空の旅、村
少女たちは宿屋の女将さんからもらったおいしいお弁当をぺろりと平らげると、早速グリフォンへとまたがった。
今度は猫も忘れずに、神琴が服の中にしまい込む。
グリフォンにまたがり、さらに猫の顔が胸元からぴょっこりと出る形で収納した神琴は、たいそうホクホク顔だった。
「なんだこれは。幸せすぎる。ここは天国か」
だがそのアニマル天国にひたる少女に襲いかかるは、百合の国からの襲撃者だ。
「ホントだよねー。こうやって合法的に神琴に抱きつけるなんて、まさに天国♪」
勇希はグリフォンの背、神琴のすぐ後ろへと跳び乗ると、操縦者の少女を背後から甘く抱きしめる。
神琴が「ひゃうっ」と変な声を出した。
彼女は頬をほのかに染め、後ろへと恨めしげな視線を投げる。
「ゆ、勇希。私はお前を『友人として』信用しているからな。妙なことはしないと信じ──ひゃわあっ!」
「えーっ、妙なことって何かなぁ。もっと具体的に言ってくれないとぉ」
ぬるぬると軟体動物のようにあやしくうごめく勇希。
それに神琴は「やっ、あっ、ふにゃああっ……」と、こちらもあやしげな様子になりはじめる。
だがそこに──ピコンっ。
勇希のさらに後ろへと跳び乗った真名から、百合襲撃者へピコピコハンマーの鉄槌が振り下ろされた。
「あうっ」
「……勇希、おあずけ」
「えへへー。真名、それってやきもち?」
「……ところ構わずイチャイチャするなって言ってる。……そういうのは夜、ベッドの上でだけにする」
「はぁい」
「……いや、待て真名。それはベッドの上でなら襲い掛かってもいいと言っているように聞こえるのだが」
「……うん、そう言った」
「真名が! 真名が変わってしまった!」
「……人は日々進化するものだよ、神琴」
そんなやりとりもありつつ。
次には神琴の指示で、グリフォンが飛びたつ。
ワシに似た大きな翼をバサッバサッと羽ばたかせ、宙へと浮かび上がった。
それはやがて、木々のてっぺんよりも遥かに高い大空へと舞い上がる。
遠くには海や大森林や山々をたたえた雄大な景色を望むことができた。
「わあっ……! すごいよ神琴、真名! 本当に、空飛んでる!」
「ああ。しかし空気が薄くもないし、耳がキーンとしてきたりもしないな」
「……それも、ブレイブフォームの力かも。……念のため変身姿で飛んで、正解」
三人はそうして空の旅を始めた。
速度を上げたグリフォンの背で、操縦者の神琴に勇希が後ろから抱きつき、その勇希に真名がしがみついてという形で、びゅうびゅうと吹きすさぶ風の中を飛んでいく。
「転職の神殿までは、徒歩で三日ほどと言っていたか。この速度だと、どのぐらいで着くのだろうな?」
「……ん、どうだろ。……学校の一番近くの駅から、歩いて三日でどこまで行けるか、それを電車に乗っていったらどのぐらいで着くか……って考えると、数時間とか、そのぐらい?」
「あー、確かにそのぐらいのスピードかなこれ。グリちゃんすごい!」
「ああ。さすがはグリ助だ」
神琴が乗騎の頭をなでると、グリフォンは気持ちよさそうにきゅいっと鳴いた。
その様子を見て微笑んでから、真名は言う。
「……でも、何時間もずっと乗ってると、それはそれで疲れそう。……どこかで休憩とらない?」
「そだね。パーキングエリアでお手洗い休憩はほしいかな」
「グリ助も休ませたいしな。賛成だ」
と、そこまで話したところで、真名が「あっ」と声をあげる。
「……違う。……そもそも、ブレイブフォームでずっといると、ブレイブチャージがどんどん減っていく。……ちょいちょい降りて、休むか歩くかしないといけないんだ」
「あー、そっか。そう考えると、電車って偉大なんだなぁ」
「で、でもグリ助は飛べるぞ! 電車は飛べないからな! そこは大事だぞ!」
自分の騎獣の価値を一所懸命に主張する神琴に、真名と勇希は苦笑い。
じゃあ飛行機に、とは、二人とも言わなかった。
ともあれ、三人はグリフォンに乗って飛び、ときどき地上に降りて休むなり歩くなりしてから、またグリフォンで飛び──というのを繰り返しながら移動を続けた。
向かう方角は、西。
転職の神殿があり、またさらに先には魔王城がある、という方向だ。
やがて人里から離れると、山を越え、谷を越え、あまり人の気配のない自然の中を旅していくことになる。
そうして休み休みながら何度目かのグリフォン飛行を楽しんでいたとき、ふと眼下の景色の中に、ひとつの村の姿が見えてきた。
神琴が後ろの二人へと声をかける。
「久々に村を見たな。どうする、寄っていくか?」
「賛成! ついにパーキングエリアだね。おやつ休憩チャンス♪」
「……だね。……あそこで、ひと休みしよ」
「分かった。グリ助、あの村の前に下りてくれ」
神琴の声にグリフォンがきゅいっと応えると、村に向かって高度を下げていった。
しばらくして、村の前に降り立つ。
だが、そうして目的の村の前にたどり着いてみると──
そこはどうにも寂れた感じの、活気のない村だった。
村の外から見た様子だと、畑は荒れ、家屋はいずれも雨漏りしそうなボロボロ具合で、人の数もほとんど見当たらない。
「なんか、廃れてるね。村全体に元気がなさそうっていうか」
「……とりあえず、入ってみよう」
「ああ。──グリ助はここで待っているんだぞ」
きゅいっと応えるグリフォンを村の前に待機させつつ、三人は村の中へと入っていった。
しばらく村の中を進むと、村人であろうくたびれた様子のおじさんが野菜を担いで歩いているのを見つけた。
それを見た勇希が、おじさんに声をかける。
「あの、おじさん。あたしたち東の方から旅をしてきたんだけど、どこか休憩できて、何なら旅人向けのおやつとか置いているお店ないかな?」
勇希がそう聞くと、おじさんは疲れきった目で少女のほうを見て、答える。
「はぁ……旅人か。悪いことは言わない、早くこの村から立ち去ったほうがいいよ。またいつあいつらが現れるか分からない。特に、キミたちみたいな可愛い女の子は、なおさらだ」
おじさんはそれだけ言うと、トボトボと立ち去っていった。
それを見送った少女たちは、みんなはてなと首をかしげる。
「どういうことだろ。『あいつら』って?」
「分からんが、気になるから少し調べてみるか」
「……そうだね。……西の方は荒れてるって言ってたし、魔王が関係してるのかも。……今のボクたちなら、ちょっとの厄介ごとぐらい、どうってことないだろうし」
「だね。あたしも賛成」
「……ひとまず、あそこに見える、この村で一番大きな家に行ってみよ。……村長の家ってパターンだろうし、何か聞けるかも」
そう言って真名が先頭をきって歩いていくと、残りの二人もそのあとに続くのだった。




