兵を持っていかれました
「た、大変だよ! ロイドっ!」
翌日、レンの声で目を覚ました。
随分慌てた様子である。
「おはようレン、一体どうしたんだ?」
「……ちょっと待ってね。その前に顔を洗って」
レンの差し出した器から水をすくって顔をぱしゃぱしゃと洗い、柔らかなタオルで拭いた。
「ロイドは放っていたらボサボサのまま出歩いちゃうからね。あとは乳液を塗って、髪をといて……」
慌ただしく俺を身綺麗にしていくレン。
「それで、急いでるんじゃなかったのか?」
「そうそう! 昨日アルベルト様隊の副官に任命されていたでしょう? その話を聞いたボクはシルファさんと一緒にロイドの隊に加えて貰いに行ったんだよ。それで隊の人に話を聞きに行ったんだけど、殆どの兵たちがサイアスって人のところに行ったらしいんだ!」
「……どういうことだ?」
「わかんないよ! シルファさんもそれを聞くなり飛び出しちゃうし、アルベルト様も忙しくて全然捕まらないし……ボクもう何が何だか……」
「とにかく召集をかけてみるか」
現場にいた兵たちに直接話を聞いた方が早いだろう。
というわけで俺は預かっている兵全員に呼び出しをかけた。
しかし……
「集まったのはこれだけ、か」
十数人の兵たちが、申し訳なさそうに俺を見ている。
「少ないですね……先日の集まりでは三百人はいたというのに。一割以下ではありませんか」
「その上どいつもこいつもヒョロガリの弱そうな奴らばかりだぜ。こんなんで戦えるのかぁ?」
グリモとジリエルも好き勝手言っている。
確かに、彼らからは魔力も殆ど感じられない。
言っちゃ悪いがアルベルト隊でも落ちこぼれな人たちだろう。
ともあれ事情を聞いてみなければ始まらないので兵の一人に尋ねてみる。
「何故これだけしか集まってないんだ? アルベルト兄さんは兵の半分は俺の指揮下に置くって言ってたけど」
「そ、それはその……ですね……」
俺の問いに、兵たちは互いに目配せをしている。
しばらくそうしたのち、一番若い兵が押されるように俺の前に出る。
「ええっと……実はですねロイド様。他の兵たちは皆、サイアス様の元へ行ってしまいまして……」
「どういうことだ?」
「はい、先日の集会が終わった後、解散した我々は傭兵を雇うべく街へ向かおうとしました。そこへサイアス様が声をかけてきたのです。私の元へくれば格安で雇える傭兵を紹介しよう、と。我々も貴族の端くれとはいえ、それほど裕福ではありません。我も我もとサイアス様へと集まったというわけです」
「ちなみに君たちは何で残ったの?」
「いやー、お恥ずかしい話ですが私ども、サイアス様から必要ないと言われまして……」
苦笑する若い兵を、後ろにいた兵たちが一言余計だとばかりに睨みつける。
なるほど、兵を増やす為に待遇を良くし、結果本来は俺が率いるはずだった兵たちがサイアスに従ったというわけか。
「なんて汚ぇ真似を……あの野郎、普通にやったらロイド様に手も足も出ねぇからって、先んじて部下を根こそぎ持っていきやがったんだ!」
「手柄を独り占めする為、というわけですか。仲間同士で足の引っ張りたいとは、人間とはなんと愚かな存在か……」
グリモとジリエルが憤慨しているが、俺にとっては好都合かもしれない。
あれだけの兵、しかも殆ど俺の知らない人たちを俺が指揮するのは難しいだろう。
これだけの人数、しかも彼らはあまり自分に自信がないタイプみたいだし、俺でも言うことを聞かせられそうだ。
「あのぉー……俺たちどうなるんすかね? 兵が集められないなら解散するしかないのでしょうか?」
「大丈夫、何の問題ないよ。これからよろしく」
恐る恐る尋ねる兵に、俺はにっこり微笑んで返す。
何故か兵たちは、落胆したような顔をしていた。
「し、しかしこれだけの人数で戦いに赴くのは死ににいくようなもの……いえ! 恐ろしいというわけではないのですが、これだけの兵で王子を守り切れるとはとても……」
「ご心配には及びません」
凛とした声が辺りに響く。
振り向くとそこにいたのは、シルファであった。
「シルファさん! どこへ行ってたの!?」
「我が主、ロイド様は偉大です。こういった事態にも備え、自らの人脈を育てておられたのですから」
一体何を言っているのだろう。
うっとりした顔のシルファに俺とレンが顔を見合わせていると、その後ろからぬっと大男が姿を見せる。
「おうおう、面白れぇ話してるじゃねぇか。ロイド様よぉ」
禿頭の大男、ガリレアだ。
元暗殺者ギルドの頭領で、今は俺の領地を代わりに治めさせている。
「荒事なんて懐かしいねぇ。あたしらを置いてくなんて水臭いよ」
ガリレアの背から出たのは長いウェーブのかかった女性はタリア。
「ククク、楽しくはなさそうだが、ここで逃げても魔物に蹂躙されるのみ……だったらあんたの元で働いた方がマシってもんだ」
「俺はロイドと共ニ戦えテ、嬉しく思ウ」
黒いフードの男はバビロン、烏仮面の男はクロウ。
彼らもまた、暗殺者ギルドのメンバーだ。
戦いからは身を引き、ガリレアと共に働いているのだが全員ここに来ているのか。
「みんな! 来てくれたの!?」
「へっ、ロイド様に借りを返せるとなりゃあ、のんびりしてる暇はねーぜ」
レンは久しぶりに仲間と会えて嬉しいのか、皆と握手して回っている。
「私たちも来たわよー」
「オンッオンッ!」
巨大な狼の魔獣になって現れたのは、第六王女アリーゼだ。
隣にはシロ、そして成長したミニシロ、プチシロもいる。
「やれやれ、僕たちを忘れてもらっては困るね」
次に出てきたのは俺そっくりの少年、イドだ。
俺が作ったホムンクルスだが、色々あってガリレアたちが保護している。
「わ、私たちも戦います!」
「ロイド様の為ならこの身、朽ち果てても構わぬ所存です」
傍にはロングスカートを履いた少女、ラミアと全身をコートで覆った大男、ギタンがいた。
彼らは身体の半分以上が魔物化しており、長い衣服で異形の身を隠しているのだ。
「私たちも来てあげたわよ。こういう大掛かりな戦いだと、私たちの神聖魔術とやらが役に立つんでしょう? よく知らないけれど」
「これもまた神の思し召し、ロイド君に協力出来て嬉しいです」
「サリア姉さん! イーシャまで!」
第四王女サリア、そして現教皇であるイーシャだ。
二人の奏でる音楽は非常に素晴らしく、治癒の効果を持つ神聖魔術が使える。
「ロイドさんには冒険者としてもっと活躍して貰わねばなりませんからね。ここで恩を売っておけば後で倍以上になって帰ってくるはず……きますよね?と、とにかく皆さん、これは私の個人的な依頼です!しっかり手柄を立ててくださいね!」
「おおおおーーーーっ!」
受付嬢、カタリナも他の冒険者を率いて現れた。
全員集めると百人近くいるだろうか。
これだけいれば俺の魔力兵を操るのに十分そうだ。
「これだけの人たちがロイドの為に……シルファさんはみんなを呼びに行ってたんだね!」
「えぇ、声をかけたらすぐに集まってくれました。これもロイドはの人徳のなせる技。ですがサイアス隊は傭兵を集め、その数は既に一万近いと聞き及んでいます。それに比べるとやはり……」
「それは心配いらないよ」
俺はそう言って、魔力兵を生み出す。
その数一万、広場に入りきらない程みっちり詰まった魔力兵たちを見て、皆が驚愕している。
「こ、これは一体……?」
「魔力で作った影人形だ。最大で一万体出せる。皆にはこいつらを指揮して戦ってもらう予定だ」
「なんと……こんな凄まじい魔術があるとは……まさに歴史を変えうる大魔術です! すごい方だとは思っていましたが、これほどまでとは! 流石は……流石はロイド様です!」
興奮した様子で俺の手を握るシルファ。
あ、しまった。ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。
どう誤魔化したものかと思案していると、いつの間にか俺の横にイドが立っているのに気づく。
イドは俺を見て意味深に微笑むと、シルファに向けて言った。
「ふふ、すごいでしょう? この魔術、僕とロイドの共同開発なんだよ」
「そ、そうなんだ! いやー、イドの錬金術としての知識がなければ、到底成り立たない魔術なんだよねぇ。はは、ははは……」
イドの助け舟に全力で乗っかる。
ふぅ、危ない危ない。危うく俺一人であれだけの魔術を編み出したと思われるところだった。
いくら何でもこれだけやっておいて地味な魔術師で通すには無理があるからな。
「そう、なのですか……いえ、それでもとてつもない魔術です。流石はロイド様ですね」
どうやら納得したようである。……多分。
「助かったよ。イド」
「全くロイドは迂闊すぎやしないかい? よく今までバレなかったものだ。僕に感謝しておくんだね」
そう言って得意げに笑うイド。
俺のホムンクルスだけど、世渡りは圧倒的にイドの方が上手いな。
「あれ、そういえば……」
辺りを見渡してふと気づく。
こういう場面では真っ先に駆けつけてきそうな人物が一人いないのだ。
そう、異国の冒険者で、好奇心旺盛で、気の呼吸の使い手である、あの――
「ねぇシルファ」
俺の次の言葉を察したのか、シルファは首を横に振る。
「あの娘――タオは、来ていません」
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