お礼参り
突進するモーガルバン。
それを迎え撃つ剣士の少女。
もう二人の少女は、この間に素早く左右に跳躍、散開している。
「ブモォオオオオッ! くらえ、俺様の一撃を!」
炎獣将軍モーガルバンは渾身の力で斧を振り下ろす。
眼下の小さな、しかし圧倒的な力を感じさせる剣士の少女を粉砕し、物言わぬ肉塊にしてやろうと。
一方の剣士の少女──勇希は、燃え盛る牛頭の巨人が自分に向かって振り下ろそうとする大斧を、不思議そうに見つめていた。
──あれ、モーモーさん、なんでこんなにゆっくりなんだろう?
だって、こんなの──
──ドゴォオオオオオン!!
轟く破壊音。
それはモーガルバンの斧が大地を殴りつけ、そこを粉砕して陥没させた音。
もうもうと土煙が舞い上がっていた。
その結果を見た炎獣将軍モーガルバンは、額から冷や汗をたらしつつ笑う。
「ハッ、ハハハハハッ……! なんだ、跡形もなく砕け散ったか! やはりあんなものはコケオドシ──」
「あのさ、モーモーさん」
土煙の中から少女の声。
モーガルバンがびくりと震える。
土煙が晴れれば、振り下ろされた斧の横に、何事もなく立っている剣士の少女。
少女はかたわらにある斧に手をあて、モーガルバンを見上げて無垢な瞳で言う。
「ひょっとして、それが全力?」
ビキッと、牛頭巨人の額に青筋が浮かんだ。
「──ブモォオオオオオオッ!!!」
モーガルバンは斧を引き上げると、今度はそれを猛然と振り回し始めた。
暴風のような連続攻撃。
離れた場所にある木々の葉が、その攻撃の余波で消し飛ぶほどのすさまじさ。
だがそれを、勇希はひょいひょいと見切ってかわす。
ひとつも当たらない。
だが──
「あっ……」
勇希の足が、陥没した地面をわずかに踏み外した。
少しだけバランスが崩れる。
──ガギンッ!
勇希が初めて、モーガルバンの攻撃を剣で受け止めた。
斧と剣が、鍔迫り合いになる。
「あちゃあ……。余裕ぶっこいてるもんじゃないなぁ」
「ガハハハハッ! 剣で受けたな! いくらすばしこくとも、力比べになれば俺様のもの! このまま押しつぶしてくれるわ!」
少女を力でねじ伏せようと、モーガルバンの腕の筋肉が盛り上がる。
ぐぐぐと力を込めて、小さきものをパワーで踏みつぶそうとする。
だが──
「や、別にそんなこともないし?」
勇希はどうということもなく、その手の剣を軽々と跳ね上げた。
全力で押し込もうとしていたモーガルバンは斧を強い力で弾かれ、バランスを崩す。
「なっ……!」
「じゃ、そろそろこっちからも、お返しいくよ」
後ろのめりになったモーガルバンの懐に、少女が踏み込む。
そして、手にした剣──ではなく、素手の左手で拳をにぎり、それをモーガルバンの腹部に思い切りたたき込んだ。
──ドゴォンッ!
砲弾が直撃したような轟音とともに、下から突き上げられたモーガルバンの上半身がくの字に折れ曲がった。
「ぐ、はぁっ……!」
「剣はいらないね。──それじゃ、あのときのお礼をたっぷりとさせてもらうよ!」
勇希は剣を腰の鞘に素早くしまう。
それから両手を組み、振り上げると、モーガルバンの頭上から勢いよくたたきつけた。
顔面から地面に激突する牛頭の巨体。
「がっ……!」
「あのときはよくも、乙女の大事な柔肌を足蹴にしてくれたよねぇ──こんな風にさ!」
「ぐあああああああっ!」
──メキメキメキッ……!
勇希はモーガルバンの燃え盛る背中を踏みつけ、ぐりぐりと踏みにじる。
モーガルバンの背骨が悲鳴を上げる。
そうしてひととおり痛めつけた後、勇希はモーガルバンの角を持ち、その巨体を軽々と持ち上げる。
そしてボコボコになったモーガルバンの顔を見つめ、にっこりとほほ笑んだ。
「ふふん♪ このぐらいにしておいてあげるよ──あたしはね。ほい神琴、パス!」
勇希はモーガルバンに、回し蹴りを叩き込む。
それでモーガルバンの巨体は嘘のように打ち上がって、その軌道は放物線を描いた。
その先にいるのは、腕を組んで仁王立ちをしているポニーテイルの少女だ。
純白の神官衣に身を包んだ武道家少女──神琴は、自分の方へと向かって飛んでくるモーガルバンの巨体を目で追いつつ、つぶやく。
「勇希のやつ、意外と根に持っていたのだな……。だが安心しろ、モーモーマン。私がお前からもらったのは──ただの一撃だ」
そう言って神琴は、腰を落とし、拳を構える。
そして、自分の方へと向かって落下してくるモーガルバンに、タイミングを合わせ──
「──はっ!」
渾身の正拳突きを叩き込んだ。
──ドゴォンッ!
再び大砲のような一撃がモーガルバンを襲う。
「グギャァアアアアアアッ!」
波動をまとったような恐ろしい威力の一撃は、モーガルバンを再度吹き飛ばす。
牛頭巨人の体はその先にあった木々を何本もなぎ倒して、ようやく止まった。
折れた木々にもたれかかるようにくずおれ、全身ズタボロになった炎獣将軍。
だがまだ力尽きてはおらず、やがてよろよろと立ち上がる。
「がっ……クソッ……なんだ、何なんだ、これは……! 俺は……俺様は魔王軍四天王のひとり、炎獣将軍モーガルバン様だぞぉおおおおおっ!」
天に向かって雄たけびを上げる牛頭の巨体。
そこに──
「……そうだね。……魔王軍四天王の中でも最弱の、炎獣将軍モーガルバン。……四天王になれたのが不思議なぐらい、とか言われてたのかな」
びくり、とモーガルバンが震えた。
その目が一人の少女の方を向いて──次には、信じられないというように見開かれる。
「ま……待て……! なんだ……それは……何なんだそれはあああああっ!」
「……何って、聞かれても。……ただのフリーズアローだよ、としか」
モーガルバンが視線を向けた先にいたのは、魔法使い姿の小さな少女。
彼女──真名は杖をモーガルバンへ向けて掲げ、その周囲に【フリーズアロー】による三つの氷のエネルギー弾を展開していた。
だがその氷弾の宿す輝きは、一日前の彼女のそれとはまったくの別物で、また賢者ユアンのものともまったく比較にならない。
モーガルバンは恐怖する。
こんな力は、まるで──
「まさか……まさか、まさか、まさか……! それでは……その力ではまるで、魔王様の──」
「……ふぅん。……なるほど、いい情報をありがとう。……じゃ、お礼の──フリーズアロー」
「まて、待て待て待て待て、そんなもの耐えられ──グギャアアアアアアアッ!!!」
真名が放った【フリーズアロー】の三つの氷弾は、それぞれがモーガルバンへと命中すると、命中部位に鮮やかな氷の華を咲かせた。
そして──バリンッ。
氷華が砕け散ると同時に、モーガルバンの肉体も紫色の霧のようになって消え去った。
あとに残るのは、ゴブリンのそれとは比較にならないほど大きな宝石──ジェム。
真名は歩み寄ると、それを拾い上げる。
「……試練の洞窟で、ジェムはもらえなかったから、これは嬉しいかも」
そこに勇希と神琴の二人も集まってくる。
「んんっ……! はーっ、すっきりした! いやぁ、気分いいね~!」
「……お前たち、可愛い顔をして、意外と怖い女なのだな」
「……そう? ……やられた分を、やり返しただけだよ。……ね、勇希?」
「ねー、真名。右の頬を叩かれたら、相手の右の頬を全力でぶん殴る! 倍返しだー♪」
「……分かった。お前たちのことは、敵に回さないように気を付けよう」
そんなガールズトークに華を咲かせつつ、試練のほこらをあとにする少女たち。
夕焼け空が、三人をノスタルジックな色へと染め上げていた。