山賊たちと戦います。後編
◆
「ん、あれはなんだろう?」
山の中、何かが動いてるのが見える。
どうやらこちらに向かってくる一団のようだ。
「もう山賊退治が終わったようですね。流石はシルファたんですな」
「しかしその割に、随分と急いでるようですな。何かあったんですかねぇ」
「……いや、あれはシルファたちではないぞ」
近づいてくるのは魔力兵の感覚ではない。
あれは……山賊だ。
「敵襲! 敵襲!」
「さ、山賊たちが襲ってきたぞぉーっ!」
残っていた数人の兵が声を上げている。
あれはシルファたちと戦っているのとは別の部隊か。
まさかアジトを捨てて逆に本陣を狙ってくるとはな。
「くっ、迎え撃て!」
兵たちは魔力兵を操り迎撃に向かうが、彼らはまだ操作がおぼつかず、練習していた者ばかり。
魔力兵を向かわせるが山賊たちの刃にみるみる打ち倒されていく。
「ほう、三百にも満たねぇ少数だが、こっちのヘボさを差し引いても相当強えぞ。完全に翻弄されてやがる。どうやらあの先頭の者が頭みてぇですぜ」
グリモの言葉に視線を向けると、長髪を後ろで束ねた男を見つける。
荒々しい戦いの中でもどこか気品を纏い、涼しげな目元には強い意志が宿って見える。
その男に俺は見覚えがあった。
確か冒険者ギルドの賞金首リストに載ってたっけ。
賞金首になるような輩は魔術に長けた者がちらほらいる。面白い奴がいないかと時々見ていたから憶えているのだ。
確か名をマルスと言ったか。
「あの男、どこかで見覚えが……」
ジリエルも見憶えがあるようで、何やら考え込んでいる。
どうやら結構有名な人物のようだな。……おっと、そんな場合じゃなさそうだ。
「相手はこっちの一割にも満たない数だぞ! 早く倒してしまえ!」
「し、しかしまるでこちらの考えが読まれているかのような動きでして……」
「敵の勢い、止められません!」
マルス率いる山賊たちは、魔力兵を打ち倒しながらこちらは真っ直ぐ向かってくる。
こちらの動きに驚くほどの速さで対応し、易々とその上をいくか。
本体を丸ごと陽動に使う大胆な手際といい、確かに軍師としての実力は十分にありそうだ。
「だが、数はこちらが上だぞ」
俺は周囲の魔力兵五百体に集まるよう指令を出す。
ここで奴の勢いを殺せば集まった魔力兵で包囲する形となり、数に劣るマルスらを難なく捕らえることが可能。
「ろ、ロイド様! 魔力兵の動きを止められてやすぜ!」
「更なる別働隊です!」
見れば周囲の魔力兵たちは、山賊たちの壁に阻まれていた。
しまった、突撃前に予め隊を二つに分けていたのか。
無防備な本陣にマルス率いる山賊たちが迫る、迫る、迫る。
「リル! お願い!」
「アオオオオオーーーン!」
甲高い鳴き声とともに、魔狼、リルが飛びかかった。
山賊の頭ほどはありそうなその鋭い両爪を振り回す。
「ぐあああっ!?」
「ま、魔獣!? なんでこんな所に!?」
前列の山賊たちを蹴散らしたリルが次に狙いを定めたのはマルスだ。
逞しい両脚をバネのようにしならせ、飛びかかる。
「……獣とはいえ、我が道を邪魔するのであれば容赦しません」
マルスはそう呟くと、腰の剣を抜いた。
瞬間、リルの巨体が宙に舞う。
血飛沫を撒き散らしながら、リルは地面に堕ちた。
手足をだらりと弛緩させ、胸元からは血が流れ落ちている。
「リルーーーっ!」
なんと、あのリルを一蹴だと!?
軍師という先入観からひ弱そうに思っていたが、相当の戦闘力を持っているようだ。
「終わりです」
俺たちがその光景に目を奪われている間にも、マルスは馬を走らせていた。
マズい、今の俺は魔力を殆ど兵に使っている状態。
当然結界は張っておらず、無防備な状態だ。
リルを倒したその剣が俺の眼前へ迫る。
「ロイド様!」
「危ねぇ!」
グリモとジリエルが俺を守るように前に出た、その時である。
かぁん! と乾いた音が鳴り、マルスの手にしていた剣が弾き飛ばされた。
「な、なんだぁ!? 奴の剣がぶっ飛びやがったぜ!?」
「一瞬、何かが光るものが飛んでくるのが見えました……あちらの方角です!」
二人の言う通り、何かが飛来し剣を弾き飛ばすのが見えた。
あの感覚、どこかで覚えがある。確かあれは……
飛んできた先に目を向けると、切り立った崖の上に人影が見える。
あんな遠くからマルスの手元を狙い撃ったのか。
「何やら山が騒がしいと思えば……つくづく縁があるね。状況はよくわからないけれど、修行もひと段落ついたトコある。その成果を見せてあげるよ」
風に乗って流れてきた声は、よく聞き覚えがあるものだった。
人影は、ぐぐぐと身体を折り曲げると弾かれるように跳んだ。
「んなっ!? あ、あんな所から跳びやがったぜ!?」
「魔術では……ない。純粋な身体能力によるものです! あ、あれはまさか……!」
影は風に乗ってぐんぐんとこちらに向かってくる。
徐々に大きくなってきて、そして
とん、と驚くほど軽い音を立てて 俺の眼前へと降り立った。
薄紅色の髪を左右でお団子にして纏め、両手には拳を痛めぬよう包帯を巻き、真紅の道着に身を包んだ少女。
その背には大きく鮮やかに、『武』の文字が描かれていた。
マルスは目元を細め、少女を見下ろして言う。
「何者ですか、あなたは?」
「百華拳百八代目当主見習い改め免許皆伝、タオ=ユイファ。只今参上ある!」
タオはそう力強く名乗り挙げると、拳を構えた。




