いざ、出立します
報告を終えた俺は早速部隊をまとめ、城を出ることにした。
街の人たちが手を振って俺たちを見送ってくれている。
「な、なんだか照れ臭いね」
「はっはっは! 良い気分じゃねぇか! 俺たちみてぇな半端もんが拍手で見送られるなんてよ! ロイド様についてきてよかったってもんだ!」
レンとガリレアは嬉しそうに笑う。
他の皆もどこか照れ臭そうだ。これだけの拍手を浴びる機会は滅多にないだろうからな。
そうして俺たちの隊が大通りを抜けた頃である。
どおおおっ! と後方で大きな歓声が上がった。
振り返ってみると、俺たちのすぐ後にシュナイゼル隊が続いていた。
「はぁー、流石はシュナイゼル様の軍だぜ。人気の桁が違うな」
「うん、ボクたちの十倍は大きな歓声だね」
シュナイゼル隊を見送る歓声はかなり離れた俺たちの耳にも、大きく聞こえてくる。
「残念ですが現状評価を考えればこれは当然のことでしょうね。しかし十分な働きを見せれば、帰還した我々を出迎えるのはあれ以上のものとなるに違いありません。そしてロイド様ならそれは可能です。我らも微力ながら尽力致しましょう」
シルファが闘志を燃やしているが、あまり期待されても困るんだがな。
そうこうしていると、先頭を歩くシュナイゼルが馬足を早め俺の横へと並ぶ。
シュナイゼルが周囲をじっと見渡すと、皆は蛇に睨まれたカエルのように固まった。
「こんにちは、シュナイゼル兄さんも御出立ですか?」
「……あぁ、一足早く着いて戦場を見ておきたいからな」
「お疲れ様です。御武運を」
「お前もなロイド。……期待している」
シュナイゼルは俺と短く会話を交わすと、小隊を率いて走り去って行った。
おおー、速い。
「あれが噂のシュナイゼル様……なんつー迫力だ。ひと睨みされただけで動かなくなっちまったぜ……」
「あぁ、素晴らしいですロイド様。あのシュナイゼル様と対等に言葉を交わし、そのうえ期待までされるとは……流石という他ありません」
ガリレアとシルファが何やらブツブツ言ってるが歓声が大きくてよく聞こえない。
ともあれ、俺たちは山賊の住まう山へと向かうのだった。
◇
北へ進むこと半日、夕焼け空をバックに黒々とした山が見えてきた。
幾つもの山々が連なり、人口の巨大な塔のようだ。
「ロイド様、ここが夜王率いる山賊団が住む、ビューネ山脈でさ」
山の中腹にはポツポツと灯りが点き始めており、その数はかなりの物である。
なるほど、まさに山賊の根城である。
「道中、見張りらしき者たちが山へ向かっているのを見ました。複数の見張りを機能させている山賊、相当組織化されていますね。地形の有利を考えれば、半端な軍では追い返されるのがオチでしょう」
「相当な準備をしてかからないと……だね」
シルファは警戒し、レンはごくりと息を呑む。
俺は皆の前に立つと、振り返って言った。
「よし、それじゃあ今から攻めるとしよう」
「えーーーっ!?」
俺の言葉に驚きの声が上がる。一体どうしたのだろうか。
「いくらなんでもそりゃ無茶ですぜロイド様、ここまで歩いて兵たちも疲弊してるでしょうしよ」
「その上辺りは暗くなりかけています。ロイド様お一人であれば制圧は可能と思いますが……」
「それじゃ訓練にならないだろ」
魔力兵の扱いは一通り教えているが、実戦と訓練は全くの別物だ。
戦闘中にいちいちカバーするのは面倒だからな。その為にはここらで実戦をやった方がいいだろう。
それに体力面の心配はいらない。
「サリア姉さん、イーシャ、神聖魔術で皆を回復させてほしい」
「わかったわ。ちょっと待ってなさいロイド」
「すぐに準備致しますねロイド君。あー、あー」
楽器を用意し、声を整えながら前に出る二人。
神聖魔術による治癒は疲れた身体に活力を与える。これなら十分戦えるくらい回復するだろう。うんうん。
「あんたもやるのよ。ロイド」
その場を離れようとした俺を捕まえて、サリアが言う。
「ええっ! 俺も?」
「当たり前でしょ。あんたが隊長なんだから」
「どう言う理屈ですか……」
「あはは、私がしっかりサポートしますから」
それをフォローするイーシャ。どうもこの二人を相手にすると調子が狂うな。
俺はため息を吐きながら頷いた。
「……わかりましたよ。上手くできるかはわからないけど」
「こっちで合わせるから、適当に始めなさい」
「私も準備はいいですよ」
「では――」
俺は大きく息を吸い込み、吐いた。
俺の歌声が、イーシャの歌声が、サリアの演奏曲が、辺りに響き渡る。
「わぁ……なんていい歌……!」
「しかも何だか身体の疲れが取れていく気がするぜ」
神聖魔術『聖歌生々《せいかせいしょう》』。
音楽を媒介にした儀式魔術の一種で、聞いた者の疲労を癒す効果がある。
兵たちは皆、うっとりとした顔で聞き惚れていた。
予め展開していた音響結界により、全軍に俺たちの歌は聞こえるようになっている。
「なんと素晴らしい歌声でしょう! 流石はロイド様。このシルファ、あまりの感動に涙が止まりません」
特にシルファは感じ入っているようで、涙をポロポロ流している。
皆が聞き入る中、しばらくして俺たちは演奏を終えた。
「……ふぅ、どう? 皆、疲れは取れたかな?」
「おおおおおーーーっ!」
先刻までの疲れ切った顔はどこへやら。
元気のよい声が響き渡る。
よしよし、これなら山攻めも行えるだろう。
◆
「お頭! 大変だ! 軍が攻めてきやがった!」
酒と女の匂いが漂う部屋に野太い声が響く。
部屋の中央には乱雑に切りそろえられたテーブルが置かれ、その奥には長い黒髪を獣油で纏め上げ、毛皮を羽織った男いた。
男は両隣に侍らせた女から視線を移すと、報告に来た部下をじっと見る。
「軍隊だと? 大暴走でサルームの奴らてんやわんやなはずだがな」
「な、なんでそんなことがわかるんですかい!?」
「城中に密偵を潜ませてるからな。間違いねー……いや、しかしだからこそ……なのか? ありえねェとは思うが……」
顎に手を当て考え込む男に、部下は慌てた様子で言葉を続ける。
「ですが軍が来てるのは間違いありませんぜ! しかも奴ら、もう山を登って来ています!」
「ほォ」
男はどこか感心したように唸ると、立ち上がり窓の前に立つ。
部下が窓を開くと、既に夜闇に包まれつつある山に煌々と灯りが灯っていた。
「どうやら魔術で灯りをつけて攻めて来ているようです! 如何致しますか!?」
「慌てんな。要塞化したこの山は簡単には落ちねェよ。……まぁいい。この夜王ビルス様の山を攻めたこと、後悔させてやるとするか」
男――ビルスは口元に笑みを浮かべながら、部屋を出るのだった。
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