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いつまでもヒロインでいたくはないから

「──なぁああああっ!? 俺様の、俺様の腕がぁあああああっ!」


 ようやくその現実を認めた炎獣将軍。


 そこに向かってすぐさま、赤髪の剣士が黄金色に輝く剣を手に駆けていく。


 そして彼は、あっという間に白兵距離まで詰めると、その剣で炎獣将軍モーガルバンと切り結び始めた。


「──魔王の手下! 死んでもらうぞ!」


「ぬっ、なんだ貴様! ──ぐっ……! 人間風情が、なんだこの強さは……!?」


「──俺は貴様たちを殺すために、それだけのために血を吐くような修行を続けてきた! 稀代の剣聖と呼ばれた俺が、なお何年もだ! 人間と侮るな、モンスター!」


 ──ギンッ! ズバッ! ギンッ、ガギンギンッ! ガガンッ!

 一人と一体が互角に渡り合う。


 真名はその戦いぶりを見て、呆然としていた。


「……何、あれ……?」


 赤髪の剣士は、ブレイブフォーム状態の勇希よりもはるかに速く、力強く、タフだった。


 それはすなわち、速さだけを評価しても何倍速かの早送り動画を見ているようで、真名は目で動きを追うだけでも混乱するほどだった。


 一方で、その動きについていって、なお互角に渡り合っている炎獣将軍モーガルバンもまた大したものだが──


 あんなのを倒そうとしていたのかと、真名は自分にあきれてしまう。

 無知は怖い、と真名は思った。


 赤髪の剣士は、斧による凄まじい威力の攻撃をさばきながら、好機と見れば踏み込んで一撃を叩き込んでいた。


 その剣の威力も、半端ではない。

 モーガルバンの鋼鉄のような肉体を、易々とはいかないまでも、強引に引き千切っていく。


 特に──


「──月光剣!」


「んがああああっ!」


 稀に放たれる、半月のような残光の黄金色の剣閃。

 その必殺剣は、炎獣将軍の鋼の肉体をいともたやすく切り裂いて、大ダメージを与えていた。


 だが一方、モーガルバンとてやられっぱなしではない。


「クソッ──舐めてんじゃねぇぞ人間がああああああっ!」


「ぐあっ……! ぐぅぅっ……!」


 炎獣将軍の大斧による暴風のような連続攻撃。

 それはわずかにさばき損ねただけでも、赤髪の剣士の体に小さくないダメージを与えていった。


 一進一退の攻防。

 両者はともに、その体に徐々にダメージを募らせていく。


「くっ……! 手負いの四天王ごときにこれでは……! だが俺は、貴様を倒してさらなる高みに──!」


「クソッ、クソックソックソッ! ……人間風情が、調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 ──そのとき。

 一瞬だけ、両者の間合いが、わずかに離れた。


「ちぃっ……!」


 間合いが離れては、リーチのある炎獣将軍の利だ。

 赤髪の剣士は再び距離を詰めるべく、地面を蹴るが──


 迎え撃つ炎獣将軍はにぃと笑うと、瞬時に大きく息を吸い込み、それを吐き出した。


「──しまっ……!」


 赤髪の剣士の、後悔の声。


 ──ゴォオオオオオッ!

 炎獣将軍が口から吐き出した灼熱の炎が、赤髪の剣士の全身を包み込んだ。


 牛頭のモンスターは、それで勝ちを確信した表情を浮かべる。

 だが──


「ぐっ……まだだ! ──月光剣!」


「──んだとっ!?」


 モーガルバンは、炎の中から伸びてきた剣閃をかわすため、炎の吐息を中断して後方へと飛ぶ。


 赤髪の剣士は全身を炎で焼かれながらも、その瞳から闘志は失われていなかった。


「はぁっ、はぁっ……こ、殺す……! 魔王の手下は、一匹残らず……!」


 他方、バサッと翼をはためかせて着地した炎獣将軍の胸板には、新たな鋭い裂傷が一つ増えていた。


「チッ……! クソッ、あの人間の強さ、ありえねぇ……。──ああもう、やめだやめだ! 目的だけ果たせばいい!」


 モーガルバンは、突然そんなことを言い出した。


 そして、着地した場所の近くにいた賢者ユアンをつかんで小脇に引っ抱えると、再びバサッと翼をはためかせる。


 それによって空中に浮きあがると、さらにバサッバサッと羽ばたいて、その場から飛び去っていく。

 賢者ユアンには、それに抵抗するだけの力は残されていなかった。


「逃がすか! ……くっ……!」


 追いかけようとする赤髪の剣士だったが、彼はその場でがくりと膝をつく。

 斧と炎で彼が受けたダメージも、小さくはなかった。


「……ユアン! ──フリーズアロー!」


 真名は残り少ない魔力で追撃をかけるが、それは例によってまともなダメージを与えられない。


 少女が放った三本の氷の矢は、飛び去っていこうとする炎獣将軍の背中にわずかな傷を与えただけで、ほとんど何の効果ももたらさなかった。


 そして、あっという間の速度で飛んでいき──

 やがて、炎獣将軍モーガルバンは、真名たちの視界から消え去ったのだった。


 真名はそれでついに緊張の糸をほどき、その場にぺたんと座り込む。

 それから、大きく息を吐いた。


「……何なの、これ。……だから強制負けイベントとか、嫌だって言ったのに……」


 真名はそう言って、がっくりとうなだれたのだった。



 ***



「──ふぅん。それでユアンは、あのモーモーさんに連れていかれちゃったんだ」


 それから、およそ一時間後。

 ぽかぽか陽気の街道をのんびりと歩きながら、勇希は真名にそう確認する。


 炎獣将軍モーガルバンとの戦いがあってから、しばらく。


 気を失っていた勇希と神琴は、やがて意識を取り戻すと、戦闘不能状態からも脱し、神琴の治癒魔法で全員の傷を癒した。


 それから、道案内のユアンがいなくなったところで、途方に暮れていても仕方ないという話になり、三人はもともと向かっていたアルディールの街へと行ってみることにしたのだった。


 そんな中、勇希の様子にあきれ顔なのは、語り部であった真名だ。


「……勇希、よくそんな他人事で言えるね……勇希だってあんなにやられてたのに……」


「んー。だってねぇ。そんな話聞いたからって、無駄に深刻になってもさ。そういうのはアレだよ、心の奥にメラメラと闘志の炎を燃やしておけばいいんだよ。次は絶対勝ってやる、むしろ真名を苦しめたあのモーモーさん次は絶対にぶっ殺す! ……ってね」


「……意外と、内心は物騒だった……」


「それに」


「……それに?」


「シリアスな空気だと、こんなに可愛い真名が目の前にいるのに、こういうことできないじゃない」


 そう言って勇希は、真名へと襲い掛かった。


「ひゃうんっ……! ……ど、どこ触って……勇希、こっち来てから、ボクへのセクハラがどんどんひどくなってる……!」


「旅先って、開放的な気分になるよね~。──それに、一番大変だった真名のことは、たっぷりの愛情と温もりで癒してあげないとね」


 そう言いながら勇希は真名を背後から抱きしめて、その小さな少女の頭を優しくなでなでする。

 真名はそれには嫌がらず、顔を赤らめ、受けいれていた。


 そればかりか真名は、勇希を想ってこんなことを言う。


「……勇希も、やってほしかったら、抱きしめてなでなでくらいなら、するよ? ……勇希も、いっぱい傷ついたと思うし……」


「ええっ、本当!? やった! モーモーさん、あたしをいたぶってくれてありがとう! 今度! 今度お願いするね! どうしよう~、やっぱり場所はベッドの上がいいかな!?」


「……待って、それはおかしい」


 一方、その二人の様子を横目に見ていた神琴。


 彼女は、勇希による真名なでなでが一通り済んだ頃合いを見計らって、こほんと一つ咳払いをしてから真名に問う。


「それで、その赤髪の剣士というのは、どうなったのだ?」


「ああ……あの人はなんか、殺伐とした空気をかもしたまま、颯爽と去っていったよ。……目的が似てるっぽいから、一緒に行かないかって誘ったけど、『足手まといの子供を連れ歩くつもりはない』とか言って……失礼しちゃうよね」


「なるほど。だが現状、私たちがその男にとって足手まといというのは事実だろうからな。やむを得まい」


「……そうだね。……だから」


 そう言って真名は、今歩いている街道の往く手へと想いを馳せる。


 向かう先は、アルディールの街の北にあるという「試練のほこら」だ。

 そこに行けば、どうやら強くなれるらしい。


 別にその辺でモンスターを倒していてもレベルアップはできそうだが、さりとてわざわざ、まったく当たりもつけずに「その辺」でモンスターを狩る必要も、別にない。


「……とにかく、まずは強くなろ……あんな悔しい想いは、もうしたくないよね……」


「そだね」


「ああ」


 三人はそう心に決めると、街道を歩いていった。


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