巨大ゴーレムとバトルします。後編
パチパチと火花の爆ぜる音、圧縮された空気が抜けていくような音。
杖を構えたまま貫かれたマギカミリアの姿が煙の中から露わになる。
「し、信じられない……全魔力を込めた一撃だぞ……!? 先刻は効いたはず! なのに何故、微動だにしないんだ……!?」
愕然とするルゴールに、イドは苦笑を返す。
「そりゃまぁ先刻はロイドに注力していたので、他は無防備だったものですから、少々のダメージを受けてしまうのも仕方ありません。ですがそれを見て調子付いてしまうというのは……何というか、滑稽ですね」
「く……!」
「さて、気は済みましたか? でしたら今度こそ退場していただきましょう」
タイタニアの触手が一本、二本とマギカミリアの手足に絡みついていく。
メキメキと痛々しい機体が軋む音、その手足があらぬ方向へと曲がり始める。
「や、やめろ! やめてくれ!」
懇願するルゴールだがイドはそれにかまわず力を込めていく。
マギカミリアの外装が剥がれ落ち、内部パーツが弾け飛ぶ。
「さようなら」
とどめたばかりに触手が大きく膨れ上がった、その時である。
マギカミリアが消失した。
俺が空間転移で郊外まで飛ばしたのだ。
「その辺にしとけよ、イド」
「ロイド……まさか彼を助けたのですか?」
「まぁね」
件の術式回路はあくまでも俺の想像、実物を見なければわからない事も多々ある。
機体が破壊されたらそれもわからなくなってしまうからな。
あとで修理にかこつけて見せてもらおう。うん、ナイスアイデア。
「やれやれ、随分とお優しいですね。僕にはそんなこと、一度としてしてくれなかったというのに」
嫌味たっぷりといったイド。
「刺々しい物言いだな。そんなに俺が憎いか?」
「……だからここに、こうして立っている。あなたを倒す為にね」
勿体ぶった口調のイドに、俺はため息を一つ返した。
「何でもいいけどさ。それ以上、御託が必要か?」
「――いいえ」
そう言って、タイタニアは触手を無茶苦茶に振り乱す。
その数はゆうに数百本を超えていた。
「これ以上の言葉は不要です!」
タイタニアの瞳が赤く光り、触手が無数の風切り音を奏でながら襲いかかってくる。
触手か。だがそれはもういいんだよな。
レバー横のスイッチを押すと、ディガーディアの尾が生き物のように呻る。
その接続部分がパージされ、地面に突き刺さる。
分たれた尾は地面を掘り進んでいき、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
――そして、ずずん! と地面が大きく揺れる。
「な、なんだこりゃあ!?」
「地面が……沈んでいるですと……!?」
ディガーディアの尾は追尾弾となっている。
対象目掛けどこまでも追いかけていくこの追尾弾。その先端部分にはドリルを取り付けられており、文字通りどこまでも追尾する。
硬化の術式を書き込んだ刃はあらゆる物理的な壁を貫通し、俺が爆破させるまでどこまでも追尾するのだ。
対象は地中深くに感知した自然の魔石、ただし命中させるのはたっぷりと地中を掘り進んでからだ。
「空洞だらけの地中で大爆発が起こればどうなるか、説明するまでもない」
足元が崩れたタイタニアは触手ごと機体を地面に沈ませ、身動きが取れなくなっていた。
触手を使って這い上がろうとするも自重を支えることは出来ずどんどん深みに落ちていく。
大きくて重いのは結構なことだが、それに付随する欠点も当然生まれるのだ。
「さて、まさかもう終わりじゃないだろうね」
「当然、想定していますよ」
イドが呟いたその直後――ばきん、と何かが外れるような音がした。
ばきばきと、断続的に鳴り響く音と共にタイタニアの身体が崩れていく。
「ど、どうなってんだこりゃあ……」
「竜、でしょうか……しかしこの姿はまるで……」
崩れた巨体の中から見えたのは、蒼き竜。
巨大な翼に長く伸びた尻尾、鋭い爪と牙、蒼銀に輝くボディ。
その姿は紅き竜、ディガーディアと鏡写しのようであった。
「……驚いたな。ディガーディアそっくりじゃないか」
「それは僕も同じです。まさかロイドがタルタロスとここまで似たようなものを作り上げてくるとは思いもよりませんでした。ですが姿形は同じでも、スペックの方はどうでしょう?」
蒼き竜、タルタロスが崩れ落ちる触手の山から飛んだ。
――疾い! 高速で飛来するタルタロス、鋭い両爪がディガーディアの頭を狙う。
魔力障壁を展開し防御を試みる、が触れた瞬間融解していく。
即座にそれを察知した俺はギリギリで攻撃を回避した。
「そう、中和結界ですよ。あなたが使ったのと同じものだ」
「考える事は同じか。……だったら」
腰から大魔剣を引き抜き、斬撃を繰り出す。
同時に、タイタニアもまた背中から巨大な剣を抜いてきた。
ぎぃん! と鋭い音と共に弾ける火花。
二、三度打ち合った後、互いに距離を取った俺とイドは背中の魔力砲を構えた。
放たれた魔力砲が丁度真ん中で激突し、大爆発が巻き起こる。
立ち上る煙へと突進を仕掛けるが、向こうも同じことを考えていたようだ。
すれ違いざまに斬り結びながら、街中を走り抜けていく。
「おいおいまるっきり同じ武装じゃねーですかい!」
「そのうえ機能も完全に互角……いや、わずかに向こうの方が……」
斬撃のたびに、大魔剣が僅かずつではあるが欠けていく。
砲撃もやや威力負けしており、相殺しきれない分のダメージを確実に貰っていた。
「ふふふ、どうやら僕のタイタニアの方が、あなたのディガーディアよりも上のようですね。ですが気を落とすことはありません。長い間研究を続けてきた僕にここまで追い縋れたこと自体が異常なのですから。ですがそれもここまでですよ!」
構え迫り来るタイタニア。
それに応じるべく大魔剣を構えようとして、気づく。
いつの間にかタイタニアの尾がなくなっていることに。
「ロイド様! 下ですぜ!」
グリモの声に反応した瞬間、追尾弾が姿を見せる。
――そこまで同じとは。思わず苦笑いをしつつ、大魔剣にてガードする。
閃光と衝撃、機体が吹き飛んだのがコクピットからでもわかる。
ディスプレイに視線を落とすと、真っ二つにへし折れた大魔剣が映っていた。
「正面です! ロイド様!」
ジリエルの声とほぼ同時に、繰り出されるタルタロスの斬撃。
中和術式による斬撃は魔力障壁では防げない。
当然回避出来るような間合いでもなく、大魔剣も破壊された今、他に防御の手段はない。
「くっ!」
何とか後ろに跳んで躱すが、背後は巨大な塔の破片が積み上がっていた。
逃げ場は、ない。
「どうやらここまでのようですね! ロイド!」
錬金術、特にゴーレムの研究は俺にとってまだまだの領域だ。
ずっとこれらの研究を続けていたイドには流石に敵わないか。
俺は諦めのため息を一つ落とした。
「仕方ない。本来の使い方でやるか」
「何をごちゃごちゃと――」
言いかけて、イドが動きを止める。
止めざるをえまい。何故ならその両手足には蔦が絡みつき、流砂と化した地面へと引き込まれようとしていたのだから。
「なん、ですか? それは……!?」
「何って、魔術だが?」
驚愕の声を発するイドに俺は返す。
だが俺の答えに納得がいかないようで、信じられないと言わんばかりの声を上げる。
「バカな! いくら凄まじい程の魔力を持つロイドと言えど、長い年月をかけ大量の術式を込めて作り上げた僕のタルタロスを捕えられるはずがない!」
「あぁ、そうだろうな。普通なら」
そう言って俺は、ディガーディアの両掌を開いてタルタロスに向ける。
両掌にそれぞれ空いていたのは口。
そこからは大量の呪文束が垂れ流されていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
それを見てイドはすぐに気づいたようだ。
「儀式による大規模魔術の発現……! そうか、これは……!」
「あぁ」
俺は頷き、言葉を続ける。
「ディガーディアは確かにゴーレムだ。しかしその本来の形は、祭壇なんだよ」