前線を支援します。前編
そして、夜が明ける。
シルファに支度されていると、天幕を開けてアルベルトが現れた。
「おーいロイド、起きてるかー」
「おはようございますアルベルト兄さん。もう出撃ですか? 少し早いようですが……」
「今から会議なんだが、本来は僕だけだったんだが、ロイドも連れて来るよう言われてね」
「俺を、ですか? うーん、どうしてでしょう……?」
「さぁ、どうしてだろうねぇ?」
アルベルトが俺を見てニヤニヤしている。
何か心当たりでもあるのだろうか。わからん。
「マジでわからねーんですかいロイド様……」
「それほど評価されているということでしょう。喜ばしいことです」
特に評価されるような事をしたつもりもないのだが。
ともあれ呼ばれた以上、断るわけにもいかないか。
俺はアルベルトに連れられ、シュナイゼルの待つ天幕は向かう。
沢山の天蓋が並ぶ中、一際大きい天蓋の中に足を踏み入れた。
「アルベルトただいま参りました。ロイドも一緒です」
「失礼致します」
アルベルトに続いて中に入ると、シュナイゼルを中心に数人の将たちが俺たちをじっと睨みつけてくる。
重苦しい雰囲気だ。場違い感がすごい。
「よっ、二人ともよう来たのう」
そんな中、クルーゼ一人だけが空気を読まず俺たちに声をかけてくる。相変わらずマイペースな人だ。
「何故ロイド様が……?」
「今から大事な会議だと言うのに……」
俺を見た他の将軍たちがどよめく。
「おぬしら、少し静かにしておれ」
それをクルーゼが咎めると、皆は慌てて口を噤んだ。
静かになったところでシュナイゼルが机の上に地図を広げる。
「では配置を伝える」
地図に駒を次々と並べていく。
門の前列にクルーゼ率いる第二部隊。
門の上にシュナイゼル率いる第一部隊。
門の両脇に第三、第四部隊。
そして後方、予備隊としてアルベルト率いる第五部隊が置かれた。
「魔物は大陸門に真っ直ぐ向かってきている。第二部隊が前線を維持している間に、第一部隊が後方支援で叩く。第三、第四部隊は戦力を維持しつつ支援に回れ」
「……我々は待機、ということですか?」
「相手は魔物、考えなしに突っ込んでくるでしょうし、わざわざ待機する意味が見えませんが……」
第三、第四部隊の隊長が抗議するが、シュナイゼルはそのまま言葉を続ける。
「物見に探らせたが魔物どもはどこか妙な動きをしている。真正面からぶつかるのはリスクが高い」
「しかし第二部隊だけであの数を受け止められるとは思えません!」
「そうです! それに折角門があるのですから、もっと有効利用すべきですよ!」
抗議しかけた二人だが、シュナイゼルが睨むとそれ以上言い返せずに黙ってしまった。
「はっはっは! 相変わらず慎重じゃのー。まぁ此度の大暴走は規模が違う。門に引きこもっておっても、奴ら仲間の死体を階段にして越えてくるかもしれんしの。……よかろう、我ら第二部隊が魔物どもに先制大打撃を与えようではないか!」
「頼むぞ」
クルーゼの言葉に小さく頷くシュナイゼル。
性格の違う二人だが、互いへの確かな信頼を感じる。
「シュナイゼル兄上、僕たちはどうすればいいのですか?」
「第五部隊は遊撃だ。便宜上後方待機だが、何かあれば私が適宜指示を飛ばす。特にロイド、覚悟しておけ」
「なるほど、それでロイドを呼んだというわけですね」
「うむ」
何やら二人で納得しているが、一体何がなるほどなのだろう。俺は自由にやりたいのだが、こき使われそうである。
そんなことを考えていると慌てた様子の兵士が飛び込んできた。
「た、大変ですシュナイゼル様! 魔物の群れが……!」
「来たか」
シュナイゼルはそう短く呟いて立ち上がる。
「行くぞ、我らの双肩にサルームの未来がかかっている」
「おおおおおおお!!」
全員それに呼応するように立ち上がると、気合いに満ちた声を上げるのだった。
◇
丁度各々が配置に付いた辺りで戦闘が始まった。
「うわぁー、これはすごい数だなぁー」
魔力板に映し出された戦闘光景を見て俺は感嘆の声を漏らす。
これはゼロフとディアンが共同開発した魔道具で、遠くの光景を映し出すことができる。
通信にも使えるということで、今回の戦場に多数持ち出されているのだ。
ずどおおおおおっ! と光の帯が魔物の群れを横断するように走り、その直後大爆発が巻き起こる。
あれは俺が以前製作に協力した大型ゴーレム、ディガーディアの砲撃だ。
五軍の最後尾には火力特化装備に換装したディガーディアが配置されており、砲撃にて支援を行なっている。
「ふむ、長距離魔力砲の威力は上々と言ったところか」
「かなり重量があるので本来の機動力は二割も出せませんし、次弾装填にも時間はかかりますが、移動砲台としては十分でしょう」
ディガーディアが砲撃するたびに敵の塊を吹き飛ばし、敵陣に大きな穴が空く。
正面で戦っているクルーゼ率いる第二部隊の攻撃も凄まじく、突撃のたびに魔物たちが吹っ飛んでいる。
それは比喩ではなく実際にの話だ。
まるで急流……相手の攻撃をいなし、自軍の流れに巻き込んでいき、そして今まで溜めていた力をぶつけて食い破る。そんな戦い方だ。
「あの軍恐ろしく強いね。多分ほとんどの兵が気を使えるよ。特にあの将、皆の気を一つに束ねて敵の弱い所にぶつける戦い方はアタシの国でも真に強い将しか出来ないことある。それがこの国にもいるなんて、世界は広いね」
タオがクルーゼの戦い方を見て、唸り声を上げている。
そういえばクルーゼは若い頃に武者修行と称して世界を回り、名だたる猛者たちと戦ったことがあるとか聞いたことがある。
タオの故郷へ行って気を学んでいてもおかしくはないか。
「おおおーーー! 我が軍が押しているぞ!」
「流石はクルーゼ様だ!」
「おいおい、まだ始まったばかりだぞ」
それを見て盛り上がる兵たちを、アルベルトが嗜める。
とはいえ状況がいいに越したことはない。
アルベルトの顔にも余裕と安堵の色が見える。
「……ん、何かおかしくねーですかい?」
魔力板を見ていたグリモがぽつりと呟く。
「さっきからどーも違和感があったんだがよ、あるはずの死体が消えてやがるんだ。それも塊単位でゴソッとだ」
「ふむ、気のせいでないとすると……共食いではないのか?」
「いいや、そんな様子はねぇ。何かが起こってやがるぜ……?」
確かに、何となくの違和感は俺も感じていた。
魔物の大暴走は基本、暴力性の高い大型魔獣や昆虫種が多いはずなのだが、今回のそれは妙に不死種族が多い。
グリモの言葉と何か関係があるのだろうか。
注意深く見ていると、倒れていたはずの魔物の死体が動いた。
独特の魔力を感じるな。どうやらアンデッドとして復活しているようだ。
「あれは死霊魔術だな」
死霊魔術とは死体や霊体を操る魔術である。
厳密にはそれだけではないが……まぁ基本的にはそういうものだ。
効力として、というよりは道徳的な問題で禁忌とされており、俺もあまり手を出してない。
流石に夜な夜な墓荒らしをするのは手間がかかるし、第七王子である今の俺には見つかった時のリスクが大きすぎる。
それにあれは術者の能力よりも媒体の方が重要なのでこちらで弄る所があまりなく、イマイチ面白みに欠けるんだよな。
以前に少しやってことはあるけれども、最近は全く手を出してない。
「なるほど、道理でアンデッドばかりなはずだぜ。死んだ魔物は復活し、そのまま大暴走に加わるってわけだ」
「兄君もそれに気づいたようですね。火矢を射て死体を燃やしています」
シュナイゼルの判断は正しい。
死霊魔術は死体の状態が悪いほど復活の難易度が上がるからだ。
特に骨にまでなると動力の殆どを魔力で補わねばならず、術者の負担も大きい。だが……
「野郎ども、復活速度がちっとも落ちませんな」
「こうなれば術者を直接叩くしかないでしょう。……ですがどうも近くにはいないようですね」
魔力探知で探ってみたが、遥か北から僅かな気配を感じるのみだ。
……しかし遠いな。ここから相当離れているぞ。
術者がいるということはこの大暴走、人為的なものなのだろうか。そうだとしても何故わざわざこの国を狙う? 近くに幾らでも国はあると言うのに……ま、現段階ではいくら考えてもわからないか。
それに俺とは関係ないだろうしな。うん。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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