第一王子と第一王女
「久しぶりだな、アルベルト」
「はい、シュナイゼル兄上」
眼光鋭い男が低く、静かに声を発した。
抑揚のない声、顔には仮面を被っており表情はよく見えないが目元からは鋭い目が覗いている。
アルベルトよりもかなり年上に見えるこの人物は第一王子シュナイゼル=ディ=サルーム。
サルーム第一部隊を率いる軍略家で、主に防衛戦を得意としている。
主に防衛戦が得意で、寡兵を用いて十倍以上の敵を幾度も撃退するその戦いぶりからサルーム最強の将軍と呼ばれている。
「大きくなったのうアルベルト。出迎えご苦労じゃ!」
「クルーゼ姉上も御壮健で何よりです」
もう一人、陽気な表情で声をかけてきたのは傷だらけの顔をした大柄の女性だった。
アルベルトより一回りは身体が大きく、シュナイゼルと並んでもその体躯は見劣りはしていない。
全身に無数の傷が付いており、左目は眼帯で塞がれているこの人物は第一王女クルーゼ=ディ=サルーム。
サルーム第二部隊を率いる勇猛な将軍で、主に攻めの戦を得意としている。
クルーゼ自ら前に出ることによる士気向上と、野生じみた用兵であらゆる防衛線を食い破るその戦いぶりからサルーム最強の将軍と呼ばれている。
そう、どちらも最強と呼ばれる将軍なのだ。
二人は国内外で反乱分子や敵対国相手に競うようにして戦果を挙げており、シュナイゼルとクルーゼ、どちらが最強の将軍かは大人子供問わず話の種にされている程だ。
共にほとんど城に帰ることはなく、帰ってきてもまた次の戦場へ向かうので、こうして会うのは俺も初めてである。
クルーゼは興味深げに俺を見て言う。
「ところでアルベルトよ、その童はなんじゃ?」
「あぁ、ロイドですよ。第七王子、ロイド=ディ=サルーム。何度かお話ししましたでしょう?」
「初めまして。ロイドです」
俺がぺこりと頭を下げるのを見て、クルーゼはふむと頷く。
「ほう、おぬしがロイドか! 話には聞いておったが実際会って話すのは初めてじゃな。ふふふ、ちみっこいのー!」
クルーゼの大きく傷だらけの手で、わしわしと頭を撫でられる。
いたたた、力が強いっての。髪の毛がくしゃくしゃになるじゃないか。
「アルベルトから話は聞いておったよ。その歳で魔術を使えるらしいの。大したものじゃ!」
「クルーゼ姉上、ロイドはそんなレベルではありません。魔術の天才なのですよ。僕に匹敵、いや以上かも……」
真剣な顔で言うアルベルトを見て、噴き出すクルーゼ。
「かっかっか! アルベルトよ、それは弟馬鹿が過ぎんか? いくら何でもサルーム随一の魔術師と謳われたおぬしと同レベルというのは言い過ぎじゃろ! もしそうであれば、我が魔術部隊に加えてやってもよいぞ? んん?」
「お戯れを。それと姉上といえどロイドを部隊にと言うのは……」
「冗談じゃ。そんなことはせぬよ。おぬしがロイドを気に入っているのはよぉく聞いておるからの」
談笑を始めるアルベルトとクルーゼ。
その間もシュナイゼルは俺をじっと睨みつけたままだ。
その瞳の奥では一体何を考えているんだろう。すごい圧力を感じる。空気が重い。
「シュナイゼル様、クルーゼ様、お帰りなさいませ」
声の方を振り返ると、銀髪のメイド――シルファが深々と頭を下げていた。
「今回もまた長きに渡る遠征でしたね。まことにお疲れ様でした」
「おおーシルファではないか! 飯と風呂の準備は出来ておろうの?」
「もちろんでございます」
「うむうむ、お前は相変わらず気が利くのう! どうじゃ? 飯を食ったら久々に共に湯浴みでも……」
「お戯れを」
ぴしゃりと遮られながらも、クルーゼは全く堪える様子なく大笑いする。
「なんとも豪快というか……男らしい方ですな」
「武人と言ったところでしょうか。いまいち萌えないですね……」
グリモとジリエルが好き勝手なことを言っていると、シルファの後ろから一人の男が進み出てきた。
「おかえりなさいませ、クルーゼ姫」
短い銀髪を刈り上げた精悍な顔つきの中年男性――騎士団長でありシルファの父のマルクオスだ。
マルクオスを見たクルーゼは、ぴゃっと小さく跳び上がって驚いた。
「ま、まるくおす、どの……」
先ほどまでとは打って変わり、虫の鳴くような声で返事するクルーゼ。
「お疲れ様でございました。クルーゼ姫が無事戻られてうれしく思います」
「おおおおお、おう。マルクオスのもげんきでなによりじゃぞ!」
「クルーゼ様が帰ってくると、シルファも腕によりをかけてたくさんの料理を作ってお待ちしていましたよ。どうかこちらへ」
「うむ、うーむ……いやー、そこまでたくさん食べられるかのー……はははー……」
と思ったらいきなり片言である。一体どうしたのだろうか。
「クルーゼ姉上はマルクオス団長に仄かな恋心を抱いてるのさ。……ってわざわざ言わなくてもわかるか」
こっそり耳打ちしてくるアルベルト。
そうなのか。全く気付かなかった。
「あーるーべーるーとー?」
ぎぎぎ、と首を傾けアルベルトを睨みつけるクルーゼ。
アルベルトはやばっと小さく呟くと、早足で城へ戻っていった。
「ったくあやつは……あーもう、シュナイゼル、はよう行くぞ!」
「……」
無言のままシュナイゼルは俺から視線を外し、馬を進める。
「さ、皆様方も」
シルファの案内で兵士たちも二人に続く。
「なんとも豪快な人ですね。クルーゼ姉さんという人は。それとシュナイゼル兄さんも、何というか独特な雰囲気をお持ちのようで……」
「だが二人とも立派な人だよ。シルファの使うラングリス流剣術はマルクオス団長がクルーゼ姉上の戦いぶりを原型に作ったと公言しているくらいだ。それにシュナイゼル兄上は十年で国土を倍にまで広げた軍略家。あの二人が帰ってきてくれればまさに百人力、大暴走だろうがなんだろうが軽く跳ね返せるだろう」
そう言えばシルファに聞いたことがある。
当時十歳だったクルーゼの剣の腕は、騎士団長マルクオスと互角に打ち合うほどだったとか。
それに図書館で本を読んでいる時、軍記物の表題にはかなりの高頻度でシュナイゼルの名が刻まれていたっけ。
シュナイゼル式用兵術はサルームで行われているあらゆる戦術の元となった、とも言われている。
確かに先ほどの戦い、数の上では圧倒的に不利にも関わらず、瞬く間に殲滅してしまった。
「アルベルト兄さんは二人を信頼しているのですね」
「あぁ、尊敬している。全く僕の兄弟はみんな優秀でとても誇らしいよ」
そう言って爽やかな笑みを浮かべるアルベルト。
何というか、この人が王位継承権最有力候補と言われる所以はここにあるのだろうな。
皆を敬い、信頼するのは誰にでも出来ることではない。
「おーいアルベルト、ロイド、おぬしらもはよう来い! こちとら戦働きで腹ペコ揃いなのじゃ、用意した食事、全て平らげてしまうぞ!」
「わかりました。すぐに向かいます。……じゃ、行こうかロイド」
「はいっ!」
俺はアルベルトと共に、二人についていくのだった。
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