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新たな旅立ち、転職の神殿

 翌朝。

 勇希、真名、神琴の三人は、宿の一階の酒場でテーブルひとつを陣取り、朝食をとっていた。


「へんひょふのひんへん?」


 目玉焼きを乗せたトーストを頬張りながら喋る勇希。


 その頭を、真名がピコピコハンマーでたたいた。

 ピコン、気持ちのいい音が鳴る。


「はうっ」


「……勇希、口に物を入れたまま、喋らないの。……『転職の神殿』だよ」


「ふぁい……んぐんぐ、ごくん。──ところで真名、そのピコハン、どこで手に入れたの?」


「……昨日、露店で売ってたから買った。異世界も侮れない……って、そんな細かいことはいいんだよ。……あと、神琴も聞いてる?」


「なー? にゃー? にゃにゃんにゃーん──んにゃ? ……っと、す、すまない、何か呼んだか真名?」


 神琴はどうやら、じゃれついてきた野良猫と戯れるのに夢中だった。


 普段は凛々しい様子の彼女だが、そのときだけは年相応の少女の顔を見せ、白い毛並みの猫の両手を持ってにゃんにゃんと言って遊んでいた。


 真名はひとり、大きくため息をつく。


「……うん、呼んだ。……このアルディールの街から、西に三日ぐらい歩いたところに、『転職の神殿』っていうのがあるらしいの」


「ほう。そこに行くと、何かいいことがあるのかにゃ?」


 神琴は猫の両手を持って、自分の前でバンザイさせるように真名に見せる。


 猫はちょっと嫌そうな素振りを見せて暴れ、神琴の手からするりと抜け出すと、着地するなり素早い動きで勇希の体を駆けあがって、その肩を居場所とした。


 その猫を優しくなでながら、勇希が神琴に意地悪い笑みを向ける。


「へへ~、神琴、嫌われてやんの。嫌がることするからだよ」


「むぅ……意地悪をしたつもりはないのだが」


「神琴は乱暴なんだよ。ねー?」


 勇希が肩の猫にそう言うと、猫は同意するように、にゃあと鳴いた。

 それを見て、口をとがらせてむくれる神琴。


「いいな勇希は。そうやって動物からも好かれる。……私は、いつも一人ぼっちだ」


「神琴は心に壁を作っちゃうからね。でもそうやって、内心を言ってくれるのは嬉しいな。いい子いい子」


「ううっ……」


 勇希は立ち上がって神琴に蛇のように忍び寄ると、椅子に座ったままの神琴を優しく抱き寄せて、よしよしと頭をなでる。


 神琴は顔を真っ赤にしながら、身を小さくして勇希にされるがままになっていた。


 だがそこに──


「……ねぇ、二人とも。……話、聞いてもらってもいいかな?」


 ──ゴゴゴゴゴッ……。


 暗黒のオーラをその身にまとわせた真名が、二人を笑顔で見つめる。

 その額には、怒りマークが幻視された。


 こういうときの真名に逆らってはいけない。

 勇希は慌てて、真名のほうへと向き直る。


「あはっ、ごめんごめん。──『転職の神殿』だっけ? 次はそこに行くの?」


 勇希がそう謝ると、真名の暗黒モードは鳴りをひそめ、普段のやる気なさそうな顔に戻った。


「……うん、それがいいと思った。……10レベルを超えていれば、そこで『上級職』に転職できるって、街の図書館で調べた本に書いてあった」


「ふぅん。その『上級職』っていうのになると、どうなるの? 今よりも強くなる?」


「……うん。……ステータスに係数で補正がかかって、あと、スキルポイントにボーナスがもらえて、修得できるスキルの種類も増えるみたい」


「相変わらずよく分かんないけど、真名がそう言うんだったら、あたしは文句ないよ」


「私もだ。かなり強くなったとはいえ、油断をしては足元をすくわれる」


「……うん。……魔王とか、ほかの四天王の強さも、はっきりとは分かってないしね。……コストパフォーマンスのいいことは、やるべき」


 そんなわけで三人は、アルディールの街を発ち、「転職の神殿」を目指すことにしたのだった。


 すると、宿をチェックアウトする際に、三人は宿のおかみさんから呼び止められた。


「はいよ、これお弁当。サービスだよ、持っていきな」


 宿のおかみさんは、包みに入った三つのお弁当箱を差し出してきた。

 突然のことに、あっけにとられる三人。


 真名がおかみさんを見上げて聞く。


「……いいの? ……どうして」


 すると恰幅の良いおかみさんは、堂々と言う。


「あんたたちが話しているのを聞いちまったのさ。あんたたちは勇者で、魔王を退治しにいくんだろ? 魔王にはみんな困ってるんだ。この辺は魔王城から遠いから、まだそんなに被害は出てないけど……ここより西の方は、ひどいらしい。だから、せめてもの応援さ」


 そう言われて、三人は顔を見合わせる。

 それから、勇希が代表してお弁当を受け取り、おかみさんにお礼を言う。


「ありがとう、おかみさん! あたしたち、頑張って魔王を退治してくるね!」


「うん、頼んだよ。でも無理はするんじゃないよ」


「……それは、どうだろ。……ケースバイケース、としか」


 そんなやり取りをしながら、三人はおかみさんに手を振って、宿を出た。


 街の中、西に向かって街道を歩きながら、真名はつぶやく。


「……こんなノリでいいのかな。……なんか、知ってるのと違う気が」


「いいんじゃない? 応援してもらったんだし、悪い気はしないよ」


「そうだな。道中のお弁当もありがたいし。……ん?」


 そのとき、神琴の足元から何かが駆け上がって、神琴の肩に乗った。


「お前は……さっきの野良猫? お前も一緒に行くのか?」


 神琴の肩に乗った白い毛並みの猫は、少女の問いに、にゃあと答えた。

 それを見て、真名が首をかしげる。


「……変なの。……ま、いいか」


 そうして新たに猫の仲間を連れた三人は、旅道具を購入してからアルディールの街を出ると、街道を一路、西へと向かったのだった。


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