かつて、ホムンクルスと
ごごごごごごご、と地鳴りが大きくなっていく。
星の一撃にて空は裂け、大地は捲れ上がり、地平は赤く染まっていた。
「や、やばい。やばすぎるぜ……何だこりゃあ……魔王の鉄槌か何かじゃねぇのか!?」
「とてつもない破壊力……まるで黙示録を思わせるような大規模魔術です……! 恐るべしロイド様……!」
呆然としていた二人だが、すぐに何かに気づいたように息を飲む。
「ロイド様! もしかしてここも巻き込まれちまうんじゃねーですかい!?」
「衝撃波が近づいてきています! すぐに退避を!」
「いや、必要ないよ」
二人の言葉に首を振り、すぐそこに迫る衝撃波に向けて指先をかざす。
破壊の痕跡は全く動いておらず、途中でぴたりと止まっていた。
「大規模魔術の破壊力は想定内、故に俺はもう一つの大規模結界魔術『絶天蓋』を展開している」
次元断層を生み出すこの結界は、遥か古代にて幾つもの国を滅ぼした大噴火すらも防ぎ切ったと言われており、通常の結界には存在する許容量というものが、ない。
あらゆる物理干渉を遮断するこの結界を衝突地点の半径300メートルに張り巡らせたことで、こちら側にはそよ風一つすら届かない。
「おお……確かに衝撃波が途中で止まってやすね」
「しかし中は悲惨なものだ。結界内にいたイドはもはや生きてはいないでしょう」
「あー、そっちも大丈夫」
足元に視線を向けると、そこには俺そっくりな少年、イドが転がっていた。
「うおっ! イドの野郎じゃねーですか! 何でここに!?」
「気を失っている……空間転移で引き寄せたのですか?」
「うん、空間転移は俺との濃い繋がりが必要だが、イドは俺の作ったホムンクルスだからね。パスは十分通っている。先刻までは反目の意思があったから無理だったけど、今は気を失っているから無理矢理連れてこられるんだ」
そんな会話をしていると、イドがゆっくりと目を開ける。
「……ぅ」
どうやら気がついたようだ。
イドは俺に気づくと、目を丸くした。
「ロ、イド……! 何故、君が……? ここ、は……?」
「目が覚めたか? ここはディガーディアの中だよ」
呆然としていたイドだったが、俺の言葉に息を飲んだ。
「助けたと、いうのか……僕を……」
「うん、勝負はついたし、命まで奪う必要はないだろ?」
というか、イド程の知識がある者を殺すのは惜しい。
錬金術に関してはきっと俺よりも上だろうし、その関連で聞きたいことはいくらでもあるからな。うんうん。
「余計な、事を……!」
だがイドは恨みがましく俺を睨みつける。
「誰が助けてくれと頼んだ! あなたに手も足も出なかった僕にそんな価値はないのに! あの時だってそうだ! なんでまだ、僕を生かす……!」
涙を浮かべながら声を張るイドに、グリモとジリエルが尋ねる。
「また? またってのはどういう意味だよ?」
「以前も似たようなことがあったのですか?」
「……えぇ」
二人の問いに頷くと、イドはぽつりぽつりと語り始めた。
「ホムンクルスとしてロイドに作られた僕は、育児用のゴーレムの中で育てられました」
そういえばそんなの作ったなぁ。
赤子を育てるのは手がかかるので、子育て専用のゴーレムを作ったのである。
水や食料を与える足り排泄物を掃除したりだけでなく、あやしたり学習させたり、遊び相手までこなしてくれるという便利なものだ。
ホムンクルスとセットで作ったのだ。さすが俺、準備がいい。
「人任せというかゴーレム任せというか……ロイド様、自分で蒔いた種なんだからよ。面倒でも自分で育てるべきだと思いやすぜ」
「私はむしろ感心いたしました。ちゃんと面倒を見ていたなんて見直しましたよ。ロイド様!」
ジリエルがフォローを入れるが、それって逆に馬鹿にしてないか? 不本意である。
「それ自体は何の問題もありません。ゴーレムたちに育てられていた日々は僕にとって幸せなものでしたから。……ともあれ僕は順調に成長していきました。それに伴い自我も芽生え、いつしか自分が生まれた理由について考えるようになったのです。人は誰かの役に立つ為に生まれてくる。僕にとってそれはきっと創造主であるロイドなのだろうと」
イドは更に言葉を続ける。
「ですが、いつまで経ってもロイドは僕を必要としてはくれなかった。寝ても覚めても自分の研究ばかり、だから僕はロイドに構ってもらえるよう独学で錬金術を学ぶことにした。それなら力になれるだろうと思って。……だが僕が錬金術を覚えるのと反比例するように、ロイドは錬金術に興味を失っていった。ついにはゴーレムや僕たちを見ることすらしなくなり、代わりに魔術に傾倒していった」
いやー懐かしいなぁ。あの頃は錬金術で得た知識を魔術に応用するのが楽しくて仕方なかったっけ。
しみじみと思い返していると、イドが語り始める。
「だが、あれは忘れもしない三年前……」
◆
「――ロイド、お願いがあります」
僕より一回り大きな僕、ロイドに僕は真剣な声で話しかける。
「ん、どうしたんだい?」
ロイドは魔術書を読みながら軽く答える。
いつとのようにこちらを一瞥もしないロイドに、僕は言った。
「魔術に傾倒するのは構わない。でも時々でいいから僕やゴーレムたちにも目を向けて欲しいんだ。僕たちはあなたに作られた存在、主の役に立てなければ生きている意味はない」
僕の後ろにいたゴーレムたちも、前に出る。
「ロイド様、またあの頃のように我らをお使い下さいませ」
「いつぞやのようにあなた様に使えるのが我らの幸せでございます」
「タマニハ遊ンデ欲シイヨォー!」
僕の育ての親でもある彼らの願いもまた同じ。
だがロイドは興味なさげにため息を吐く。
「んー……悪いけど今は君たちと遊ぶより魔術の方が楽しいんだよね。また今度で」
「そう言い続けてもう一年は経っています。お願いします。我々に情けをいただけませんか?」
「っても気分が乗らないんだよなぁ……そうだ」
悪戯っぽい笑みを浮かべてロイドは続ける。
「じゃあさ、俺と勝負して君たちが勝てたら、また遊んであげるよ。それでどうだい?」
「……二言は、ありませんね」
「もちろんだとも!」
すごく嬉しそうな顔で頷くロイドに、僕たちは本気で勝負を挑んだ。
しかし僕たちは手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされた。
「はい終わり、残念だったね。じゃあ俺は忙しいからこの辺で」
ロイドは僕たちを見下ろすと、また本を読み始める。
「――壊して、欲しい」
僕は何とか身体を起こし、声を絞る。
「勝負に敗れ、創造主に見捨てられた我らにもはや存在価値はありません。どうか一思いに僕を破壊してくれ」
他の者たちも僕に続く。
気持ちは同じだ。
しかしロイドは僕たちの意を汲んではくれず、首を横に振る。
「それは嫌かな」
「何故だ! 壊す価値すらないとでもいうのですか!?」
「あぁ、今のままではね……」
僕の問いに、ロイドは顎に指を当て考え込むのみだ。
答える価値すらない、というのだろうか。
「――錬金術はともかく彼らは非常に面白い。造られた生命が意思を持って俺に戦いを挑み、更には自ら死のうとするなんて、まるで人間じゃあないか。とはいえ今更錬金術をする気も起きないし……そうだ、彼らに錬金術の研究をさせればいつかは俺を上回る程の使い手に育つかもしれない。そうなればその上澄だけを掬い取って俺の技術に転用できるかも。……うん、我ながらいいアイデアだ」
何やらブツブツ言っていたかと思うと、ロイドはにやりと笑い僕たちの方を向く。
「今の君たちは破壊する価値もない。だが少しは見所がある。たくさん学んで修行して、好きな時に挑んできなよ」
「……はい」
それ以上何も言えなかった僕たちは、次こそ必ずロイドに自分たちの力を見せつけると誓い旅に出た。
この城にいる以上新たな知識を手に入れるのは難しい。
国外ならばロイドを満足させる程の知識と技術があるだろうと思ったからだ。
◆
「そうして僕たちはこの国に辿り着き、旅で得た様々な知識と技術を用いて最強のゴーレムを作り上げた」
歯噛みし、目を潤ませながらイドは俺に言う。
「あー……」
何となくだが思い出してきた。
言われてみればそんな事があったようななかったような。
「それでもロイドには敵わなかった。けれどあの一撃でようやく終わらせて貰えるのだと思った。だが、また叶わないのか……」
イドの瞳から涙が溢れる。
「チッ、男がくだらねーことでメソメソしやがってよぉ」
そんな空気を壊したのは、グリモだ。
俺の手から姿を現すと、イドを見下ろした。
「黙って聞いてりゃガタガタと抜かしやがるじゃねーか! 相当甘やかされて育ったようだな、お坊ちゃんよぉ!
「な、何だと……!? どういう意味だ!」
「言葉通りだよ! 生まれてきた意味だぁ? 生きる目的だぁ? 随分と贅沢な悩みじゃねーか。世の中にはそんな事を思う暇すらなく死んでいく奴らが腐るほどいるっつーのによ!」
グリモは苛立ちを隠そうともせず、言葉を続ける。
「俺のいた魔界では弱者の命に価値なんてものは微塵もなかった。だがどいつもこいつも毎日必死で生きていたよ。生まれてきた意味なんてくだらねぇことを考えられる余裕があること自体、恵まれている証拠なんだよ!」
イドはグリモの言葉にハッとなる。
「まさか……ロイドは僕のそんな甘い所を治そうとして、死にたがっていた僕を生かし続けたというのか……? 放置していたのも、たくさん学べと言ったのも、僕に自分の甘さを気づかせる為……?」
何やらブツブツ言い始めるイド。
その目は先刻までの敵意に満ちたものではなく、どこか柔らかく見える。
「当然そうでしょうね。それに富める人間とて悩みがないわけではありません。ロイド様とて王家の七男、兄弟間や家のいざこざなどいろいろなことがあったはず。ですが今はそんなことはおくびも出さずに力強く生きておられる。きっと君が思うよりもずっと苦労したはずですよ」
ジリエルも何かブツブツ言っている。
イドの視線は更に輝きを増していた。
「確かにそうだ。旅先で他の王侯貴族も見てきたが、長男次男以外の扱いなんて酷いもの。やる気をなくして自堕落に過ごしたり、人の道を踏み外し犯罪者に身を落としたり、腐っていく者は多くいた。しかしロイドは七男という恵まれない生まれにも関わらず、腐らずに王家としての務めを果たし、尚且つ魔術師として皆に頼られる存在となっている。そしてそれを何とも思っちゃあいない。……ふふ、自分の生まれを嘆き、親に構って欲しいとごねる赤子のような僕とはえらい違いだな」
またもブツブツ言っていたかと思うと、イドはまっすぐに俺を見つめてきた。
「……どうやら僕はあなたを誤解していたようだ」
何だろう。よくわからないがすごい誤解を受けている気がする。
「僕はどうやらまだまだだったようです。ふふ、こんなザマではあなたに勝てなかったのも当然だ。僕の完敗です」
そうブツブツ呟きながら、イドはゆっくり目を閉じる。
その顔は付き物が落ちたように安らかであった。
おかげさまで書籍1、2巻発売中。コミックも2巻が発売しました。
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