兄に報告に行きます
アルベルトのいる執務室に行くと、中はてんやわんやであった。
文官たちが走り回り、隊を指揮する上官たちも慌ただしくしている。
「おや、これはこれは……ロイド君ではありませんか」
声をかけてきたのはサイアスだ。
俺を見ては目元を細め、口角をわずかに上げている。
「一体どうしたのかなこんなところで。……クク、というかこんなところで油を売っていていいのかい? 早く兵を集めなければ明日の出立に間に合わないのではないかな? 君のところに残った兵はほんの少しと聞いているが?」
俺を心配するような言葉と共に、勝ち誇ったような笑みを浮かべるサイアス。
「野郎……! 自分がやったことを棚に上げて何言ってやがんだ!」
「ふざけた男ですね。万死に値する!」
「まぁまぁ、サイアスも自分の隊を強くしようとしてたのさ」
憤慨するグリモとジリエルを宥める。仲間同士でケンカは良くないだろう。
「ご心配どうも。だがサイアス、俺のことよりも自分のことを気にした方がいいんじゃないか?」
俺の言葉にサイアスは一瞬目を丸くした。
そしてすぐに肩を震わせ、笑いを堪える。
「……くくっ、君は本当に子供だね。言っておくが私の軍の全兵力は現時点で七千に迫る! アルベルト様の要望である五千を大きく超えているのだ! 心配無用だと言っておこう!」
「おぉ、それはよかった」
どうやらサイアスはそれなりに兵を集めたらしい。
アルベルトが直接率いる隊は一万、それにサイアスと俺の分と合わせれば目標である二万には余裕で足りるな。
俺はサイアスに背を向けると、アルベルトの机へと歩き出す。
「な……お、おいロイド君。まさかアルベルト様に頼んで兵を借りるつもりか!?」
サイアスが後ろで何やらブツブツ言っているのを放置し、忙しそうにしているアルベルトに声をかける。
「――アルベルト兄さん、兵の編成が終わったので報告に来ました」
「おお! 早かったなロイド! で、どれだけ集めた?」
「一万と二百五人です」
がたたっ! と音がしてその場の全員が俺を見る。
「そんなバカなっ!? 君の持つはずだった兵は殆ど私が吸収した! なのにどこからそんな数の兵を集めたというのだ!?」
「まぁその、勝手に集まってきた……的な?」
「ぬ、ぐぐぐぐ……!」
サイアスは何やら歯軋りをしている。
笑ったり怒ったり一体どうしたのだろうか。忙しいな。
隊全体の戦力が増えるなら、喜ばしいことだと思うのだが。
「ぎゃっはっは! ざまぁねぇぜ!」
「ロイド様の人徳と力を見誤りましたね。愚かな」
グリモとジリエルも喜んでいる。
こいつらも中々忙しいな。
「ぷっ、くくく……」
そんなことを考えていると、アルベルトが書類で顔を隠し吹き出している。
「あっはっは! ……なぁ言った通りだろうサイアス? その程度の苦境、ロイドにとっては何ということはないのだ、とね」
「アルベルト様! しかしそれは……」
「黙れ。お前がロイドの率いるはずだった兵に取引を持ちかけ、自分の隊に加えたのは調べがついている。大方ロイドの実力に恐れを抱き、今のうちに潰しておこうとでも考えたのだろう?」
「そんな! アルベルト様! 私はそのようなことは決して!」
「言い訳は無用だ。今は時間がないから不問にしておくが、この戦いが終わったら君の審議も問われる事になるだろう。それまでにせいぜい罪を相殺出来る程の手柄を積み重ねておくことだな」
「ぐっ……わかり、ました……」
アルベルトに睨まれ、サイアスはがっくりと項垂れる。
部屋から出て行くサイアスを厳しい目で見送った後、アルベルトは扉に向かってため息を吐いた。
「全くあいつは……学生時代の悪癖がまだ抜けていないらしい」
「どういうことですか?アルベルト兄さん」
「あぁ、サイアスは学生時代、自分より優秀な生徒になんやかんやといちゃもんをつけて決闘をふっかけ、潰してきたんだよ。特に身分の低い者がよく標的になっていたらしい。ま、実力はあるし、そう言った負けん気の強さも僕は評価していたのだが……あまり場を乱されるのは困りものだね」
へぇ、そういえば俺も前世で貴族に難癖つけられ、決闘を挑まれたっけな。
もうあまり覚えてないが、あれ同じようなものだったのかもしれない。
「……ま、それでもロイドならどうとでもすると思っていたよ。流石にここまで兵を集めるとは予想外だったけどね」
「買い被らないで下さいアルベルト兄さん。俺は何もしていませんよ」
「そう言えるところがお前の良いところだよ。お前の元に人が集まったのも、そういう謙虚さがあってのことだろうな」
いや、殆ど俺の作った魔力兵なんだけど。
本当に買い被りすぎである。……もちろん集まってくれた人たちには感謝しているけどね。
「ともあれロイド、ご苦労だったな。僕たちは明日には出立する予定だがお前はどうする?」
「今から出ようと思っています。道中、もう少し戦力を増強しようと思いまして」
「はっはっは! ロイドらしいな。わかった。明後日に大陸門で会おう」
「はい、アルベルト兄さんもお気をつけて」
俺はアルベルトに礼をして、部屋を出る。
皆の元へ帰ろうとしていると、サイアスと会った。
サイアスは苦虫を噛み潰したような顔で、俺を見下ろす。
「……やってくれたねロイド君、まさかあの状況からあれだけの兵を集められるとは思わなかったよ。だが正規の兵は殆どいないようだね。数で勝っていても質はどうだろうね? 現在私の部隊はサルーム最強と謳われるクルーゼ様に練兵して頂いているのだ! 戻って来る頃にはまた強くなっておろう! この差は如何ともしがたいものだぞ! クハハハハハ!」
大笑いするサイアスの後ろから、クルーゼがツカツカと歩いてくる。
「おう、サイアスではないか」
「これはこれはクルーゼ様。如何ですかな我が兵は? 皆、由緒正しき家柄の者ばかり。さぞ活躍をしていると存じますが……」
いやらしい笑みを浮かべるサイアスを見て、クルーゼは呆れたように言う。
「活躍ぅ? 何を言っとる。おぬしの兵、ちと軟弱すぎるぞ? 軽く揉んでやろうと思ったが、たかが準備運動でぶっ倒れるとは思わんかったぞ。基礎体力が足りてないのではないか?」
はぁぁ、と大きなため息を吐くクルーゼ。
それを聞いたサイアスは顔を青くして声を上げる。
「そのような……いえ、よく言い聞かせておきます」
「傭兵ばかりとはいえだらしなさすぎじゃ。そんな体たらくで足手まといになるぞ。おぬしもそんなところで油を売っておらんで一緒にやるぞ! ほれ来い!」
「い、いだだっ! クルーゼ様!? 首を掴むのはやめて下さいっ!」
サイアスはクルーゼに首根っこを掴まれ、引きずられるように訓練場へ向かっていくのだった。
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