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ヒロイン

「──ブモオオオオオオオッ!」


 いきり立ち、猛然と突進してくる炎獣将軍モーガルバン。


 それは猪突猛進だが、鈍重ではない。

 踏み出す一歩ごとに速度を増し、やがて燃え盛る巨大な弾丸のようになって突撃してくる。


 それに対し、魔法行使のための精神集中をしながら迎撃の構えを取るのは真名と賢者ユアンだ。


「……ユアン、闘牛士みたいに、ひらひらって翻弄できないの? ……賢者でしょ?」


「できるなら最初からそうしてる! ──フリーズアロー!」


「……だよねー。──フリーズアロー!」


 ──キキキキィンッ!


 二人の魔法使いが作り出した計六本の氷の矢が、振り払われた杖を合図に発射される。


 それらは過たず、突進してくるモーガルバンに殺到し、炸裂。

 高熱体に氷のエネルギーがぶつかり、爆発的な水煙が広がった。


「……よしっ。……弱点属性での攻撃、これなら」


「──いや」


 希望的観測を口にする真名と、それを否定するユアン。


 一瞬の後、ユアンの声を肯定するように、立ち昇る湯気を突き破って燃え盛る猛牛が飛び出してくる。

 その勢いはいささかも衰えていなかった。


「……うそっ、効いてない……!?」


 真名が驚きに目を見開く。


 実際にはまったく効いていないわけではなかったが、一射で致命傷を与えるようなものでないことも確かだった。


 特に真名が放った氷の矢は、ほとんどダメージを与えていない様子で、炎獣将軍の肉体をまともに穿ったのはユアンが放ったものだけだ。


 真名とユアンの魔力の差。

 そして魔王軍四天王モーガルバンの、強大な魔法防御力。


 真名は悔しさに歯ぎしりをする。

 ユアンの言ったとおり、今の自分たちではあの怪物には歯が立たないのか。

 何の足しにもなれないのか。


 ──いや、違う。


 真名は思考をすぐに切り替える。

 そして、普段にない声で叫ぶ。


「……勇希、ユアンを守って! ……神琴は勇希を回復するために待機! ……この戦い、ユアンが取られたら終わりだよ! ──キングはボクたちじゃない、ユアンだ!」


 真名はチェスの盤面で駒を動かすように采配を振る。

 それを受け取るのは、彼女を信頼する友人たちだ。


「そういうことなら──頼んだぞ、勇希!」


「オッケー、任された! ──おいで、モーモーさん」


 賢者ユアンに向かって突進する炎獣将軍モーガルバンの前に、立ちふさがるように滑り込む勇希。

 それとは逆に、進路から退くように下がった神琴。


 そして──


「──はぁああああああっ!」


 勇希は地面を蹴り、ゴブリン戦のときに見せたような俊敏さで、稲妻のように怪物に向かって駆けていく。


 その剣にはスキル発動の輝きが宿る。

 スキル【スマッシュ】を発動しての攻撃だ。


 その様子を見て、真名は満足する。

 盤面の完成。


 敵わずともいい。

 無視されない程度に勇希が殴って、頭に血が上ったモーガルバンが勇希を攻撃する。

 勇希がダメージを受けたら、神琴が治癒魔法で回復する。


 その間にユアンと真名が魔法で攻撃だ。

 そうすれば、一撃で決定打を出せなくても、いずれは倒せるだろう。


 ──勝てる。

 そういう気力が、真名の内側から沸き起こる。


 別に今は自分たちが主役でなくてもいい。


 勝てば生き延びられるし、ここを生き延びればレベル上げをして強くなればいい。

 そうなったときが、自分たちの本当の出番だ。


 真名の中で、すべてのパズルが綺麗に嵌まった。

 そう思ったとき──




 ──ドンッ。

 何か鈍くて、致命的な音がした。




「──か、はっ……!」


 勇希が、手から剣を取り落とす。

 次いで、その少女の体から力が失われ、ずるりと崩れ落ちた。


 そして勇希は、地面にどさっと倒れる。


「……チッ、ガキどもが、調子に乗りやがって。そんなやわな力で、俺様を足止めできるとでも思ったか? あぁ?」


「うあ……ぁっ……ああああああっ……!」


 倒れた勇希の背中を、怪物の大きな足が踏みつけにし、ぐりぐりと踏みにじる。

 悲鳴を上げる剣士の少女。


 それを見た真名が、絞り出すように声を発する。


「勇希……! そんな……一撃で、なんて……」


 炎獣将軍モーガルバンが放った、左の拳によるアッパーブロー。


 その強大な拳は、恐るべき速度で勇希の腹部へとめり込み、少女の戦闘力をたったの一撃ですべて刈り取っていた。


 戦闘不能状態になってしまえば、神琴の「ヒール」の魔法では戦闘復帰できない。


 それでも救いなのは、ブレイブフォームの力がダメージを吸収したため、勇希の命に別状はないということだが。


 しかしぐりぐりと踏みにじられるごと、少女の悲鳴とともにその衣装が明滅し、軋みをあげていた。


「──勇希! ──その足をどかせ、下郎!」


「チッ、うるっせぇんだよ雑魚が」


「……っ!?」


 とっさに勇希を助けようと躍りかかった神琴は、モーガルバンの手によって、煩いハエを払うように薙ぎ払われた。


 その腕に殴られ、砲弾のような勢いで吹き飛ばされた神官姿の少女の体は、激突した木の幹をへし折り、こちらもそのまま崩れ落ち、動かなくなる。


 勇希と同じ状態──命に別状はないが、完全に戦闘不能。


「くそっ──フリーズアロー!」


「……そ、そうだ──フリーズアロー!」


 真名はユアンの声で思い出し、慌てて魔法を放つ。

 魔法再行使までのチャージ時間を経て放たれた、彼女とユアンの二度目の攻撃。


 氷の矢が次々と炎獣将軍モーガルバンの体へと直撃するが──


 やはり真名のそれはほぼ弾かれ。

 ユアンのものも、確実に相手の生命力を奪ってはいるものの、決定打には至らない。


 勇希の体を踏み越えたモーガルバンは、フリーズアローによって生まれた水煙をかきわけるようにして、ずしり、ずしりと真名たちのほうへ歩み寄ってくる。


 見上げるような巨体。

 真名は恐怖のまなざしで、そいつを見上げる。


「……なに、この、化け物……」


 真名は歯をカタカタと震わせつつ、心の中では激しく毒づいていた。


 ──なんなの、この状況は。


 自分たちは勇者じゃなかったのか。

 こんなのおかしい。聞いてない。話が違う。


 真名がそう怨嗟の言葉を巡らせる間にも、その怪物はのしのしと近付いてきて、とうとう真名たちの目の前に立った。


「腹の虫が収まらねぇ……。とりあえずガキ一人ぶっ殺しとくか。何か変な力で守られてるみてぇだが、気が済むまでぶん殴って殺すにはちょうどいい。なに、ちょっと勢いに乗ってやりすぎちまったって言えば、魔王様だって許してくれるだろ」


「あ……あ、ぁ……」


 ──逃げないと。

 真名は怯えながら、そう思う。


 同時に別のことも考える。

 それは違う、ユアンを守らないと。

 そうしないと、勇希だって、神琴だって。


 でも、そんなことしたって、もう。

 もう無理だよ。何もかも。全部。おしまい。


 ──炎獣将軍モーガルバンが、右手に持った巨大な斧を振りかぶる。


 ただの素手による攻撃で、勇希と神琴が一撃でおしまいになった。

 それが、自分が、あんな斧の攻撃をくらったら。


 嫌だ。死にたくない。

 痛いのは嫌だ。

 ボクは死ぬまでに何回あれで殴られるの……?


 こんなの地獄だ。

 何が。

 何が勇者だ。

 全部おかしい。みんなおかしい。


 そして、ついに──

 ついに斧が振り下ろされる。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ──!


「──マナ!」


 誰かが真名の体を包み込んだ。


 そして、衝撃。

 一緒に吹き飛ばされた。


 何が起きたのか。

 真名は自分を包んだ何かの下から、もぞもぞと這い出ていく。


「あ……」


 見ると、賢者のローブの上から背中を大きく断ち切られ、傷口から血を流すユアンの姿があった。


 あの大斧にやられたにしては、大した傷じゃないようにも見える。

 ただちに命を落とすような傷ではないのかもしれない。


 そのあたりはユアンの強さ──防御力やHPといった何かが影響しているのだろうか。


 しかし同時に、それが戦闘不能の重傷であることも、真名にはなんとなく分かってしまった。

 そのダメージが、真名をかばって受けたものであることも。


「……ば、バカ……! ……合理的じゃないのは、どっちだよ!」


「ごめん……こんなこと、したって……なんの……償いにも……」


「なに言ってるの……? 分かんないよ……! ……そんなことより、どうすればいいの、これ……!?」


 ずしん……ずしん……!

 大地が震える。


「あ……」


 真名が後ろを振り向いて見上げれば、そこには燃え盛る牛頭の巨人の姿。


 肩に担いだ大斧の刃には、赤い血がべっとりと付着していた。


「──フ、フリーズアロー!」


 真名は必死に魔法を放つ。


 三本の氷の矢は、炎獣将軍の分厚い胸板をわずかだけ傷つけただけで、すぐに炎によってシュウシュウとかき消された。


 にぃと笑った炎獣将軍の大きな左手が、真名に向かって迫ってくる。


「やっ……!? ──あ、ぐぅっ……!」


 真名は首根っこをつかみあげられ、そのまま宙に浮かされる。

 もがいても、足は地面につかず、虚しく空中を泳ぐばかり。


「ぁ……熱、い……よ……」


 炎獣将軍はその手も炎に包まれている。

 その手に首をつかまれているのだ。


 ブレイブフォームの力でただちに火傷をすることはないが、何分の一かに軽減されたその熱さの感覚だけは伝わってくる。


「グハハハハッ! いいザマだなぁクソガキ! ……おう、さっきまでの威勢はどうした?」


「う、ぁっ……あ、がっ……」


 真名は、首を徐々に絞めつけられる苦しみに喘ぎながら、必死にもがく。


 ──死ぬ、死ぬ、死ぬ。今度こそ死ぬ。


 もう嫌だ。何なんだ。

 こんなのおかしい。絶対おかしい。


 ──ギリギリギリッ!


 そして、真名の首にかけられる圧力が、ついに強くなる。

 苦悶の悲鳴を上げる真名。

 明滅する真名のブレイブフォームの衣装。


 そのとき──


「──そこまでだ、魔王の手下!」


 金色の剣閃が、真名と怪物の間を断った。


 ズパンッと、小気味良いぐらいの音を立てて、その間にあったものが真っ二つになる。


 そこにあったのは、真名の首を締めあげていた炎獣将軍モーガルバンの太い腕だ。


「あぁ……? 何だぁ……?」


 モーガルバンは、何が起きたのか分からないといった顔で、手首から先がなくなった自分の左腕を見る。


 一方、宙づりだった真名は、解放されて地面にどさりと尻餅をついた。


「げほっ、げほっ……! はぁっ、はぁっ……な、何が……? ──えっ?」


 さらに、真名の体に浮遊感。


 いや、違う。

 誰かの腕に抱えられ、持ち上げられたのだ。


 そしてそのまま、とんでもない速度で数メートルほど移動。

 再び、地面に降ろされる。


「いったい、何が……?」


 子猫のように扱われた真名が、おそるおそる視線を上げると──


 そこにいたのは、いまどきテレビのアイドルでもこんな男いないんじゃないかと思うぐらいの、こてこて二枚目イケメン美形男だった。


 その赤髪は片目が隠れるほど長く、切れ長の目から何から漫画の登場人物のように整っている。


 フッと笑って歯を見せれば絶対にキラリと光るだろうと思うぐらいだが、パッと見の表情は仏頂面で、笑った姿が想像できない感じだった。


 旅用のボロボロのマントを羽織っているが、その片手には意匠の凝らされた剣を持っていた。

 剣はうっすらと金色の輝きを発しており、いかにも強い力がありそうだった。


 そのこてこて二枚目男が、真名に向かって口を開く。


「大丈夫だったか?」


「あ……うん、おかげ様で。……あ、ありがとう?」


「気にしなくていい。助けたのは行きがかり上の『ついで』だ。俺の目的は──あいつだ」


 そう言って彼が見すえたのは、燃え盛る巨体、炎獣将軍モーガルバンであった。


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