第十七節 紅白戦その5
第十七節 紅白戦その5
1―1、同点の場面。2アウト満塁――、打席には六番松本が。
(またスライダーが抜けると、長打を打たれる可能性がある……。コイツの規格外のパワーは恐い……。ここはストレートでコーナーをついて抑える……!)
(よし、分かった!)
タカマサと山田はサインを交わす。一方でチャンスに興奮していた松本。
(初球をたたく……‼)
どうやら初球から振って行く様だ。
マウンド上タカマサ、セットポジションから、このバッターに対しての第一球――、
投げた!
「ビュン!」
アウトコース低めだった。それを――、
「ガギィン‼」
フルスイングで当てて行く松本。
しかし――、
どん詰まりのサードゴロになる。ボテボテの打球。それを素手で掴み、一塁へ投げるお腹君。
「ピッ!」
そして――、
「ガッ‼‼‼」
ファーストと交錯する松本。
(何でだ――――‼‼‼)
一同、絶句。
ボールは一塁線のファールゾーンを転々としていた。
「ザッ」
無傷の松本。
「俺はセーフか?」
『アウトだよ‼‼‼』
一同口をそろえて言う。
「何でだ⁉ パワプ〇9には体当たりという特殊能力があって……」
「コリジョンルールで廃止されたわ‼ てか、ホーム限定だし! お前にスポーツマンシップの精神は無いのか⁉」
松本の声を遮って言う幸村。
「……」
「……」
タカマサ、山田バッテリーは声も出ない。
「スポーツマンシップ? 俺の辞書にはない言葉だな」
何故か得意気な松本。
「このヤロウ! 高校野球とは、純正で明朗で健全でそして神聖かつ崇高なすばらしいスポーツなんだよ! それを‼ てめぇは‼」
悔し泣きしそうになる幸村。
(……ドヤァ)
そしてドヤ顔の松本である。
「ピクピクッ」
一塁手エイジは、完全に気を失っていた。主審である監督は口を開く。
「替えのファーストは居るか? ……というかまず、部員が足りないか……しゃーない、ノーゲーム!」
「‼」
「⁉」
不服そうなタカマサと幸村。
「まぁまぁ、ケガ人の手当ても必要だろう。今日はこの紅白戦の結果を踏まえて、個別に自主練習にする。俺はエイジを病院に連れて行くわ、じゃ」
(じゃ、て……)
監督の言葉に、戸惑いを隠せずにいる部員達。
「そうそう、それと……」
最後に何か言い残す監督
「あの松本という漢、もう連れてくるなよ、タカマサ」
「ハイ! すみませんでした‼」
謝罪するタカマサ。そして――、
「松本」
松本に話し掛けるタカマサ。
「すまん、もう呼ばないから、来ないでくれ」
「! もう、来なくていいのか?」
「ああ」
会話を交わす松本とタカマサ。
「分かった」
松本はショックを受ける事無く受け答えた。
(もう来なくていいのか……)
実は嫌々野球をしていた松本、戦力外通告を受けるも、逆にラッキーくらいに捉えていた。
「なら、俺は帰るぜ? いいな?」
「ああ、帰ってくれ」
この後、タカマサは軽くシめられる事となる。長かった紅白試合編はここで幕を閉じる。
場面は変わって、とある病院――、
「私、女子高生」
「! ! ‼ ⁉」
「ガバァッ‼」
シゲミは目を覚ました。
「チュンチュン」
小鳥がさえずっている。
(最悪の目覚めじゃ)
シゲミは夢にまでBBAが出てくる状態となっていた。深いトラウマが心に残っている。
(BBAめ……どう懲らしめてやろうか……?)
悪巧みを浮かべるシゲミ。ある日、シゲミは考えていた事を実行に移す。シゲミはBBAが病院に来ている事を確認する。BBAの後をゆっくりと追うシゲミ。
そして――、
「ガバァッ!」
口を塞ぎ、体の自由を奪う。
「も、もごもご!」
BBAは声を発するも、言葉にならない。
「これ! BBA。ワシの前でjkと言うのをやめろ! やめないと、こうだぞ‼」
そう言いながら、先程よりも力を強くし、BBAを拘束するシゲミ。
次の瞬間――、
「ぶっ!」
BBAが屁をこいた。
「! ! ‼ ⁉」
「プーン」
カメムシ並みだった。
「こ……これ!」
抵抗するシゲミ。しかし――、
「プーン」
「く……臭すぎる……」
BBAの拘束を解いてしまう。BBAは走り出す。
「皆ぁ! シゲミさんが! シゲミさんが‼」
かくしてシゲミの悪巧みは失敗に終わるのだった。
ナースステーションでスタッフ一同に叱られるシゲミ。
「どうしてこんな事をしてしまったんだ? シゲミさん」
「きっと私の身体に欲情したんだわ」
BBAがほざいている。
「! そんなことは無い‼」
珍しく正しい日本語を使うシゲミ。
「ひそひそ」
ナースステーションの奥でひそひそ話をする看護婦さんが。そこには小田谷さんも居た。
「!」
シゲミは落胆した。
(違う……違うんじゃ、小田谷さん。ワシがあのBBAに欲情するハズがない……そうだ!)
シゲミは口を開いた。
「こ……このBBAが『私、jk』と言うから……だから……!」
「まっ。そんなコト有るわけ無いでしょ?」
BBAはそう返す。
しかし明らかに目が泳いでいた。
「あるわけ無いですよね、ほら! シゲミさん、嘘は良くないですよ?」
「! ! ‼ ⁉」
シゲミはブラックアウト寸前まで追い詰められた。
「仕方ない、今日は臨時で診察を受けてもらいますよ?」
「!」
シゲミは看護師んさんの言葉に耳を疑った。
(あの、無意味な時間を、今日も過ごせ、と……?)
「あと一時間程経ったら、診察始めます。よろしいですね?」
「よぃん!」
およそ一時間後、診察室にて――、
主治医今井、看護師さん二人、そしてシゲミが、そこに居た。
「シゲミさぁん? 困りますよ。こんなコトされちゃあ……」
フーとタバコをふかしながら言う今井。
流石、ヤブ医者である。
「(た……タバコはいいの?)……くぅん」
シゲミは力無く鳴いた。
「こりゃあもう隔離室行きですかねぇ? 薬を飲んでいないかも知れない」
「! ! ‼ ⁉」
シゲミは愕然とした。
「ワシは飲んだ! 飲んだぞ‼」
「ハイハイハイハイ」
事実、シゲミは薬を飲んでいた。しかし効く耳を持たない今井。
「ワシは! ……ワシは‼」
両腕を看護師さん達に捕まれ、隔離室に連れて行かれるシゲミ。
「……(ハハ! いい画が撮れたぞ)」
ヤブ医者今井はまさに悪人の様なおぞましい事を心底から思うのであった。
「ワシは‼」
「ごめんなさいね、決まりだから……」
「ガシャン! ガギィン‼ ガッシャン‼」
シゲミは隔離室の一室に入れられて、鍵を閉められた。
看護師さんの一人は残り、佇んでいた。
「くぅん」
シゲミはまた、力無く鳴いた。看護師さんが口を開く。
「ここだけの話ね、ちょっとシゲミさんの隔離室生活、長すぎると思うんだ」
「⁉」
シゲミは大いに反応した。
「主治医の今井先生ね、咥えタバコしながら社長出勤して、帰りは一番早いんだ」
「‼」
シゲミは口をすぼめた。
「あんなんだからね、過去に3人の患者さんに殴られるか、蹴られるかされているんだ」
(‼ 良いことを聞いた……ワシも蹴ってやろうか……?)
「兎に角」
看護師さんは最後に言う。
「僕だけは味方だからね、何かあったら言ってね」
看護師さんは去って行った。
「……」
シゲミは今にも大粒の涙を流しそうだった。一筋の光明が見えた……。そしてシゲミは後悔した。
(せめて名前……あの人の名前だけでも聞いておけば良かった……)
隔離室生活が再び、始まる……‼




