プロローグ
長らくお待たせしました。第五章開始です。よろしくお願いします。
俺はサルーム王国第七王子、ロイド=ディ=サルーム。
魔術大好き十歳。前世ではしがない貧乏魔術師で、当時初めて見る上位魔術に見惚れて迂闊にも命を落とし、気づけばこの身体に転生していた。
兄姉たちとは歳の離れた第七王子という事で王位継承権もなく、サルーム王である父親から自由に生きろと言われた俺は気兼ねすることなく大好きな魔術を極めるべく日々を送っている。
王子という立場だけあって資金や書物には全く困っておらず、好き勝手やらせて貰っているのだが、最近は周りの人間に妙に期待されている気がする……まぁ、きっと気のせいだよな。
魔術がちょっと好きなだけの地味で目立たない第七王子、それが俺の立ち位置である。
そんなわけで今日は日課の読書中。
最近は隣国バートラムとも繋がりが出来たことで、今まで手に入らなかった貴重な書籍も手に入るようになった。
しかもここしばらく、メイドのシルファやよく世話を焼いてくれる第二王子のアルベルトも忙しく俺にかまっている暇がないようなので、自由にやらせてもらっている。
いやぁいいのかな。毎日部屋から出ずに貴重な本を読めて。何だか悪い気がしてくるぞ。
そんなことを考えながら本を開こうとすると、バタバタ走り回る音が聞こえてきた。
「……なんだか外が騒がしいな」
窓の外を見ると、兵士たちが城の外を走ったり、筋トレなどの厳しい訓練をしている。
見れば銀髪のメイド、シルファが兵士たちの指導をしている。
「珍しいな。シルファが俺じゃなくて兵士を鍛えてるなんて」
「呆れた。やっと気づいたの? ここ最近ずうっとだよ」
隣に立っていた褐色のメイドが言う。
「シルファさんは兵士たちの指導、アルベルト様や他の王子様もドタバタしてる」
彼女はレン、元は暗殺者ギルドに所属していたが、色々あってメイドとして働いている。
毒を操る能力を持つが、今はそれをコントロールする練習中だ。毒の成分は配合量を調節することで薬にもなるからな。
手にしたポットをティーカップに傾けると、特製の薬膳茶のいい匂いが部屋中に香る。
俺はそれを受け取り、くいっと唇を濡らす。
ふむ、また新しい薬の組み合わせか。……うん、いい味だ。腕を上げたな。
「で、なんでドタバタしてるんだ?」
「うそっ!? それも知らないの!?」
レンは驚き目を丸くする。
ずっと本を読んでいたからなぁ。
ていうか何が起きてるか全く興味なかったしなぁ。
今のもなんとなく話のタネにしただけだしなぁ。
「……どうやら本当に知らないのね。呆れたというかロイドらしいというか……今サルーム王国は滅亡の危機に瀕しているって噂だよ?」
「そうなのか?」
「うん。大暴走ってあるよね」
「あぁ、魔物の大量発生による災害だろう。大きければ村を踏み荒らす事もあるとか」
「その超、超超超~~~でっかいのが、今迫っているんだよ。領地を踏み荒らすほどの! それを防ぐために、皆ドタバタしてるの!」
レンは両手を広げ、それだけ大事なのだとアピールする。
ほう、大規模な大暴走か。
それ自体は知っているけど実際に見たことはないんだよな。
特定地域の魔力濃度が上がることで魔物のたちが酩酊状態を引き起こし発生するとか、魔物の王的な存在が命じて起こるとか、他にも餌不足、進化の過程、危機からの離脱……諸説あるが本当の原因はわかっていない。
本来は群れず、長距離の移動をしない魔物の性質を狂わせる何か、ね。
考えれば考えるほど気になって来たな。
「言っておくけどボクは何度か説明してるからね。ロイドは聞いてなかったみたいだけど」
ムスッと頬を膨らませるレン。どうやら聞いてなかったようである。
読書中は集中しているから仕方ない。
「領地を荒らされるのは困り物だし、心配だな。ちょっと行って見てくるかな」
「……何でニヤニヤしているの?」
おっと、口元が緩んでいたようだ。いかんいかん。
それは楽しみにもなるさ。大暴走が起こる説の一つに魔物たちの内包魔力の異常変化、というのもある。
魔物たちの身体で何が起きているのか、はたまた他の要因があるのか、興味が尽きない。行かない理由がないというものだ。
「それじゃ、すぐに戻るから」
「うん、気を付けて」
レンに別れを告げ、部屋を出る。
北の方から来ているとか言ってたな。詳しい場所はわからないが、大丈夫だろうか。
「国が危機とか言われているほど大規模なものなら、きっと見ただけでわかりやすぜ」
俺の掌にひょこっと口が生まれる。
こいつはグリモ、魔人だ。色々あって俺の手に住まわせている。
「えぇ、観測されている中で最大の大暴走は、地平を埋め尽くすほどと言われております。レンたんの言うことが本当であれば、探す必要すらないでしょう」
今度はもう片方の掌に生まれた口が言う。
こっちはジリエル、天使だ。やはり色々あって俺の手に住まわせている。
「ふむ、とにかく行ってみるか」
どちらにしろかなり大ごとのようだな。
ワクワクしてきたぞ。はやる気持ちを抑えながら庭へ出る。
「おや、どこへ行くんだいロイド」
と、金髪のイケメン、サルーム第二王子――アルベルトが声をかけてきた。
まるで待ってたかのようなタイミングである。
「はっはっは、まるで待っていたようなタイミングだ、とでも思っている顔だね。さもありなん、実はロイドが城の外に出たらわかるように追跡魔術をかけていたのさ」
「なんと……そうだったんですか?」
追跡魔術とは、特定の相手に魔力刻印を穿ち、その流れを監視するというものだ。
それなりに難易度の高い魔術だが、城内でも最高レベルの魔術師であるアルベルトならそれくらいワケはないだろう。
読書に夢中だったとはいえ、俺が気づかないとはかなり巧みな術式を組んだようである。
「最近のロイドは魔術師としてかなりのレベルになっているからね、術式を弄らせてもらったよ。気づかなかっただろう?」
「えぇ、全く……」
本を読むのに夢中だったからな。
集中しているとシルファやレンが近くにいてもよく存在を忘れる程だ。
「しかし何故俺にそんなことを?」
「ロイドが大暴走のことを知ったら、すぐにでも飛び出していくだろうと思ってね。悪いが黙って仕掛けさせてもらったんだ」
俺の性格を読まれていただと……?
地味な魔術好きの子供として、ひっそり生きてきたはずなのになんてことだ。
動揺する俺を見て、アルベルトは微笑を浮かべる。
「以前にも誰に知らせることなく、こっそり城を抜け出しては難事を解決してきたお前のことだ。国に危機が迫っているとなれば、黙ってはいられないだろう。だからお前の耳には入れないようにしていたのだよ。しかし今回ばかりはそうはいかない。如何にロイドと言えどあまりに危険すぎる」
「え、えーと……あはは……」
今までもただ面白そうだったから行ってただけなんだが。
すごく勘違いされているが、言い訳したら逆にドツボにハマりそうだし笑って誤魔化しておこう。
「地平を埋め尽くすほどの魔物が森を食い荒らし、村を踏み潰しながらサルームに向かっている。間違いなく過去例にないほどの大暴走だ。お前一人に背負わせることはとても出来ない。だが何も案ずることはない。ロイド、お前とゼロフ《第三王子》が共同開発した飛行ゴーレムのおかげで大暴走の起こりを早期に発見出来たし、ディアン《第四王子》率いる職人たちが魔剣を大量に製造してくれている。それと並行して練兵も進めているのだ。皆が力を合わせればこの国難、必ず乗り切れるさ!」
白い歯を見せ爽やかに笑うアルベルト。
なんというイケメンスマイル、女性兵士たちがキャーキャー言っている。
「――それに、もうすぐあの人たちが帰ってきてくれるからね」
「あの人たち?」
俺が首を傾げていると、兵士が割って入って来た。
「アルベルト様! た、大変でございます!」
血相変えた兵士がアルベルトの元へ駆け寄り、跪く。
「どうした。騒々しいぞ」
「ま、魔物どもが現れました!」
「なにっ!?」
わあああああ! と門の方で声が上がる。
門の外へ意識を集中するとそこには確かに多数の魔物の反応がある。
猛々しい魔力の渦……こいつは相当な数がいるぞ。
「来い! ロイド!」
アルベルトに手を掴まれ、『飛翔』で城門へ飛んでいく。
城門の上に降り立った俺たちの眼下には、大量の魔物が見えた。
「な……大暴走によって集まった魔物たちは、まだ相当遠くにいるはず……! 何故城の近くにいるのだ!」
それを見たアルベルトは声を荒らげる。
兵士たちも突然の魔物の出現に右往左往しているようだ。
「大暴走は広範囲の魔物の群れを取り込み、大きく成長する……起点はどこかわからねぇが、規模によってはこの辺りの魔物どもがアテられて大暴走化しても不思議じゃあないですぜ!」
「まっすぐ城に向かってきますね……まずいですよロイド様!」
グリモとジリエルの言葉に頷く。
魔物の群れは千近くはいるだろうか。城外にはまだ民が残っており、門の周囲は混乱の最中だ。このままでは大きな犠牲が出るだろう。
――仕方ない。実力を知られたくないなんて言ってる場合ではないな。ここは俺がどうにかするしかないか。
強めの魔術でぶっ飛ばせば、被害は最小限に抑えられる。
ここから撃てば俺の仕業とはバレないだろう。
疑われたら偶然天変地異が起きたのでは? とか言って誤魔化しておこう。……流石に苦しいかもしれないが、ええい悩んでいる時間はない。
「■――」
呪文を唱えかけた、その時である。
どおおおおおん! と魔物の群れが吹き飛んだ。
何だ? 俺はまだ何もしてないぞ。
「な、何事だ!?」
「騎馬隊です! 数十騎の騎馬隊がこちらに向かっています!」
兵士の指差す先、馬に乗った騎士たちが、土煙を上げながら駆けてくるのが見える。
数十騎の騎馬隊が二つ、片方は魔物の群れを吹き飛ばしながら中央突破しかけており、もう片方は城を守るように魔物たちの進攻方向へと回り込んでいた。
「おいおい……挟撃、といえば聞こえはいいが、あまりに数が違いすぎるぜ。あのままじゃ突破されてしまうぞ」
「それにもうここまで入り乱れると、ロイド様が攻撃出来ない。見守るしかありませんね」
固唾を飲んで見守るグリモとジリエル。
そんな心配を他所に、二つの部隊は魔物の群れを包囲し始めていた。
いや、この数の差で包囲というのもおかしいのだが……ともかく、目まぐるしく隊列を変えながら魔物の数を瞬く間に減らしていく。
「うおっ!? 魔物どもの前方に回り込んだあの部隊、相対した瞬間に一部分だけ力を抜き、突出した敵を包囲しやがった! しかもその優位に固執することなく、柔軟に陣形を変えて対応してやがる。個々の力もさる事ながらあの指揮官、何回指示出してんだよ。まるで戦場全てが見えているようだぜ」
「追撃してる部隊も半端ではないですよ。敵の弱点を食い破るかのような野性的な動き。魔物の群れの中にいながらも縦横無尽に駆け回り、けして囲まれる事なく敵を削り続けている。特筆すべきは指揮官の攻撃力! 御覧なさい、大剣を一振りするたびに敵が吹き飛んでいます」
ふーむ、戦いにはあまり興味がない俺でも惚れ惚れするような戦いぶりだ。
魔物が抜けて来たらこっそり魔術で倒そうかと思っていたが、その心配すらなさそうである。
二つの部隊に襲われた魔物の群れは、気づけば散り散りになっていった。
「あの鎧兜……サルーム第一部隊と第二部隊だぞ!」
「おおおっ! 帰ってきてくださったのか!」
「何というタイミングだ!」
兵士たちの間で大歓声が上がる。
すごい盛り上がりようだ。
「アルベルト兄さん、あれは何者ですか?」
「あぁ、ロイドは知らないんだね。二人はいつも忙しくしているから……ちょうどいい、紹介してあげよう。出迎えに行こうか」
俺たちが地上に降り立つと、丁度二つの部隊が蹄を鳴らしながら門へと辿り着いたところであった。
アルベルトはその先頭に立つ人物の前に進み出る。
傷だらけの全身鎧を着た二人は馬に乗っていることを加味しても背が高く、片方は凄まじい長さの矛を、もう片方は凄まじく大きな剣を携えている。
逆光で顔はよく見えないが、雰囲気だけでも相当強そうだ。
「何つー迫力だよ。とても人間とは思えねぇ……」
「えぇ、凄まじい威圧感です。只者ではありませんね」
グリモとジリエルもその二人を見てビビっている。
魔力は殆ど感じないが確かにこの二人、すごく強そうだ。
「おかえりなさいませ。シュナイゼル兄上、そしてクルーゼ姉上」
「うむ」
アルベルトの言葉に短くそう返すと、二人は兜を取った。
いつも読んで下さりありがとうございます。
原作本4/28、コミック5/7発売です。
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