巨大ゴーレムとバトルします、中編
対峙するタルタロス、その無数の触手がうねり、のたうち――そしてぴたりと俺へと狙いを定める。
びっしりと広範囲に広がったそれは、まるで騎兵を止める槍衾のようだ。
「数千を超えるタルタロスの触腕、避け切れますか!?」
イドの声と共に降り注ぐ触手の雨。
回避一番、俺はバーニアを逆向きに吹かし後方に飛んだ。
前方に突き刺さる無数の触手が地面に大穴を開けていく。
「なんつー速度と威力! 他のゴーレムとは比べ物にならねぇですぜ!」
「しかもあの触手、攻撃のたびに周囲の魔力をごっそり奪い取っています!」
魔力を吸い取る魔物はそれなりにいる。
その手の魔物は物理攻撃で倒すのがセオリーではあるが……
「一応やってみるか」
抜き放つは大魔剣、単純に術式で強化したこいつの斬撃なら奴の触手も切断できるだろうか。
構えたそれを触手目掛けて斬りつける――が、真ん中あたりで止められてしまった。
「バカな! ロイド様が何十何百と術式を編み込んだあの大魔剣を防ぐとは!」
「異常な硬さと弾力ですぜ! しかも即座に再生してやがる!」
二人は驚いているが、ぶっちゃけ俺はこうなると想定していた。
殴って倒せるならマギカミリア含む他のゴーレムたちがある程度ダメージは与えているはずだからな。
カオスクラーケンの触手にエビルプラントとエタニティシードの体組織を埋め込んだ、とでもいったところか。
軟体生物の柔軟かつ強靭な筋力、植物の生命力と再生力、それをあの巨体に積んである大魔力路で無理矢理成立させているのだろう。
やるじゃないかイドのやつ、相当な錬金術の知識がないとできないことだ。
「おもしろい、どれ程の出来映えか見せてもらうとするか」
先刻の大魔剣は何の工夫もない素の状態。
確かに術式による強化はかけられているものの、あくまですごく良く斬れる剣でしかない。
もちろん普通ならそれだけで十分すぎるのだが、ディガーディアには他にも沢山の仕掛けが施してある。
というわけで連結器の起動スイッチをオンにする。
コクピットと機体を直結させることで俺の魔力のみならず、『気』をも機体を通して発動させることができるのだ。
これだけ丈夫な的を相手に出来るチャンスは滅多にない。いい機会だし一通り試させてもらうか。
「まずは『気』でいってみよう」
全身で練り上げた体内の『気』を機体全身に巡らせるイメージ。
手にした大魔剣がうっすらと光を纏っていく。――よし、リンク完了。いけそうだ。
「よっと」
ぶぅん! と風切り音と共に宙を舞う触手。
先刻までの手ごたえは全く感じず、紙でも切っているかのようだ。
それでも向かってくる触手を俺は次々と斬り飛ばしていく。
「おいおい、『気』を武器に、しかも機体越しに纏わせてやがるのか!? 何十年も修行をした達人ですら武具に『気』を纏わせるのは至難! 俺様ですら数人しか見たことねーってのに、それをあっさりやってのけるとは……!」
「魔物相手に『気』による攻撃は非常に効果が高いものですが、元々攻撃力のある魔剣と組み合わせることで更にとんでもない威力になっていますね……」
二人が何やらブツブツ言っている。
どうやら『気』による斬撃は生体相手には十分効果があるようだな。
「しかし相手はもう再生しかかっているな。『気』の伝達を強めないと、これ以上の相手と切り結ぶのは難しそうだ」
「恐らくこれ以上の相手と戦うことは二度とないと思いやすが……」
「タイタニア自体、世界を滅ぼしかねない性能を持っていますからね」
二人は何故かドン引きしている。
俺は冷静に状況を分析しているだけなんだけどな。
「お次はこいつだ」
纏わせた『気』に加え、魔力も練り込む。
異なる二つの力が渦巻き混じり、雷光を放ち始めた。
機体越しだからか完全に融合させるのは難しいようだ。少しノイズが混じっているな。
「そりゃっ」
魔術と気術を加えた斬撃を繰り出すと、触れた触手が消し炭になった。
タルタロスはよろめきたたらを踏んでいる。
うん、中々いい攻撃力だ。
大魔剣は編み込む術式を抑えることで、状況に応じて形態を変えられるようにしてある。
こんな相手は滅多にいないし、最近生み出した術式を片っ端から試してみるか。
剣速を上げる術式、激突の瞬間に爆発し衝撃を与える術式、機体を浮かせ高速移動させる術式、剣自体の重量を操作し受け手を翻弄する術式……あれもこれもそれと……おっと流石に盛り過ぎか? でも楽しくなってきたぞ。
「ふふふ、いいですね。流石はロイド! このくらいはやってくれないと歯ごたえがありません」
俺の攻撃にイドも高笑いで答える。
見れば触手は切り落とす先から再生している。
もちろん何の問題もない。試したいことはまだまだ山ほどあるからな。
降り注ぐ触手の攻撃を様々な趣向で待って捌く、弾く、防ぐ、尽く斬り伏せていく。
じりじりと歩を進めていくが、いくら斬っても生えてくる。
相当な再生速度だ。
かなりの数の触手を切除したはずだが、まだ本体は見えてこないな。
「この強度に加えて再生力、キリがありやせんぜ」
「地道に削っていくしかないかなー」
触手の森をかき分け進んでいく最中、後方から差していた陽光が消えた。
どうやら体内に閉じ止められたようだ。
道理で触手の壁に偏りがあると思っていたが、なるほど。これを狙っていたのか。
「かかったねロイド! 僕の中で朽ち果てるがいい!」
イドの声と共に、全方位から触手が一斉に襲い来る。
剣一本で捌き切るには少々骨か。――もう少し試したかったが仕方ない。
俺がスイッチに指をかけた、その時である。
どおん! と爆発音が生じ、俺を取り囲む触手の壁が大きく揺らいでディガーディアが外に出された。
「待ちたまえ!」
ルゴールの声が響き渡った。
触手の隙間から見えるのは杖を携えたマギカミリアだ。
「僕たちはまだ、終わってないぞ!」
「君は……なんだ、まだ残っていたのか」
俺へ向けたものとは打って変わり、イドの声は冷たく無関心なものであった。
「――いや、すまない。侮辱するつもりはないんだ。君たちのおかげでロイドとここまで戦えるようになったのだからね。感謝すらしている。だがこれ以上の邪魔立ては無粋というもの。今なら見逃そう。回れ右してここを立ち去ると良い」
だがマギカミリアはその場を動こうとしない。
それどころか全身から蒸気を噴き出し、手にした杖に魔力を充填させている。
「あいにくだがその提案は飲めないね。ロイド! 君が時間を稼いでくれたおかげで魔力のチャージが完了した! 今からこの触手を吹き飛ばす。その隙に奴の本体を叩いてくれ!」
「ルゴール……」
先刻の一撃、確かにこの触手を吹き飛ばした。
マギカミリアの武装ではあの触手にダメージを与えるのは難しいはず。にも関わらず一体どんな手品を使ったのだろうか。……興味あるな。
「わかったよルゴール、共に奴を倒そう! さぁ今のをまたやってくれ!」
「ロイド様、すげぇ目をキラキラさせてやすね……」
「きっと見たことのない技術を見られると思っておられるのでしょうね」
二人は何やらブツブツ言ってるが、ルゴールは感動したようだ。
「ロイド……応とも! 我らが力を合わせれば、貫けぬものなどない!」
マギカミリアが杖を構えると、そこへ向かって勢いよく魔力が流れ込んでいく。
ふむふむ、機体の全身五ヶ所から強い魔力反応。
複数基の魔力炉を取り付けているのだろうか。
……いや、違うな。あれは魔力増幅器、回路自体に術式を書き込むことで、通常よりも遥かに大きい魔力を生み出しているのだろう。
たかだか1ミリ程度の回路にそれだけの術式を書き込むなんて、とんでもない手間だな。相当な愛がないとできないだろう。
俺が感心している間にも、マギカミリアの魔力はすさまじい勢いで高まっていく。
「魔力炉解放、一番から二十九番回路まで全て使う。出し惜しみはなしだ――」
杖の先端がまばゆく輝き、そして――光の渦がタルタロスへと一直線に伸び、爆ぜる。
衝撃波で周囲の家屋が消し飛び、高熱が壁や屋根を溶かしていく。
「うおおおっ! こいつはとんでもねぇ威力だぜ! あんなしょぼくれたゴーレムにこれほどの威力が出せるとはよ」
「えぇ、これならイドといえども耐えられるものではありますまい! さぁロイド様、今のうちに本体を!」
だが俺は動かない。
閃光の向こう、触手の壁はまだ解けていない。
それどころかむしろ――
「ば、バカな……!?」
出力限界が訪れたのだろう。マギカミリアの放つ光が徐々に弱くなっていく。
もうもうと立ち上る煙の中、うごめいていた細長い影が鞭のようにしなった次の瞬間。
――ずん! と鈍く重い音が辺りに響き渡る。
伸びた触手はマギカミリアの胴を貫いていた。