だって勇者だし
「すいませーん。誰かいませんかー? ていうか村長さんいませんかー?」
村で一番大きな家を訪ねて勇希が入り口の扉をノックすると、しばらくして一人の老人が家の中から姿をあらわした。
「わしがこの村の長じゃが。お主らは旅の者か? 随分と若い……しかも見慣れぬ格好をしておるな」
村長は家の外や空をきょろきょろと見回してから、少女たちを家の中へと招く。
「いずれにせよ、可愛らしいお嬢さんがた。やつらに見つからぬうちに中に入りなされ」
そう言って老人は家の奥へと消えていった。
村長宅の前で顔を見合わせるのは少女たちだ。
「また『やつら』だって」
「この村はどうも、その『やつら』とやらに脅かされているようだな」
「……これで、村長が実は悪者のパターンは、無きにしもあらずだけど……まあ、大丈夫でしょ」
そんな会話をしながら、三人は村長宅へと入っていく。
テーブルのあるリビングに案内され、思い思いに着席。
村長は三人を前にすると、こう話を切り出した。
「お主らがこの村になんの用で来たのかは知らぬが、悪いことは言わん、早々に立ち去りなされ。やつらがまた現れぬうちにな」
「……村長さん。……その『やつら』って、何者なの?」
真名がそう聞くと、村長は首を横に振る。
「好奇心で首を突っ込むのはおよしなされ。……だが、そうじゃな。やつらというのは、ガルーダ族の者たちじゃ」
「……ガルーダ族?」
「うむ。人の体に、オオワシの顔と翼を持ったモンスターの一族じゃ。そして若く美しい人間のおなごは、やつらの好物なのじゃ。やつらに捕まったら、お主らどんな目に遭わされるやもしれぬぞ」
「で、そのガルーダ族っていうのが、この村の人たちをいじめてるの?」
今度は勇希が聞くと、村長はうなずく。
「ああ。やつらは村の食料を奪い、女をさらっていき、それに逆らう者はみな殺された。今この村に残っているのは──もはや牙を抜かれ、抗うことにも疲れた、ただ無様に生き恥をさらすだけの死人同然の者だけじゃよ。わしを含めてな」
村長はそこまで話すと、席から立つ。
そして部屋の入り口までゆっくりと歩いていくと、その扉を開いてみせた。
「さ、分かったじゃろう。ここはお主らのような、希望に満ちた目をした若者のいるべき場所ではない。早々に立ち去り、もっと東の方に向かうとよろしかろう。そこにはまだ、人の生きる地があるやもしれん」
そう言われた三人の少女は──無論、そんな話を聞き分けることはなかった。
真名が席から立ち上がり、村長に向かって、いつもより少しだけ強く言葉を投げかける。
「……おじいさん、もう一つだけ。……そのガルーダ族って、魔王の手下?」
「いかにも、そうじゃ。やつらは魔王の命令であちこちの村や街を侵略し、そこに住む人々を苦しめて回っておる。率いておるのは魔王軍四天王が一人、鳥人空将ファルコニル。……やつに目をつけられたら、もうおしまいなんじゃ」
「……そう、分かった。……それじゃあ」
真名がそう言って、部屋を出ていこうとしたとき──
「やつらだ! ガルーダ族が来たぞーっ!」
家の外から、そんな声が聞えてきた。
それを聞いた村長が、にわかに慌てはじめる。
「しまった、もう来たのか……! 今から村を出たのでは、やつらに見つかる……お嬢ちゃんたち、どこかに隠れておれ! やつらは鼻が利くが、わしがなんとか命に代えても誤魔化して──」
そう言って家の外に出ていこうとした村長の手を、真名がつかんだ。
驚いたのは村長だ。
「な、何をしておる! 早く隠れるんじゃ! わしはもう、お主らのような若い娘が泣きながら連れ去られるのを見たくは──」
「……ううん、違うよ、おじいさん」
真名はいつものやる気のなさそうな、しかしどこか真っ直ぐな目で、村長を見る。
そして制服のポケットから一枚のカードを取り出すと、それを村長に見せる。
「……別に黙っているつもりは、なかったんだけど。ボクたち、勇者なんだ。……だから、魔王とその手下を倒すのは、ボクたちの仕事。ね、勇希、神琴?」
「うん、そうだね。──でも真名、最初は敷かれたレールがどうとか言って、魔王退治するの嫌がってなかったっけ?」
「うっ……そ、そこはそれ。……ボクは現金な性格だから、仕方ない」
「それを現金な性格というのも違っている気はするが、魔王の手下を退治することには賛成だな」
「……そ、それ。……そこだけ、聞いてくれればいい。……じゃあ二人とも、行こう」
「うん!」
「分かった。では──」
「「「──ブレイブ・イグニッション!」」」
三人の少女が光をまとい、やがて変身を終える。
すると村長は、その場に両膝をつき、祈りを捧げるように手を組んだ。
「お、おお……め、女神様がご降臨なされた……!」
それを聞いた三人は、苦笑。
「……女神様じゃ、ないんだけどね」
「でもま、真名も神琴も綺麗で神々しいからしょうがないね」
「だが勇者でも女神でも、別段やることは変わらないな」
「……そだね。……あ、そうだ、おじいさん」
真名は村長の前に自分も両膝をついて、自身の手で村長の手を包み込む。
「……牙を抜かれたとか、死人同然とか、全部嘘だよね。……だって、ボクたちを守ろうとしてくれた。……おじいさんは優しいし、強い人だよ。……じゃ、行ってくるね」
そして三人は、村長の家を出ていった。
あとには滂沱の涙を流す村長が、呆然とたたずんでいた。




