聖女辞めます。ケツブッ叩きに行くんでケツ洗って待っててください、神様。
「おめでとう!」
「おめでとう、英雄ライア! おめでとう、聖女キャンディス〜」
「ありがとう! ありがとう、みんな……」
その日、私たちは長い旅路を終わらせ、新たなる門出を迎えていた。
長い苦難の旅を共にした仲間たちや、故郷の人々に祝福され、この世界を救った勇者ライアとの結婚式。
私はこの日、この時よりこの人の妻となる。
聖女という役割も終え、これからはお腹の子どもの母として……。
「⁉︎ なんだ⁉︎」
「きゃ、きゃああぁぁぁ⁉︎」
「キャシー⁉︎」
そう、そんな幸せの絶頂にいた私はーーこの世界の影……『エズーファ』に召喚されるという形で奪われた。
私が生まれた世界は日翼世界『ファーエズー』。
この世界の神は双子で、日翼世界『ファーエズー』の裏側には影翼世界『エズーファ』が存在した。
二つの世界は決して交わらず、しかし決して離れる事はない。
ただ、新月の夜に鏡を覗くと『エズーファ』に行く事が出来る、なんて迷信がある程度。
行ったは最後、戻りの道はないのだとか。
だというのに……。
「な、なんで……」
気が付けば影翼世界にいた。
一目で分かる。
空には三日月が輝き、亡霊のような人々が歩き回っているのだ。
私は空に叫ぶ。
なぜ、と。
なぜ私を『エズーファ』に落としたのか。
星侵が現れたからと、幼馴染の恋人、ライアに勇者の力を与え長きに渡る苦難の旅を強いた日翼の神『ファーエズー』。
私は彼を支える為に、日々『ファーエズー』に祈り、そしてその祈りを聞き届けてもらい『聖女』の称号と役割、祈りの力で怪我や病を癒す『聖治の力』を与えられた。
すぐさまライアを追い、彼や、彼の集めた仲間と共についに星侵を倒したのが半年前。
五年にも及ぶ長い戦いだった。
私は彼との子を身籠り、ついに今日……結婚式を挙げたのだ。
それなのに……それなのに……!
「!」
突然、お腹が光り輝く。
これは、勇者の力!
……ライアの子だから?
いいえ、ライアは星侵を倒した時、勇者の力を全て使い果たした。
私も同じ。
聖女の力はあの日、神『ファーエズー』にお返ししたのよ。
なぜ私の中に『勇者の力』と『聖治の力』を感じるの?
「聖女さま……聖女さまではございませんか?」
「⁉︎」
スゥ、と光が消えていく。
後ろからかけられた声に振り向くと、そこには……モンスター⁉︎
「っ!」
「ああ、申し訳ありません。あまりに神々しい光を纏っておられたのでもしやと思いまして……。それに、どこからどう見ても『エズーファ』の住人ではない御姿! あの、もしかして、あなた様が『エズーファ』様の告げられた聖女さまでは?」
「…………あ、あの、失礼だけど、あなたは?」
どこからどう見ても、骨なんだけど⁉︎
スカルなんだけど⁉︎
骨が神父の服を着ている。
そして動いて喋っている!
どこからどう見ても星侵が吐き出した悪土から生まれたモンスター!
しかしとても物腰柔らかで丁寧な話し方と、優しい声色。
なにより『エズーファ』の住人ではない姿。
私は『ファーエズー』の住人だ。
だから、私の姿が『ファーエズー』での普通であるならば、彼にとっては『エズーファ』にはあり得ない姿なのかもしれない。
それに、なにやら聞き捨てならない事も言っていたわ。
「ああ、失礼致しました。わたくしはジェイムズと申します。教会に仕え、神父をしております」
「……神父……」
ほ、本当に神父だったのね。
どこからどう見ても服を着たモンスターだったから……。
「ええと、ジェイムズ、さん? わ、私はキャンディスというの。あなたの言う通り『ファーエズー』の生まれよ。だから、今訳が分からないの。こ、ここは影翼世界『エズーファ』なの?」
「ええ、そうです。ここは影翼世界『エズーファ』。そしてこの世界の神『エズーファ』は仰いました。表の世界……日翼世界『ファーエズー』より星侵を倒した勇者と聖女を遣わせると。それでこの世界を、モンスターからお守りくださるのだと」
「⁉︎ 影翼世界にもモンスターが……⁉︎」
「はい……」
ドクロの神父は肩を落とし、目尻を下げる。
聞けば半年ほど前からモンスターが現れ始め、無差別にこの世界の人々を襲い始めたのだと言う。
神殿教会が神に祈ると、神はそんなお告げを与えたらしい。
その情報を今し方大きな町から聞いてきたジェイムズは、自分の担当する村へと帰る途中だという。
「…………」
私は絶望感、失望感に膝から崩れ落ちそうだった。
五年もの戦いを乗り越え、ようやく幸せになれると思っていたのに……。
なぜ私なの?
表の世界での実績?
勇者と聖女を遣わせるというのなら、なぜ私一人だけ?
私が『聖女』になるのを望んだのはライアがいたから。
ライアの為だった。
しかしそこまで考えてハッとした。
わが身に宿る、ライアとの愛の結晶。
先程体内で感じた勇者の力。
「…………っ!」
「聖女さま? いかがされましたか? お腹が痛いのですか?」
「……あ、い、いいえ、動揺してしまって……」
「そうですよね。……この辺りはまだモンスターが現れてはいませんがそれも時間の問題……。ここからですと、ワタクシがお世話になっている村の方が近い。一度村でお休みになられてからお役目についてお考えになられてはいかがでしょう? やはり日翼世界とは色々違うところもあるでしょうし」
「……あ……え、ええ、そうね」
「ワタクシに出来ます事はなんでも致します。どうか何なりと。いかようにもお使いください。聖女さま」
「…………」
***
ジェイムズと名乗ったスカルの神父。
彼は大変紳士的で献身的。
言い方に違和感は拭えないが、良い人だと思う。
表情も目元で大体分かるようになった。
彼はニコニコとよく喋り、様々な事を教えてくれた。
影翼世界は常に暗く、月が登れば昼、沈めば夜。
影翼の神『エズーファ』を信仰する神殿教会が支配しており、大神官長が所謂国王のような存在らしい。
しかし、それぞれが一国を統治するわけではなく、あくまでも大きな町の代表として滞在。
私がお世話になる事になったここ、メートムの村の代表者がジェイムズという訳だ。
話を聞けば聞くほどこの世界の人たちは穏やかで争いを好まない、下手したら私の生まれた日翼世界よりも理性的かもしれない。
日翼世界は国同士で領土争いが絶えないもの。
モンスターや星侵が現れた後も……。
この世界に守る価値はあるのだろうか。
そう考えた事さえある。
国の権力者ではなく、日々を精一杯生きる人々を守る為に、戦おう。
ライアと私たちはそう決めて、五年もの歳月戦い抜いたのだ。
「そうだわ、この辺りはまだモンスターが現れてはいないのよね? でも、他の地方は襲われているのよね? 被害はどれほどのものなの?」
「酷いようです。小さいモンスターは十メートル程らしいのですが……大きいものは四十メートルや五十メートルもあるらしく、歩くだけで村や町は壊滅的な被害を受けると……」
「四十メートルや五十メートル⁉︎」
私の知るモンスターの知識を総動員してもそんな巨大なモンスターは思い浮かばないわ。
日翼世界に現れたモンスターとは、全くの別物なのかしら?
もう少し詳しい特徴を聞くが、ジェイムズも実物を見た人から聞いたわけではないらしく「とにかくでかい。でかいので一目で分かる」としか聞いてないらしい。
えぇ……。
「あそこがワタクシのお世話になっている村です。教会でお休みください」
「ええ、ありがとう」
「お食事はお部屋にお持ちしますか? それとも、食堂で?」
「えっと、そうね……」
少し考える。
そ、そもそも、骨……ンン、ジェイムズは食事が必要なのかしら?
正直食文化の違いは確実にあると思う。
だって環境がこんなに違うんですもの!
一人で考えたい事もあるけれど、もし食べられないものを持ってこられても困る!
「しょ、食堂で頂くわ。教会には他にも人がいるの?」
「はい、ワタクシの部下でオーロというオーガがおります」
オ、オーガ⁉︎
モンスターの中でも上位種の、あのオーガ⁉︎
オーガが下位種のスカルの部下⁉︎
……あ、いや、彼らはモンスターではなく、この世界住人だもんね。
いやいや、偏見差別は良くないわ、うん。
「食堂はトロールの夫婦がやっていて、蛇の頭スープやトカゲの丸焼きが絶品なんですよ」
「ひぅ……」
「え?」
「あ、い、いいえ」
しょ、食堂選択正解だったっぽい。
まずい、お腹の子どもの為にも無難なメニューを頼もう。
あ、れ? 待て、今なんて言った?
「え? 食堂って教会の中にあるんじゃないの?」
「え? いえ、村に食堂はトロール夫婦のやっている『ジーザス!』というところだけですよ」
ジーザス!
と、言うわけで実にこじんまりとした村に着いて、そのままトロール夫婦が営んでいるという村唯一の食堂『ジーザス!』にやって来た。
驚いた事に村の住人は日翼世界において現れたモンスター種ばかり。
思っていた通りではあるが、皆穏やかで、暖かく私を出迎えてくれた。
中には膝をついて手を組み祈りを捧げる人まで……。
これには本気で「やめてほしい」と頼んだ。
……胸の痛み方が半端ではない。
かつて日翼世界で日々、戦ってきたモンスターたちと同じ姿の住民が、私に感謝と祈りを捧げてくるのだ。
うう……罪悪感が……。
「聖女さま、どうぞこれを!」
「蛇の頭スープとトカゲの丸焼きです」
「ひっ!」
で、メニューを選ばせてもらう事もなく、あれよあれよと席に連れていかれ、村中の人が食堂に集まり、私の歓迎会が始まってしまった。
罪悪感が! 罪悪感がー!
蝋燭に照らされた食卓に並ぶ目玉のサラダや何かの卵のマリネ、トカゲというよりオオトカゲの丸焼き、蛇の頭がぶつ切りにされて大量に浮かぶスープ!
キラキラとしたトロール夫婦の眼差し!
無理ー!
「お口に合えば良いのですが……」
「やはり聖女さまの世界とは違いますか?」
「そ、そ、そうですね、まあ、でも…………い、頂きます」
罪悪感が優った。
私は彼らの悲しそうな顔だけは絶対に見たくない。
なので、引きつった笑顔をひた隠し、料理に手をつける。
神よ、ここまで私を連れてきたのなら、これらの料理で我が子に影響など与えないでよ⁉︎
「……………………美味しい」
トカゲの丸焼き、サクッとした皮の下にジューシーな肉汁がたっぷりのとろけるような肉質のお肉があり、口の中であっという間に溶けて消えてしまった。
衝撃が大きい。
と、とんでもなく美味しいわ、このトカゲ。
人生で一番美味しいお肉に出会ってしまった……!
「良かった! このメロンオオトカゲはこの辺りでしか獲れないんですよ。今日は神父さまが帰って来られるので用意していたのですが……」
「ええ、聖女さまにも食べて頂けて良かったわ! さ、蛇の頭スープもどうぞ。これはコラーゲンがたっぷり入っていてお肌にとてもいいの」
「……い、頂きます」
お肉があまりにも美味しくて、見た目のグロテスクさが際立つ蛇の頭スープの存在を忘れていた。
赤い液体から顔を出す色取り取りの蛇。
い、一種類だけじゃないの〜!
「…………美味しい⁉︎」
ってこっちも美味しい⁉︎
爽やかな野菜の甘みがたっぷり溶け出していて、血生臭さは微塵もなく、一口口に入れると広がる優しい味わい……!
ややとろみがあり、多分これがコラーゲン。
は、肌が喜んでいる!
すごい! なにこれ!
「良かった! こちらもいかが? これは鉄ウサギのシチュー。鉄分がたっぷり入っていて、女性には欠かせないのよ」
「ありがとうございます!」
「こっちはシウムキノコ。不足しがちなマグネシウムやカルシウムがたくさん入っているの!」
「なんと!」
「これも食べて聖女さま! ビタウオというの! いろんなビタミンが入っているお魚の煮付けよ!」
「頂きますわ!」
なにこれ素敵!
お医者さんに積極的に摂りなさいと言われた栄養ばかりじゃない!
見た目はひどいけどパラダイス……!
それにどれもとても美味しい。
し、あ、わ、せ……。
「…………食べ過ぎてしまいましたわ」
「なによりでございます」
歓迎会を存分に堪能してしまった私だが、月が沈み始めたので教会へと向かった。
ジェイムズと、もう一人の神父、オーガのオーロ。
本当にオーガだった。
頭に二本の角。
下から生えた立派な牙。
巨体を上下させながら、私たちの後ろを歩いて付いてくる。
こちらもニコニコと愛想が良く、私の事を最初から「聖女さま、聖女さま」と呼んで慕ってくれているようだった。
だから罪悪感がハンパないってば。
「こちらをご利用ください、聖女さま。ご不便がありましたらお申し付けください。出来る限りの事をさせて頂きます」
「あ、ありがとう。なんだか申し訳ないわ……」
「とんでもございません。どうかごゆるりとお休みくださいませ。明日、また朝食をお持ちします」
「ええ……ありがとう。本当に何から何までお世話になって」
二人は私にまた手を組んで祈る仕草をした。
やめてと言ったのに……。
ばたん、と扉を閉めてから、それでもなんとなく鍵をかける。
彼らは良い人だけど、やはりモンスターの姿を見るとどうしても危機意識のようなものが働いてしまうのよね。
それにしても広い部屋だ。
物は少なく、絨毯もない。
椅子とテーブルと、本棚とベッド。
タンスすらなく、キャビネットの上に水瓶が置いてあるぐらい。
なんとなく椅子に座るより先に本棚の本を手に取ってみた。
ああ、これ、全部神様関係の本だわ。
聖書や、聖書を分かりやすく絵本のようにしたもの。
もっと専門的な、聖書の意味を解析するような本もある。
どれも神への信仰を絶対視するものだった。
そうすれば神がお救いくださる、とも。
「…………」
実際日翼世界と違って、神がお告げを与えるというのだから『エズーファ』は『ファーエズー』よりも神との距離が近いのかもしれない。
私もライアが旅立ってから神様に毎日祈り続けた。
彼が無事でありますように。
彼が無事に帰りますようにと。
そしてある日神が私に言葉をかけたのだ。
『聖治の力を貴女にあげる。勇者とともに世界を救え』
今思えばとても命令的だった。
神なのだから人に命令するのは当たり前かもしれない。
本を棚へ戻し、ベッドへと移動する。
部屋は蝋燭の光だけ。
窓から入るのはかすかな星の光のみ。
お腹に手を当てる。
ライアと私の赤ちゃん……。
やはり感じる、勇者の力を。
ライアが手放した勇者の力が、なぜこの子に?
いえ、私はーー本当はもう分かっているわ。
「っ!」
神は……双子神は今度はこの影翼世界を救えと仰せなのだ!
なぜこの世界の住人に力を与えなかったのかは分からないけれど、また私に戦えと言っている。
顔を覆った。
そんな、ひどい事……なぜ!
私はもう解放されたはず!
ライアと共に、お腹のこの子を育てていく……平和に穏やかに余生を過ごすと……そう、願っていたのに!
額に爪が食い込むほど、強く、強く。
見開いた目からは涙が溢れた。
影翼世界の人々は良い人だ。
皆優しく穏やかで、信仰深い。
彼らを放って置く事は…………私には出来そうにない。
けれど、私は『聖女』であって勇者ではないのだ。
戦う術はほとんど持たない。
それなのにこの世界にも現れたモンスターと戦えというのか?
……私のお腹の子どもに『勇者の力』を与えて!
まだ生まれてもないこの子に!
ふ、ふざけるな!
「…………」
この日、私は決意した。
この子を守る。
そして、この村の人たちが第一印象の通りならーーーこの村も守る!
私は、百歩譲って良いとしても……お腹の中の子を勇者になんてさせないわ!
「許さない、神……! 私たちをなんだと思ってるの……!」
見つけ出して『聖治の力』も『勇者の力』も、叩き返してやる……!
ーー二年後ーー
「聖女さま、本当に行かれるのですか?」
「ええ、レイアを宜しくね、ジェイムズ」
「はい、この命に代えましても!」
肩に背負った大剣。
腰に下げた剣。
身体中にはナイフが仕込んである。
私、聖女キャンディスは今日、娘が一歳になったので旅立つ事にした。
出産から一年、怒涛の日々の中……私は前衛、中衛、後衛を全てカバー出来るよう育児しながら修行したのだ。
いや、もちろん修行しながら一人で育児なんて無理だ。
不可能! 神でさえ一人で育児なんて出来ないだろう!
だが私には心強い味方がたくさんいたのだ。
この、メートム村の人たち。
ジェイムズやオーロ。
彼らの協力としごきに耐え抜き、私は今日……愛する娘レイアを村に残して旅に出る。
「……レイア、行ってくるわね。……本当はもっと、ずっと……側にいたいけど……」
「あ、あう、あびゃ〜」
「…………」
身が引き裂かれるようだ。
温かな額に口付けして、もう一度頭を撫でて、離れる。
この子が大きくなる前に……影翼世界にモンスターが現れた原因を突き止めて、それを倒す。
そして、神に『聖治の力』とこの子に宿った『勇者の力』を突っ返してやるのだ。
この子を私とライアのように、苦しい戦いの日々になど巻き込まない。
この子を勇者になんてさせて溜まるものですか!
そして元の世界に帰るの。
この子が自由に陽の光の下で生きられるように……。
そして待っていて、ライア。
私は必ず貴方のところへ帰るわ。
「お気を付けて」
「死なないでね、聖女さま!」
「絶対帰ってきてくれよな!」
「オーロ、町までの案内と護衛任せたぞ!」
「はい!」
「では行きましょう、オーロ」
「はい、聖女さま」
「……絶対神々の面に『聖治の力』と『勇者の力』をブッ込んでやるわ……ふふふふふふふ!」
これは戦闘特化喧嘩上等聖女の神々へのブッ込み物語。