作戦会議です
「もぐっ、むぐっ、んぐんぐ……ぷはっ! シルファよ、また腕を上げたのー! 美味いぞ!」
「……うむ、美味である」
「恐れ入ります」
ものすごい勢いでガツガツと食べるクルーゼ。
シュナイゼルも静かにではあるが、負けるとも劣らない食べっぷりだ。
「いやぁ、すごい食べっぷりですね。二人とも」
「シルファたちメイドたちも負けていないよ。ほら、すごい速度で料理が出来上がっていく」
出入り口ではシルファを始めとするメイドたちが忙しなく働いている。
「とんでもねぇ食べっぷりだぜ。階下で食べてる兵士たちと同じくらいの量をこの二人で食ってやがる……」
「この二人、魔宿体質ですね。強い魔力を持って生まれながら武の道を歩んだことで、魔術に使われなかった分の魔力が全身に行き渡り異常なまでの身体能力を誇る。代わりに大量のエネルギーを必要とする為、ものすごい量の食事を必要とするのです」
そういえば聞いたことがあるな。かなりレアな体質で、俺も実際に見るのは初めてだ。
よくよく観察してみれば二人の身体からは微塵の魔力も感じない。
俺も魔術を覚えなければあんな感じになっていたのかもしれない。
「ムキムキのロイド様……それはそれで恐ろしいですぜ」
グリモがドン引きしているが、それはそれでかっこよかったかもな。
魔術が使えないのは嫌だからお断りだけど。
「……では兄上、姉上、そろそろお話をさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
しばらくして、二人がデザートに手をつけ始めたのを見て、アルベルトが声をかける
「うむ、腹もそこそこ満ちたしの」
「……申してみよ」
アルベルトが恭しく礼をすると、男たちが中に入ってくる。
騎士団長、文官長、第三軍、第四軍、第五軍の将軍……皆、いつもは王の周りで政や戦の準備などで忙しそうにしている者たちばかりだ。
各々、手には様々な地図や見取り図、食糧庫や兵士の数、種類その他諸々の書物を持っている。
「知っての通り、現在我が国は大暴走の危機に瀕しています。確認しただけで群れの数は七つ、一つ一つの塊は約十万、一番大きな群れで二十万を超えているようですね。合計およそ百万、それだけの魔物がこのサルームに向かっております」
百万の魔物か。
数を言われても多すぎていまいちわからないな。
「百万超えの大暴走って言うと、史上ねぇレベルじゃないっすか!? ヤバいぜマジでよ!」
「えぇ、私もそれほどの規模は観測したことがありません」
グリモとジリエルがビビっている。
へー、そこまで多いのか。俺の魔術だけで倒すのは骨が折れるかもしれないな。
「こちらはどれだけ兵を集められる?」
動じることなく、シュナイゼルが問う。
「……無理して三十万、と言ったところですね」
「かかっ、三倍以上か! 笑えんのー」
笑いながらクルーゼが手にしたスプーンでプリンを崩す。
「通常、魔物の強さは兵士三人分として数える。となると彼我の戦力差は九倍ですね。一応お二人が帰還するまでに僕なりに準備もしておきましたが……詳細な資料は集めさせております。おい」
「はっ」
アルベルトが指示すると、文官長が机の上に地図や駒が並べた。
国の周囲の地形と魔物の現在位置が記されており、同じく並べた書類には食料の備蓄や各部隊の詳細な情報が記されている。
シュナイゼルとクルーゼはそれを手に唸る。
「ほう、よく短期間でこれだけの資料と兵士を集めたものじゃ。変に気を回して動かさず、蓄兵に努めたのもいい判断じゃの。自らの分を弁えているのはおぬしの良い所じゃぞアルベルト」
「僕如きの采配で大軍を動かす勇気がないだけですよ」
苦笑しながらも首を振るアルベルト。
この人は自らの力を過信せず、適材を適所に配置するのがとても上手いのだ。
「……」
シュナイゼルは盤上と書類を睨みながら、次々と運ばれてくるプリンを無言で食べている。
クルーゼもパフェを飲むように食べながらもそこから視線を逸らすことはない。
二人とも何という集中力だ。しばし、カチャカチャとスプーンの音だけが部屋に響く。
「……ギリギリだな」
「うむ、これほど早く気付けたのは幸運じゃったのー。おかげで門が使える」
「門というと……やはり大陸門を使うつもりなのですか?」
――大陸門、サルーム北方には敵の侵入を防ぐかのような険しい山がある。
そこに建てられたのが巨大な砦が大陸門だ。
建設以来、他国の軍に何度も攻められたが一度も突破されたことのない鉄壁の砦である。
「なんつーかロイド様、意外とこういう話好きっすね。いつもだったら興味ない話は全く聞いてないってのによ」
「えぇ、魔術以外には興味がないのかと思っていましたが……」
「何言ってんだ戦争と魔術は切っても切り離せない関係にあるんだぞ」
古来より、戦いはあらゆる技術を進化させてきた。
魔術も当然その一つ、広範囲に効果がある大規模魔術のみならず、相手の行軍速度を下げたり、水や食料を生み出したり、敵軍の体調を悪くさせたり、様々な魔術が開発されてきた。
シュナイゼルは特に魔術の軍用が上手く、戦争魔術と称したその特異な使い方にはいたく感心したものである。
それに先刻の戦い、わかりにくいがあれも魔術師を巧みに使っていた。
非常に脆いが誰でも低コストで扱える結界『軽天蓋』と敵の足取りを重くする『重足』で敵の流れを無理やり作り、それを絡み取るように挟撃の形を作り瞬殺していった。
少数の魔術師、微弱な魔術を用いて戦闘を有利にする……地味だが面白い魔術の使い方だ。
そんなシュナイゼルがあれだけの魔物を相手に一体どんな使い方をするつもりだろう。考えただけでもワクワクするな。
「ふむ、大陸門でやり合うのであれば、時間もないの。これより会議を行うとしよう。では将軍より下の者たちはこの場を去れ」
「はっ!」
数人の男たちを残し、あとは部屋から出ていく。
「さぁロイドよ、おぬしも外へ行くのじゃ」
そのまま居残ろうとした俺の肩に、クルーゼの手が載せられる。
「そんなっ!? 俺も話を聞きたいです!」
「何を言うとる。子供が聞いて楽しいもんじゃないぞ。ほれシルファ、連れてゆけ」
「……ロイド様、行きましょう」
「ええー……」
アルベルトに視線を送り助けを求めるが、申し訳なさそうに手で謝る仕草をしてきた。
くっ、ダメか。かくなる上はこっそり魔術刻印を置いて、盗み聞きを……
「よい」
短く、しかし強い言葉を発したのはシュナイゼルだった。
一瞬その場の全員が、クルーゼすらもが固まる。
「お、おいおいシュナイゼル。ロイドは子供じゃぞ? こんな話を聞かせても……」
「構わん」
自分と目を合わせようともしないシュナイゼルに、クルーゼはため息を吐く。
シュナイゼルの視線は俺の目から微動だにしていない。
……なんかすごい威圧感を感じるんですけど。
「おい、どういうことじゃアルベルト」
「わ、わかりません。もしかしたらロイドには軍略の才能があって、シュナイゼル兄上はそれを見抜いたのかも……」
「それは流石に……しかしシュナイゼルは無意味なことはしない奴じゃ。何か考えがあってのことだと思うが……」
二人は無言で腕組みをするシュナイゼルを見て、何やらブツブツ言っている。
よくわからないが、出ていかなくてよさそうな雰囲気だな。ラッキー。
「……ったく、おぬしの気まぐれにも困ったもんじゃ。まぁいい。会議を始めるぞ」
クルーゼの言葉で大陸門攻防戦の会議が始まった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
原作本4/28、コミック5/7発売です。
続刊の為にも協力していただければ幸いです。よろしくお願いします。




