかんからな」
後半ブツブツ言ってて聞きとれなかったが、前半はサイアスの言う通りだ。
気の使えないであろう他の部隊にこそ、俺たちが行かねばならない。
それに今度こそ、サイアスの血統魔術をみられかもしれないし。
「じゃあ俺も行くかな」
「えっ!? き、君も来るつもりなのか? だったら第四部隊の方に……」
「あっちは戦闘になってないじゃないか。さ、急ごう」
何故か嫌そうなサイアスと共に俺たちは山へと向かうのだった。
◇
「それにしてもビルスと言ったあるか? アナタみたいな野蛮人が子供のロイドに大人しく付き従うとは意外ね」
移動中、タオがビルスに話しかけている。
「ハッ、兄貴は甘ちゃんな所があるからな。あの坊主に部下どもを率いるだけの器があるか、俺様がしっかり見極めねェとな」
ため息を吐くビルスを見て、タオが噴き出した。
「あはは! ビルスは意外と苦労人あるな。でも心配いらないある。ロイドの凄さはすぐにわかるね」
「だといいがねェ……おっと、次の戦場が見えてきたぜ」
ビルスの言う通り、戦闘の跡が見え始めた。
山での戦いは遠くで見たよりも遥かに激しいようで、そこらに死体がゴロゴロしている。
このままではアンデッド化してしまうので、焼きながら第三部隊との合流を目指す。
「おい、あれじゃねェか?」
前の方を歩いていたビルスが戦闘中の部隊を見つけたようだ。
数人の兵士たちはどうやら取り残されているようで、魔物の群れに囲まれている。
「チッ、しゃあねェな雑魚どもが。野郎ども、蹴散らすぞオラァ!」
ビルスは山賊たちを率いて飛び出すと、あっという間に魔物の群れに突入した。
「くっ、我々も遅れるな!」
サイアスも慌てて飛び出し、戦闘に参加する。
後方から突撃を受けた魔物の群れはあっという間に崩壊し、散り散りになっていく。
「大丈夫だった?」
戦いが終わって兵たちに声をかけると、慌てた様子で頭を下げてきた。
「これはロイド様! 危ないところを助けていただき、まことにありがとうございました!」
「チッ、助けたのは俺たちだぞボケども」
「そ、そうであったか! これは失礼致した」
「お頭ァ、兵隊どもが俺たちに感謝してるぜ! ギャハハ! 気分いー!」
はしゃぐビルスたちを放置し、早速本題に入る。
「それより本隊はどこに行ったんだ?」
「……本隊は、現在撤退中でございます。我々は殿を務めておりましたが敵に捕まっていたのです」
苦虫を噛み潰したように兵は言う。
「おいおい、ここは既に山頂付近だぜ? これ以上下がっちまったら……」
「えぇ、現在本隊は山の頂上……絶対防衛線が敷かれてある場所です」
見上げる先、山の頂では白い煙が上がっていた。
◇
「ここが絶対防衛線である! 繰り返す! ここが絶対防衛線だ! 絶対に抜かれてはならぬぞ! 死守だ! 死んでもこの先は進ませるな! 繰り返す……」
「おーおー、盛り上がってるねェ」
山の頂上に近づくにつれ、怒声が響き始める。
第三部隊隊長、フリーゲルが何度も声を上げていた。
「フリーゲル隊長!」
「おお、無事であったか貴様ら! ……はて、こちらの方々は?」
「第七王子ロイド様の部隊です。我々が囲まれていたところを助けていただきました」
「何と! 援軍に来て下さったのか! これはありがたい! おおーーーい! 皆、援軍が来て下さったぞぉーーーっ!」
「うおおおおおーーーっ!」
大歓声を上げる兵たちだが、こっちは二千もいないんだけどなぁ。
正直そこまで力になれるとは思えないぞ。
「ささ、どうぞこちらへ。お疲れでしょう。今のうちに休息して下さい」
テントに案内された俺たちは豪華な食事を用意されていた。
「ぐぁふぐぁふ、いいもん食ってるじゃねェかよ。余裕があるねェ」
「んもふんもふ、これはオーク肉あるね! 魔物肉は種類によっては最高級の食材よ」
「……二人とも、少しは味わって食べてよね」
ちなみにレンも手伝ったらしい。
日々シルファから習っているだけあって、料理の腕はかなりのものになっている。
「腕を上げたな、レン」
「えへへ、そお? えへへへへ」
何やら嬉しそうにしているレンは置いておいて、俺はフリーゲルに尋ねる。
「……さて、色々聞きたいところだけれど?」
「はい……最初こそ傾斜の有利のおかげでこちらが優勢でしたが、敵の数に次第に押され、ジリジリと前線を下げられて気づけばここまで押し込まれてしまったのです。何とか無理やりにでも士気を上げて守り切ろうとはしてはおりましたが……」
「ハッ、気合で守れるなら世話ねェな」
「返す言葉もございません。シュナイゼル様が専守防衛に努めろと言った理由が今更ながら理解出来ましたよ」
ビルスにそう言われ、がっくりと項垂れるフリーゲル。
実際、第三部隊の兵はかなり減っていた。
道中に見た魔物の数と比べるととても守り切れる数ではないだろう。
「ていうかロイドが本気を出せばどれだけ魔物がいてもすぐに倒せるんじゃない?」
「それは無理だよレン。魔力兵をかなり出しているからあまり強い魔術は使えないんだ」
「……本当かなぁ」
何故か訝しんだ目で見てくるが、本当である。
多重合成魔術も大規模魔術も使えないので広域殲滅は行えないし、常時展開している多重魔力障壁もいまはたったの三枚。
最上位魔術くらいなら何とか使えるが、威力も弱まっているので、せいぜい魔物数百匹をまとめて消し飛ばすのが精々である。
「いや、十分すぎると思いやすがね……」
「そもそも最上位魔術をまともに使える人間なんて、そうはいませんよ」
何故かグリモとジリエルがドン引きしているが、気のせいだろう。
そんなことを言ってると、フリーゲルが俺に頭を下げてくる。
「ロイド様! あなたの下には帝国最強の軍師と言われたマルス=ビルギットがいるのでしょう? 彼であればこの窮地を脱することも可能なはず! どうかお力を貸してくださいませんか!?」
「マルスに、かぁ……」
隊を離れる際、マルスは俺に言った。
――もし私の知恵が必要になった時にはビルスを頼ってやってください。私が軍師として一から鍛え上げ、その上山賊としての経験も積んでいる。山での戦いではきっと私よりもお役に立ちますよ。――と。
……もしかしてこうなることを見越していたのだろうか。だとしたら恐るべしマルスである。
「なぁビルス、お前ならこの状況、どう切り抜ける?」
「んーそうだなァ……」
ビルスは俺の問いに頭をガリガリと掻いて考えた後、口もとに笑みを浮かべて言った。
「俺ならここを捨てて引く――かね」
いつも読んで下さりありがとうございます。
10/1に原作四巻が発売しております。大分改稿しており楽しめるかと。
続刊の為にも協力していただければ幸いです。よろしくお願いします。




