襲い来る強敵
賢者ユアンの先導で、少女たちはまず、近隣の街アルディールへと向かうことになった。
ひとまず街道へと出ると、一人の少年と三人の少女は、森の中ののどかな一本道を進んでいく。
賢者ユアンは少女たちに、彼女らの使命を伝える。
「さて、先にも言ったとおり、キミたち『勇者』の使命は『魔王』を倒すことだ。倒すべき魔王の名は『アゼルヴァイン』。だけど魔王アゼルヴァインの居城である『魔王城』には、外部からの侵入者や攻撃を阻む『結界』が張られているんだ。その結界を解くには、『魔結界の塔』の最上階にある『制御装置』を破壊しないといけない。でも制御装置は、『魔王軍四天王』の一人『黒騎士アーシュラ』が守っている。アーシュラの力は強大だ。今のキミたちでは到底かなわない。そこで──」
「……ちょっ、ちょっと待って、ユアン」
真名が賢者ユアンの説明にストップをかけた。
次いでその目が、思いっきりジト目になって、少年へと向けられる。
「……そんなに一度にたくさんの固有名詞を出されても、覚えられないよ……。新出の情報は小出し小出し。……常識だよ?」
「え、えっと、それはどこの世界の常識か分からないけれど……でも、確かに言うとおりだね」
「……まったく、こっちは勇者なんだから、少しは気を使ってもらわないと困るよ」
「あ、はい、すみません……」
頭を低くして、真名へと謝る賢者ユアン。
立派なオタクであり、立派なゲーマーでもある真名は、ゲームのチュートリアルに関しては少しうるさい子だった。
「……でも、言いたいことはだいたい分かった。……要約すると、私たちは勇者っていってもまだレベルが低くて雑魚雑魚だから、まずは強くならないといけない。……そういうことでしょ?」
その真名の問いに、賢者ユアンは困ったような笑顔をしながらうなずいた。
彼の顔には、「理解してんじゃねぇかこのクソガキ」と書かれているようないないような、そんな感じではあったが。
ともあれ賢者ユアンは、こほんと咳払いをして気を取り直し、話を続ける。
「そ、そういうわけで、キミたちにはまず、アルディールの街の北にある『試練のほこら』に挑んでもらいたいんだ」
「うぇー……やっぱりめんどくさいの来た……試練とか……」
ユアンの話に、真名は早速げんなりした様子になる。
しかし、一方の勇希と神琴はというと、もっとだいぶポジティブだった。
「おおっ、試練とか燃えるね! 心の炎がメラメラと……!」
「確かに。今よりも強くなれそうな響きだな。面白そうだ」
それを聞いた真名は、やれやれといった様子で首を横に振る。
「……こっちには修行バカが二人。……ボクの憂鬱を、分かってくれる人はいない……」
「あーっ、バカって言ったな真名! あたしは傷ついた! 精神的慰謝料を要求する! というわけで真名、あたしに抱きつかれなさい!」
「……あー、はいはい、好きにして」
「やったあ! ……んー、この抱き心地、このいい匂い、やっぱり真名は最高だなぁ。ロリ最高!」
「……ロリ言うな。蹴ってやる。げしげし」
「あ痛たたた。でも可愛いよぅ。いつまでも抱きしめていたいこの感触……!」
「……ところで勇希、それはもはや友人のスキンシップの域をはるかに超えていると思うのだが」
神琴が冷静にツッコミを入れるが、それを聞いた勇希はむしろ、その目をキラキラと輝かせて神琴を見つめる。
「えっ、なになに、羨ましい!? もう~、言ってくれれば神琴のことだっていつだって抱いてあげるのに~。それともむしろ、神琴があたしを抱きたい? あたしはどっちでもいいよ……?」
「そ、そんなことは言っていない! 今の話をどう聞いたらそうなるんだ! だいたい『抱く』のニュアンスがだいぶ変わっていないか!?」
「えー、どんなニュアンスぅ? あたし子供だから分かんないや~。例えばぁ、こんな感じぃ……?」
「──ふひゃっ!? ……ちょっ、勇希……ボクで、実演するな……はふぅ……」
例によって少女たちがちょっと仲の良すぎるコントを始め、多分にもれず賢者ユアンが苦笑いをする。
そんな風景の中──
「──っ!?」
賢者ユアンが突如、何かを察知したかのように表情をこわばらせた
そして慌てて後方、それも上空を見上げる。
くんずほぐれつじゃれ合っていた少女たちも、釣られてそちらへと視線を向けた。
少年と少女たちが見上げた先の空。
そこには──
──バサッ、バサッ。
大きな漆黒の翼をはためかせ、大型の魔物が一体、勇者たちのもとへと向かってきていた。
「あれは、まさか……!」
賢者ユアンの驚きの声。
最初は豆粒のような大きさだったその魔物の姿は、瞬く間に接近してきて──
──ズゥンッ!
少年と少女たちから少し離れた場所に、大きな図体を着地させた。
その姿を前にして、賢者ユアンがスッと目を細め、険しい表情になる。
彼は三人の勇者の少女を守るように前に立つと、その手の杖を視線の先の相手へと向けた。
「お前は──四天王の一人、炎獣将軍モーガルバン! どうしてここに……!」
それは巨大な人型のモンスターだった。
頭頂までの背丈は三メートルほど──勇希や神琴と比べても二倍近く、真名と比べれば二倍以上の体長を誇る巨体で、少女たちからは見上げるばかり。
しかも肉体は筋骨隆々としていて、腕の一本だけでも少女たちの腰ほどの太さがあった。
何より特徴的なのは、顔が牛のそれに似ており、頭頂部にはバッファローのような二本の立派な角が生えていること。
そして体全体が燃え盛る炎に包まれていることと、背にはコウモリの翼を巨大化させたような漆黒の双翼が映えていること。
手には信じられないほど巨大な斧を持ち、それを大きくひと振りしてみせると、巨大な牛男モンスターは耳が痛くなるほどの大声で高笑いした。
「グァーッハッハッハッハッ! 見つけたぞ、賢者ユアンと勇者たち! 魔王様の言ったとおりだったなぁ! ……さあ、楽しませてもらうぜぇ?」
口からよだれを垂らし、目をギラギラとさせながら言い放つ炎獣将軍モーガルバン。
迎え撃つ賢者ユアンの額からは、一筋の汗がたれ落ちていた。